第9話 乖離

 領主たちは元いた領土に戻り、軍を率いて南へと出発しだしていた。


 北の城からも、王の直属の軍が南へ進む。


 城に、領土に、それぞれ残された最後の戦力だ。


 以前にも領主たちには進軍を指示した。しかし、全ての戦力を投入した領主は少ない。


 攻めるための戦力と、守るための戦力。


 領主ごとに思惑は違うだろうが、各地に残された戦力は多い。


 今回は全ての戦力が投入される。


 領主さえも陣頭に立つ。


 勇猛果敢な騎士あがりの領主ともなれば、陣頭に立つのは当然だろう。


 だが、平穏が続き、王国が続き、領土争いでさえも騎士任せにしている領主たちも多い。


 騎士が領主になる。それは、前任の領主がなんらかの理由で領主の地位を剥奪されるか、跡継ぎが居ないまま逝去するかなどだ。


 騎士が領主になれば、戦では強い。しかし、領土を領民を導くには拙い。


 政治や経済に秀でたものが領主になれば、領土の運営は捗るだろう。だが、戦には利権が絡まなければおよび腰になる。


 今の状態がそれだ。


 代々継いできた領主という地位で安穏と暮らしていた領主たちもが、戦をする姿で陣頭を進む。


 戦にでる領主も、陣頭に出るもの、中央に構えるもの、最後に構える者と様々だ。


 だが、王命により軍を率いよと言われ、領主の殆どが陣頭にたった。


 領土に戻るまでに数日。それから全ての軍を出動に備えさせ、隊列の準備に数日。


 既に南の海近くでは、壁の建設が行われているだろう。


 壁を作り、そして、門を作る。


 異形のモノが居ない隙を狙い、海に出来た道を削り無くす。


 海に出来た道といっても、人間が安々と通れるものではない。


 異形のモノでさえ、一歩一歩を踏みしめて飛ばされないようにと攻めてくる。


 だからこそ、まだこれだけの被害で済んでいるかもしれない。


 壁はもうできているだろうか。海に出来た道は削られただろうか。


 勇者はどうしているのであろうか。


 聖鎧の事実を知らぬ領主の中には「勇者殿と一杯酌み交わしたいものだ」等と言うものも居る。


 聖鎧の事実を知る領主や高位の騎士達は、また、別の心配だ。


 聖鎧が人に危害を加えていないだろうか。


 聖鎧がもし、異形のモノを適合者に選んでいたら。


 唯でさえ手のつけられない異形のモノの力。それに聖鎧の力が加われば、人間世界は終わる。


 だが、最初の数匹が消えるだけならば、聖鎧は捨て置かれるだろう。


 希望的観測ではあるが、聖鎧がそのまま捨て置かれ、防壁が完成していると思いたい。


 そうでない場合、全ての戦力が異形のモノに蹂躙されるだろう。


 邪推ではない。


 剣を振るい、それが弾かれ、死んでいった騎士達が居た。


 槍を突き、刺し貫く事もできず、死んでいった兵士達が居た。


 それらを思えば、最後の軍勢も異形のモノから見れば、粗末なものだろう。


 餌が大挙してやってくる。


 ささやかな反抗は、異形のモノにはどう映るのか。


 しかし、急激な異物の襲来と言っても、情けないものだと誰もが思っている。


 王でさえ、北の城までさがり情勢を見た。


 自らに被害が及びそうと感じた領主たちは、それぞれに調査団を出した。


 騎士に責任や管理を押し付け、自らは北の城に逃げた領主もいる。


 我らが世界の覇者たちの腑抜けっぷり。


 王はまだ、全権を持ち指示する立場にあるからわかる。


 しかし、各地を任された領主達の狼狽ぶりは、呆れるというよりも悲しくなった者が多いだろう。


 全ての領土からの進軍も、領主の口からは「出撃」の号令だけ。


 領主たちが戻るよりも早く王からの伝令が領土に届き、残された者たちが全て整えた。


 ほとんど領主等は飾りと言っていいだろう。


 だが、飾りと言えど必要な存在であった。


 悪い部分を知らない者達は、領主を畏敬の念を込めて見ている。


 悪い部分等知っている方が少ないだろう。


 だからだろう、兵士の足取りは軽く、騎士でも高位なほど気は重い。


 南の地へ到着するまでには数日かかる。


 勇者が発ったあと、王が最初に軍勢で追わせた。しかし、戻ったものは居ない。


 まだ戦っているのか、それとも息絶えているのか。


 応戦し、戦っているのであれば、報告くらいはあるはずだ。


 だが、それもない。


 王には報告は行っている。しかし、あまりの状況に領主たちが配下に伝えていないだけ。


 誰もが異形のモノを恐れ、立ち向かわなくなるだろう。


 剣と剣を合わせるのならば、装備と技量で勝負は決まる。


 乱戦ともなれば、人数が勝敗を決する場合もある。


 しかし、異形のモノを1匹倒すのに、何百人が犠牲になるのか。


 領主は自らの地位を優先した。


 自らが領主であり続けることを優先した。


 だから、都合の悪いことは伝えない。


 騎士達にも情報は与えず、ただ、武装し南へ行けとの命令。


 主の命令には命をかけて従う。


 だが、王にしても領主にしても、我らが忠義を尽くす相手だろうか。


 数多の騎士達は、心の中で疑念を懐きだしていた。





 斬りかかったレイモンドの手には伐採斧。


 とても叶うような武器ではない。


 しかし、武器が当たる前に異形のモノが腕を振るう。


 かすめるだけで皮膚を切り裂き、肉を持っていかれる。


 吹き出す血。


 それでもレイモンドは伐採斧を叩きつけた。


 刃で斬りつけるというよりも、伐採斧を叩きつけた。


 妙な感覚。


 錆びた剣でも僅かに感じた、行けると思える感じ。


 しかし伐採斧は、その一撃で折れ、刃しか残っていない。しかも、それはどこかに吹き飛んだ。


 素手だ。


 傷を思わず手で覆う。


 おかしい。傷が、硬い。


 ちらりと見ても、暗くてわからない。


 だが、妙に硬い。かさぶたが出来るにしては早すぎる。


 なぜか、あまり怖くない。


 怖すぎて、恐怖感が麻痺しているのだろうか。


 見慣れたのか緩慢に思える異形のモノの腕の振りをくぐり、思わず殴った。


 喧嘩もあまりしない。しても、すぐに謝って許してもらうタイプのレイモンド。


 格闘技もやっていない。


 だが、体が勝手に動く。


 異形のモノの腕の振りは横薙ぎ。


 僅かに引き、次の横薙ぎを誘い、またくぐって殴った。


 自分のこぶしに血がにじむのを感じる。


 だが、これでいいとも思う。


 なぜかはわからない。


 殴る度にこぶしから血が流れ、それが固まる。


 絶対に家族を救う。


 絶対にだ。


 何匹もの異形のモノを相手に、レイモンドの意識は高ぶっていく。


 そして、幾つもの横薙ぎの攻撃を躱したレイモンドの手が、異形のモノの甲羅を突き破る。


 まるで聖鎧。


 異形のモノの攻撃が掠るたびに、傷が硬化していく。


 次第にソレは厚みを増し、いつしか、異形のモノの攻撃を防ぐまでになった。


 レイモンド自身の意識は、飛びかけていた。


 敵を倒す。ただそれだけ。


 何匹いるかわからない。何処に潜んでいるかわからない。


 レイモンドには、しかし、すぐに見つけられた。


 人間世界を蹂躙した異形のモノ。ここでは逆だった。


 一人の少年が、異形のモノを蹂躙している。


 異形のモノが全て残骸になるまでに、そう時間はかからなかった。


 レイモンドも正気を取り戻す。


「え……」


 自分のしたこと、出来たことが理解できない。


 あれほどの敵を、なんなく葬った自分。


 騎士様達さえも簡単に殺した異形のモノを素手で倒した自分。


「あ……あ……」


 自分の手をみると、それはまるで甲殻虫の様。


 人の手の形をしているが、まるで異形のモノ。


「なんなんだよ……」


 しかし、混乱に身を任せてる暇は無かった。


 洞窟の奥から悲鳴。


 まだ残っていたのか。


 レイモンドは全力で走りだした。


 走れる場所は走り、這いずるように通る場所は滑り通った。


 幾重にも道が別れる場所。


 声はどこからか。


 レイモンドは迷わず地底湖の道を選んだ。


 家族を守る。


 視界が通る。さっきまでよりも遥かに遠くまで。


 妙薬の原料の苔だ。


 それが地底湖に近い証拠。


 地底湖につくと、そこには2匹の異形のモノ。


 その爪の先に、見たことのある服。


 リリの着ていた服だ。


「こ……この野郎!!!」


 物凄い速度で異形のモノへと接近したレイモンドのこぶしが、異形のモノの胴体部分を突き抜ける。


 レイモンドの力を察してか、異形のモノは一瞬躊躇し、しかし、攻撃をしかけてきた。


 横薙ぎの爪を前腕に出来た血の塊で受け止める。


 騎士の頭を鎧ごと薙いだ爪を軽々と受け止めると、そのまま、その腕を握り引っ張るように投げて壁に叩きつけた。


 起き上がる前に走りこんでの攻撃。


 そこに居たみんなが息を飲んだ。


 誰もが思った。こいつはなんだ? と。


 レイモンドが振り向くと全員が怯える。


「リリ、リリは大丈夫か?」


 声でレイモンドとわかると、みんながため息を付く。


 それほど暗いのだが、レイモンドにとっては昼のように明るい。


「お兄ちゃん、怖かった……怖かったよぉ……」


 抱きついてきた妹の頭を撫でようとして、そして、その手が止まる。


 自分の手は、既に今までの自分の手じゃない。


 よくわからない手になっている。


「お父さん、お母さん、これって……」


 父親も母親も、薄っすらと見えるレイモンドの姿に驚いている。


 レイモンドだと解った後でも、その姿に恐怖する人々。


 姿にも恐怖したが、素手であの化け物を倒したのだ。


 その事実もまた、恐怖の対象だった。


 住民の中に化け物がいた。


「わからない……」


 父親の言葉は悲壮感に包まれていた。


 何もわからない自分を責めている自責を感じる。


 声をかけようにも、自分の今の姿では何を言っても無駄な気がした。


 誰もが声を出せないまま少しの時間。


 ふう、と息を吐き言葉を発したのはレイモンドだった。


「俺、なんか強くなったよ。奴らに負けなかった。」


 自分の手が、体がおかしくなってることはわかる。


 こんな姿で、町の人たちが怯えてるのもわかる。


「奴らを倒してくる。絶対に負けない。絶対に守るよ」


 レイモンドはやっと、そっと、本当にそっと、リリの頭に手をおいた。


 傷つけないように、そっと。


 そして、背を向けた。


「行軍が南に過ぎたよ。そこの食料庫に居たのも倒した。けど、気をつけて」


 そして、レイモンドは家族に、永遠の別れの言葉を告げた。


「行ってきます」



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