第三章 押してだめなら引けばいいのよ①


 そうしてアーデンこうしゃくとパーティーに出るのをやめた私だった。

 もともとアーデン公爵が喜んでパーティーに出ていた様子はなかった。

 なぜなら彼が政治的な要人と話す以外、そのパーティー会場で他に積極的に一人で何か行動することはなく、最近では特に、ひたすら私にくっついていただけだったのだから。

 ということは私とこんやくする前は、必要な話が終わりだいとっとと帰っていたにちがいない。

 ゆいいつ私の側をはなれるのは、だれしんに話しかけられて仕事の話になり、そのままされる時くらいしかないのだ。そしてそれも終わるとそっこうもどってきてしまう。

 この公爵様は、いったいどれだけ社交ぎらいなのか。

 彼の近くにいてく話を総合すると、どうも今までも用事が無い限りはほぼ引きこもっていたようだということがわかってきた。もちろん女性とのうわついた話なんてかけらも出てこない。むしろよく婚約できたと喜ばれているしまつ。

 女性に興味がないのか何なのか、ひたすら近づいてくる女性がいても目をそらし、けっして話しかけることはない。それでも強気にとつげきしてくるれいじょうにはしぶしぶ対応してはいる

 ものの、早く切り上げようと四苦八苦しているのが感じられて。

 私が気をかせてその場を離れようとするたびに、いつものあのすがるような目を必死に向けてくる。

 なんだか最近は、苦手なことを押しつけているような気がして申し訳ないような気もしていたのだ。

 ならば、もうパーティーはいいではないか。

 ふふふ……。


「……おじょうさま、これでもう一週間も公爵様のおさそいをお断りしていますが、本当にいいんですか?」

「いいのよ。私は今、をひいて家から出られないの。でも一週間会わなかったら、そろそろうわさにはなるかしらね? 私たちがけんしたのではとか公爵が私にきたのではとか。 いくらでも理由が想像できるから、きっとそろそろ噂されるころだと思わない?」

「お嬢様はいいんですかそれで……?」

「だってそうでもしないと、あの人は他の令嬢と交流しようとしないんだもの」

「そんなに交流させたいんですか?」

「もちろんよ! じゃないといつまでたっても婚約をしてくれないじゃないの! 私はまだあきらめてはいないわよ? アーデン公爵にてきな真実の愛を見つけてもらう計画を、私は諦めない!」

「はあ、真実の愛ですか……。それでお嬢様の真実の愛は、どこに?」

「え? 私の? もちろん私の真実の愛は、仕事と学院のじょたちにささげるのよ。私は仕事に生きるんだから。前から言っているじゃないの」


だから今、いっしゅんあの公爵の顔がかんだなんて、エマには言わなくていいよね?

 そう、きっと私たちがとつぜん会わなくなれば、社交界の令嬢やその母親たちは思うだろう。

 これは、チャンスじゃない? 今、アーデン公爵じんの席は空いたも同然だ!

 そうしたら彼女たちは、こぞってアーデン公爵を誘うに違いない。口実を山ほど作って。

 なにしろ彼のかんぺきな外見と、軽々しく何でも買う金満家ぶりを世間ににんされた後なのだ。

 そうなるともう、多少気弱だろうが押しに弱かろうが口数少なかろうが関係ない。むしろ好都合と考える人はきっと多い。

 そんな積極的な令嬢方には彼は少々つまらないかもしれないが、もともとこの貴族社会で相思相愛のれんあいけっこんなんて、まだまだ少数派。

 おこったりなぐったりれいぐうしたりしないで、その上妻を自由にさせてくれる金持ちでしゃく持ちの夫なんて、むしろ理想的な部類だろう。ばんばんざいだ。

 そしてそんな令嬢方の中からアーデン公爵は、好きな令嬢に手をべるだけできっとそこそこ幸せな人生とあとぎを得られるというわけだ。

 完全に公爵の好みでよりどりみどり。自分のこだわる条件で好きな令嬢を選べるなんてらしい。

 なんとおたがいに都合の良い素晴らしいカップルでしょう。貴族の結婚はこうでなくては。

 うんもう、最初からこうすれば良かったわね!

 私は満足げにほほんで、しばらく「風邪をこじらせる」ことにして、完全にちんもくしたのだった。

もともと必要なパーティーには今まで一人で出ていたようだから私がいなくてもだいじょうだろう。パーティーにすわる私がいなければ、用事が済んだ彼は今まで通り帰るだけだ。

 まあ、もう周りの令嬢や母親たちが放っておいてはくれないだろうけれど。

一応夜のパーティーのお誘いが何度かと、昼間のお散歩デートのお誘いもあったけれど、私が目指しているのは「不仲説」なので、ここで仲の良い姿を見せるのはよろしくない。

 それに、これ以上アーデン公爵に情が移るのも危険なのではと思い始めてもいたから。

 なんだか今では公爵は、私にとって、なんというか、大切な友人になってしまっていた。

 だからそんな気安く楽しくおしゃべりしていた仲の良い友人とこうしていざ会えなくなると、じゃっかん物足りないようなさびしいような気がしてしまう。

 でも考えてみたら、どうせ彼が他の令嬢と結婚してしまえばそんなに親しくも出来なくなるのだから、これは良い機会だと思って慣れるべきなのだろう。

 彼には幸せになってほしい。そう願えば願うほど、彼が魔女をめとって貴族社会の中での立場を悪くするなんてことにはさせたくないと思ってしまう。 

 そしてずうっと私と良い友人でいてほしかった。

 私には、かなえたい夢がある。

 魔女たちが、出来るだけへいおんな人生をこの国で歩めるように手助けをするという夢。

 私の育ったかんきょうは、あまり良いとは言えなかったから。

 この国ではりょくが認められた子どもたちは、すぐさまその魔力をかくせるようになるまでの間、ひそかにかくされて育てられる。その間は「外の世界」にも行けないし、家にだって帰れない。

 貧しいわけではなかったけれど、ただひたすらしつけと勉強と訓練ばかりの毎日は、私のように幼いときから隔離されてしまった子どもたちにはとても寂しい生活だった。

 私がこのまま何もしなければ、これからもずっと同じように親や兄弟に会いたいと泣く子をずっと変わらず生み出し続けることになる。

 でも、私には、そんな子が少しでも寂しくないようにできるほうがあるのだ。

 それは「隠す」魔法。いわゆるふういん魔法。

 今でも私の本来の銀のかみや黄金のひとみを完璧に隠しているこの魔法は、きっと自分の魔力にほんろうされる小さな子どもたちの助けになるだろう。

 魔力を望まない人たちから、その魔力をしょうがい隠すことだってある程度できるのだから。

 魔力を一時的にでもきちんと封印出来たら、幼い子どもたちは定期的に家に帰ることができるようになるだろう。

 訓練は必要だから完全に帰すことは出来なくても、両親や兄弟に定期的に会い、見守られ、愛されているとはだで感じながら育つことができる。

 そして大人になっても、魔力の必要ない仕事でけんじつに生きる人生を手に入れることが今よりたやすくなるだろうと私は思っている。

 うっかり魔法を使ってしまったり、魔力を暴走させてしまう心配なんかしないで安心して暮らせるとしたら、その方がいいという人だってきっといるに違いないのだから。

 そういう人たちに、心配になった時はいつでも封印の魔法をかけ直してくれる、故郷に行けば会える封印じゅつ師。そんな人になるのが私の目標だった。

 この魔法があれば、私はたくさんの人の幸せを手助け出来る。

 そのためには、結婚なんてしているヒマは無いのだ。

 私は、いつか自分が育ったあの学院に帰る。

 ちょくちょく公爵との破局の噂を確かめに来る噂好きなご婦人たちの相手をのらりくらりとかわしながら、そんな気持ちを再度かくにんする私だった。

 そう、だから、


「ブローレストこうしゃく令嬢が、アーデン公爵ともう三回も会っているらしい」

 

とか、


「どこぞのだんしゃく令嬢の馬車がアーデン公爵家の前でもう二回も故障した」


 とか、


「誰かがアーデン公爵になんとかという名馬をプレゼントしたら、お返しにたくさんの花がおくられてきた」


 なんていう話を聞いても心がざわついたりなんて、しない。

 あのしんらいしきった、うれしそうな微笑みと温かいまなざしが、たとえ他の女性に向けられるようになろうとも、それは彼にとって幸せなことなのだから、寂しくなんて、ない。

 彼は、いつか魔女だとバレて追放されるかもしれない私よりも、一生彼の側にいて、ずっと彼を幸せにすることが出来る人を大切にするべきなのだから。

 それに私にとっても、彼が私を魔女だと知って今までの温かなまなざしがけいべつに変わることの方が、ずっとつらいに違いないのだから。

 どこぞの令嬢がアーデン公爵とデートをしたという噂を聞くたびに、なぜか私はそう心の中でかえすのだった。

 そう、彼はいい人だ。少々ひとぎらいで口下手かもしれないが、うそをついたり人をだましたりする人ではない。どちらかというと真面目すぎるくらいだし正直な人。

 そんな人が私のせいで不幸になってはめが悪い。ここは私が、誠心誠意きっちりと売り出してあげなければ。

 今のところは評判の悪そうな令嬢が近づいている様子はないので安心だった。

 ぜひとも素敵な女性と相思相愛になって、幸せな結婚をしてほしいものである。

 私は日々入ってくるアーデン公爵の交流の噂を聞きつつ、本気でそう思っていた。

 もちろん定期的に届くアーデン公爵からの散歩や気晴らしのお誘いには、相変わらずのらりくらりとかわし続けながら。

 ここでうっかり仲良く散歩なんてして、今まさに彼を落とそうとがんっている令嬢たちを失望させるわけにはいかない。そして芽生えているかもしれない新たなロマンスを、じゃするわけにもいかないのだ……。

 そんなふうに頑張って家にもっていたある日のこと。

 我が国ではぜんだいもんのスキャンダルが持ち上がった。


まぼろしの王女発見』


 それはあくまでもまだ噂ではあったが、それでもこのせまい貴族社会をあっという間にせっけんした。

 この国は王政である。国王にはおうとの間に王子が二人、王女が一人いるのだが、実は過去のそくとの間にもお子様がいらっしゃるという噂は前からあったのだった。

 そしてその噂のしょは生まれた時に、かがやく黄金の髪と黄金の瞳を持っていたという。

 黄金の瞳が事実ならば、その王女は魔女である。

 この国に生まれる魔女は、美しい容姿を持つ人が多いと言われている。

 だから王はその魔女であった王女の生みの母の美しさにまどわされ、騙された。しかし魔女の王女を産んだことによりその女性もまた魔女だったことがけんし、王女と共に追放されてしまった、ということになっている。

 が、しょうさいさだかではない。なにしろその側妃がどこの誰かも、そしてどこへ追放されたのかも全く明らかにはなっていないのだから。

 だからそのような真相のあいまいな過去のスキャンダルは今や半分忘れ去られ、その庶子も「幻の王女」として噂だけが残っていた。

 それをいまごろになって、この王女をオルセン男爵が発見して、保護したというのである。

 あり得るのだろうか?

 しかしあのロビンの婚約者マリリンを養子にむかえたオルセン男爵という人は、かつてはバルマスしゃく夫人が魔女だと暴いた人でもある。

 もともとはゆうふくな商人だったという話だし、男爵位を金で買った後も積極的に商業活動をしているようだから、もしかしたら独自の情報ルートがあるのかもしれない。

 どの貴族も半信半疑で、事の次第を見守ることしかできないようだ。

 オルセン男爵はその間も社交界で得意気にそのことをほのめかしているそうで。

 最近は私もパーティーには行っていないから伝聞ではあるが、どうもその保護した令嬢が王女だとオルセン男爵は確信しているようだ。

 ますます混乱する貴族たち。

 多くの貴族たちが、魔女である王族が本当に存在したときにはどのような対応をすべきなのかと前代未聞の事態に右往左往しているようだった。

 そんなとき、そのそうどうの中心であるオルセン男爵が、とうとうパーティーを開いて保護したむすめをおすると言い出したために、ほぼ全ての貴族たちはそのパーティーの招待状を手に入れようとまなこになった。

 一男爵、しかもまだ一代目の新興の男爵家のパーティーの招待状をしがるたくさんの

貴族たちを見て、きっとオルセン男爵は喜んだだろう。

 それでも貴族たちにはいろいろとおもわくがあるようだった。本当に王女なのかきわめたいとか、一応えんをつなげば将来有利になるかもしれないとか、顔を知っておいてトラブルになる前にけたいとか、ただの興味本位とか。

 そしてここにもきっと思惑があるのだろう人が。


「エレンティナ、君にもぜひ来てほしいな。オルセン男爵は将来そのおじょうさんを養女に迎えることも考えているんだよ。そうしたらこのマリリンの義妹いもうとになるんだ。ああもしかしたら男爵家ではなくて、もっと尊い方の娘になるかもしれないんだけれどね」


 ふっ、とまえがみげてなぜか得意気に言うかつての婚約者ロビンと、


「エレンティナ様、本当にぜひいらしてください。それはれいな方なんですよ。私、とても鼻が高くって! ぜひ公爵様とエレンティナ様とも知り合って……いえ出来ればお友達になっていただけたらと思っているんですう」


 と言うマリリンの二人に直接招待状をわたされて絶対に来いと言われてしまっては、たとえ本当に多少の熱があったとしても顔を出さないわけにはいかなそうだった。

特にマリリンは、どうしても公爵に来てほしいようで。

 でもこうして招待状が向こうからむと私にも断る理由がないというかなんというか。

 なにしろくだんの令嬢は、魔女かもしれないのだ。

 本当に噂の王女が本物だとしたら、それは魔女が堂々と社交界にお披露目されるということになるという前代未聞の事態。

 いったい他の貴族たちがどう反応するのかとても気になるし、オルセン男爵が堂々とお披露目なんかして、この先その令嬢をどうしたいのかもどうしても気になってしまう。

 魔女でないなら問題はない。でも噂通りに魔女だったら。

 もしかしたら密かに力になれるかもしれない。それにはまず確認しなければ。

 ということで。


「まあ、ありがとうございます。ぜひうかがわせていただきますわ」


 と、にっこりとねこかぶることにしたのだった。

 こうなると、やはり公爵を誘っていっしょに行くのが自然だろう。マリリンにも強く念押しされてしまったし。

 今まで頑張ってきた私的な目的のための作戦は、一時中断しないといけないか……。

 そうして私は渋々「オルセン男爵のパーティーに一緒に行きませんか」と手紙を書くことになったのだった。


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