第二章 新しい婚約者④


「とにかく手強いことだけはわかったわ」


 私は翌日、エマに昨晩会った公爵の話をしていた。


「しかもそんな風貌の方だとは驚きですねえ」

「そうなのよ。不潔という感じではないのだけれど、とにかく身だしなみを気にしない方みたい」


 あの寝癖のついたボサボサ頭と無精ひげを思い出して私は言った。


「でも、そこはご結婚されてから奥様がうるさく言えばなんとかなりそうですね。それよりもなによりも、とにかく大事なのはひとがらだと思いますから」

「ああ、まあたしかに人柄は良さそうな感じではあったかな。ちょっと内気で言葉が少ない以外は、まあまあ話しやすくていい人だとは思う」

「一時間もお話が弾むだなんて、ロビン様がお相手のときは一度もなかったですもんねえ。きっとあいしょうがいいんですね!」

「うーん……弾んだというよりは、一方的に私が話していた気が……。でもたしかにロビンみたいに私のことを喋りすぎるとか慎みがないとか言わないし、ひたすら話を聞いてくれる人ではあったかしら」

「包容力のある男性って素敵ですよねえ」

「それに結婚したら何でも好きにしていいんですって。引きこもろうがお仕事しようがご自由に、って」

「まあ、なんてかんような!」


 なんだかエマがぐいぐいと私にアーデン公爵をしてきているような気がするのはなぜ

だろう?


「エマ……もしかして私にあの公爵と結婚して欲しいの?」

「だって公爵様ですよ? それはそれは偉いんですよ? しかも大金持ち! その上そんなに優しいんだったら、これはもう多少のリスクを負ってでも捕まえるべきでは!?」

「いやだからそのリスクが大きすぎるって、言っているよね!?」


 もう、人ごとだと思って!

 アーデン公爵家といえば、歴史的にも王族とたびたびこんいんするような家なのよ。ほぼ王家と変わりないくらいに尊い血筋の家なのだ。

 なのにそんな家に、もしも黄金の瞳を持つ娘が生まれたら。

 どう考えても私の国外追放だけで済むとは思えない。

 私を魔女と知った上で嫁がせたお父様もお母様も、きっとただではすまないだろう。最悪このトラスフォート伯爵家が家ごとしゅんに消えてしまう。

 なのに公爵夫人には跡継ぎを産むという義務があるから、子どもを持たないというせんたくもないのだ。

 危険すぎる。あまりにも危険すぎる。


「でもお話を聞く限りではとっても優しそうな方ではありませんか。そんな方が、ご自分の妻と娘を簡単に追放するでしょうか。事実私の父は何も知りませんでしたが、生まれた妹が魔女だとわかったときは、追放なんて絶対にさせないと決意したそうですよ」

「ああ、ロティの時ね。彼女はもうあの学院からは帰れたのかしら?」

「はい、おかげさまで今は両親と一緒に暮らしています。あの時だん様とお嬢様に助けていただいて、本当に私たちは感謝しているんですよ。だから私はそのご恩を、誠心誠意お嬢様にお仕えすることでお返しするとちかったんです。もちろんお嬢様が公爵家に嫁がれても、私、ついて行って何でも協力しますよ!」

「その気持ちは嬉しいのだけれど、それでもし公爵家でも私と一緒にいて私が魔女だとバレた時には、あなたの身も危なくなるかもしれないのよ。でも私は誰も不幸になって欲しくないの。だから私はひっそりと、一人でお仕事して生きていくって決めたのよ」

「でも、せっかく良い人そうなのに……」


 たしかに、人柄は悪くは無かったと思う。総じてあの見た目にさえ目をつむれば、普通は政略結婚相手として悪くはない。

 なのにめざといマリリン以外には、その後も彼に秋波を送る令嬢はいないように見えた。

 ん? いや、もしかしてマリリンがめざといのではなく、単にあの公爵が大人しすぎて、そしてえが悪すぎて令嬢やその母親たちの視界に入っていないのかもしれない?

 考えてみれば、社交界の女性たちはっぱりも多い。

 だから付き合う相手もあまりに見栄えの悪い人は避けられるのかもしれない? いくら若い公爵といえども、さすがにあれだけ怪しい風貌となると。

 爵位目当てであんなのに言い寄ったのねとヒソヒソうわさになる未来が私にもちょっと見えた気がした。

 特に今は「真実の愛」がもてはやされているから、明らかに地位目当てで言い寄るのは外聞が悪いと思われているのかも。

 なるほど、じゃあ公爵の方は、公爵位を継いだからそろそろ結婚を、と周りにせかされでもして、そんな時にちょうど婚約を破棄された私の名前を聞いたので、ならば今申し込んだらめいばんかいとばかりにすぐに承諾されるだろう、簡単に結婚できるとでも思ったのかもしれない。

 うん、きっとそうだ。それにもしかしたら彼には、他にもまともなお家では後から文句が出るような何かがあるのかも。単に風貌の問題かもしれないが。だからあえて断られにくい相手を狙ったのだとしたら、まさしく私はうってつけだった。

 事実、私の父は最速で飛びついたのだし。おそらく父は相手の家名以外はなにも確認しないまま婚約のけいやく書にサインをしたと思われる。それくらい良い食いつきだった。 あれでは後から話が違うとも言いにくいに違いない。

 まあ相手が公爵家では、たとえ父に思うところがあってもどのみち家格で断れなかっただろうけど。

 そして私は、たった一回会っただけで確信していた。

 彼に、自分から貴族令嬢に声をかけてゆうわくして甘い言葉をささやいて、そしてプロポーズという一連の流れがこなせるとは思えない。

 その上あの風貌では、令嬢の方から寄ってくることもないだろう。なにしろ怪しさ満点なのだから。

 おしゃで清潔でスマートな紳士という貴族男性のあるべき姿とは対極の、あの姿ではさすがに……。

 ロビンが平民だと思ったのもわかるあの服装のセンスのなさ、そして手入れのされていない外見。上品でお洒落でりょく的な貴族の身だしなみとしては全くもってれいてん、いや大きなマイナスだった。

 あれではダメだ。たしかにあの彼では自力で結婚出来る気がしない。

 会話どころか外見と基本的なコミュニケーションに難がありすぎる。あれではさすがに理由はどうあれ、一度は手に入れた婚約者を離したくない気持ちもわからないでもない。

 うーん、じゃあどうすれば……。


「あ! わかった! じゃあ彼の外見をもう少しまともなものに整えた上で、広く『アーデン公爵は花嫁しゅうちゅう』って売り出してあげれば、きっと数え切れないほどの令嬢が花嫁、もとい公爵夫人に立候補しに押し寄せるんじゃないかしら!?」

「はあっ!? どうしてそうなるんです!?」

「だって、私は結婚出来ない。でも彼には公爵夫人が必要。なら、私が彼に別の素敵な花嫁を選べるようにしてあげればいいのよ!」

「でも、もう公爵様はお嬢様にお決めになったのではないんですか!?」

「だから、私は結婚出来ないの! だけど、もしも彼がモテモテになったら、あの公爵のことだからきっと誰かのわなにはまると思う。うっかりキスして見つかっちゃったとか、意味深なおくものを贈っちゃったなんていう行動は出来なくても、きっとかしこい令嬢やその母親のたくみなゆうどうにひっかかって、結婚話に『うん』と言ってしまうに違いない!」

「それ、いいことなんですかねお嬢様……」


 でも、もともと跡継ぎのために愛の無い結婚をするというのは貴族社会ではよくある話なのだ。むしろ今まではそれが普通だった。

 だけれど今は「真実の愛」が大はやり。


「それに彼だって大勢の令嬢と知り合いになったら、もしかしたら彼の『真実の愛』に出会うかもしれないじゃない。いやぜひ出会ってもらいましょう!」


 彼にだって好みはきっとある。

 そしてその好み通りの令嬢だって、きっとこの社交界のどこかにいるはずだ。

 こういうとき、彼の「公爵」という高い身分はそれだけで強力な武器になる。「公爵夫人」にあこがれない貴族令嬢はほぼいない。本来彼は、よりどりみどりの立場なのだ。

 そこまで考えて、やっと私には光明が差した気がしたのだった。

 そう、今は婚約破棄が大はやり。

 ならばあの公爵にもぜひ、このはやりに乗ってもらおうではないか。

 私の全面プロデュースで!

 まあ、あのまま私の意をんで、もしかしたら婚約を破棄する手紙が送られて来るかも

しれないとも少しは期待したけれど、やはりそのようなことはなく。

 次の日に届いた手紙には、また殴り書きのようなきたない文字で「明日、よろしければ公園に散歩に行きませんか」と書いてあった。かろうじて読めた。

 それを見たエマが満面のみで、


「やっぱり公爵様はお嬢様がいいんですよ!」


 とかなんとか言っていたが、でもそれは貴族として、知り合った令嬢を初めてデートに誘う初歩も初歩の定番である。積極的な行動というよりは非常にマニュアル通りの行動だ。

 もしやどこかの指南書でも読んで、紳士ならば婚約者にはこうすべしなんて書いてあるのをそのまま実行しているのでは? とさえ思える行動。

 ただ、それをあの公爵が実行してきたことには私もちょっとだけ驚いたけれど。

 なにしろあの姿と状況を見た後なので、そんな前向きな行動が起こせたのねと思ったのだ。なんだ、やれば出来るじゃないか。ちょっとぶっきらぼうとはいえ、こんな風にちゃんと誘えるなら今までもやればよかったのに。

 と、そこまで思って、ああそうか、そうやって誘えるような知り合いの令嬢さえも今まではいなかったのだろうと察した私だった。

 あのパーティーで呼びに来たどこぞの紳士との話が終わった後も、私が見ていた限り彼が他の女性と交流する様子はなかった。

 というより、最後までずっと紳士たちとばかり話をしていて、まったく浮うわついた行動がないのだ。

 あの様子では女性とたわむれるとか、こいの駆け引きをしようなんていう気は全くなさそうだ。

 なるほど、だからあの容姿で平気だったと。

 じゃあ、ある程度女性受けする容姿になったら、少しは女性とも接点が出来ることだろう。そうしたら彼にも新たな世界が開かれるというもの。

 私はあの公爵を少しでも魅力的な男性に仕立て上げ、彼に真実の愛に目覚めてもらおうと決めた。

 そして私はめでたく婚約をまたもや破棄されて、ひっそりと社交界を去って行く。

 まあ、なんて素敵なハッピーエンド。

 そうと決まれば作戦開始である。

 早速私は明日の散歩という名のデートに向けて、手紙を書いたのだった。

 次の日、当のアーデン公爵は、時間に少しおくれて家紋付きの立派な馬車で私をむかえに来てくれた。

 二度目に会った公爵は、なんと前回とは違ってまるで別人のような雰囲気になっていた。

 ひげをり、髪を切って綺麗にセットしただけで、この前の無精ひげとボサボサ寝癖で

表情の全然読めない怪しげな人から、さっぱりとしたどこから見ても清潔感漂う完璧な紳士へと変身していたのだ。

 しかもそのがおは、なんと私が想像していたよりも千倍美しかった。

 なにこの人、すごく綺麗な顔をしているじゃないの!

 あのひげとボサボサの髪の下に、まさかこんな切れ長の目や、すっと通った鼻筋や薄く魅力的な唇が隠れていたなんて……!

 驚いている私の後ろで、エマが感動のため息をついたのが聞こえた。

 わかるよ……これは驚くほどのぼうだ……。

 私は思わず嬉しくなって、正直に彼にそのことを告げた。


「公爵様、本日はお誘いありがとうございます。髪をお切りになったのですね。とっても素敵ですわ!」


 もう満面の笑みで言う。ああなんて素晴らしい。この顔にクラッとしない女性なんていない。きっといない。これは公爵のこんかつ、もう成功したも同然だ!

 そんな上機嫌の私を公爵様がちょっと照れたように、まぶしそうに目を細めて見ていた。

 おおい被さる前髪がなくなって目の前が明るくなると、きっとよく見えるようになって世界が眩しいに違いない。

 そして公爵様が、ボソッと小声で言う。


「あなたが……そう言ったので……」


 そう! 私が言いました! 手紙でね!

 でもすぐに実行に移してくれたことが素直に嬉しい。

 まさかあの風貌にこだわりがあるとは思えなかったけれど、もしあの風貌がこだわりの結果だなんて言われたら、ちょっと説得するのが難航するところだった。

 なんて従順で良い人なんだ。

 しかし見栄えは格段に良くなったけれど、その消極的な態度は変わらなかったらしい。

 そこは少々残念ではあるが、まあそれでもこんなに見栄えの良い人だったのなら、これからはもう放っておいても人気が出るに違いない。

 身分は最高、見かけもれい。しかも内気で素直にお願いを聞いてくれる性格となれば、今の社交界でこれほど条件の良い結婚相手が他にいるだろうか。否!


「で、では行きましょうか」


 しかもそう言って緊張気味に腕を差し出すその姿は一見、完璧な紳士。さすが育ちの良い公爵様、仕草は完璧に上品だった。台詞せりふをちょっとかんでしまったのはごあいきょう


「私、とても楽しみにしていましたのよ」


 私はにっこりと満面の笑みで、その腕をとったのだった。

 手紙で一言お願いしただけでここまで完璧に仕上げてきた公爵に、私は好印象を受けた。

 これで私が魔女ではなかったら、もしかしたら喜んで彼と結婚できたかもしれない。きっと彼とはおだやかな良いふうになれただろう。

 私は今まで、あまり自分が魔女だということを不幸だとは思ったことがなかったのだけれど、このときはちょっとだけ、ああ残念だなあと思ったのだった。

 とはいえ、まあだからといって事実が変えられるわけでもなく。

 だから彼には、ぜひ善良で素敵な女性と知り合って、幸せな人生を送ってもらおう。

 縁あって知り合ったこの公爵様に私が出来ることは、そう願うことだけだ。

 私、最大限協力するからね……!

 そんなことを改めて決意した私は、ようようと公爵家の高級馬車に乗り込んだ。


「それで、行き先は私の希望をかなえていただけるのでしょうか?」


 馬車の中で、私は向かいに緊張気味に座る公爵に微笑みかける。

 おねだりというのは慣れないが、それでも自分の計画に必要ならば、頑張るのみ。頑張れ私、二人の明るい未来のために!

 すると公爵様は嬉しそうに、驚くほど美しい完璧な微笑みを浮かべて答えてくれた。


「はい、あなたがお望みのところなら、どこへでも」


 ああ本当になんていい人なの……!


「まあ! ありがとうございます。楽しみですわ! そうそうそのかみがた、とってもお似合いです。って、さっきも言いましたかしら?」


 喜びのあまりまた公爵様を褒める私。


「……いえ、それは良かったです」


 するとまた嬉しそうに、ちょっと照れつつも微笑む公爵様だった。

 ごくじょうの顔が微笑むと、そのかい力はとてつもないのだと私は改めて学んだ。


「その髪は、どこか今はやりのお店で切ってもらったのですか?」

「よくわかりません。しつに適当に理容師を呼ばせただけなので」

「まあ……さすが公爵様」

「そうですか?」

「……」

「……」


 ……しかしどうも公爵が緊張しているようで、会話はあまり弾まなかった。

 私が何を語りかけようと公爵はなんだか嬉しそうには微笑むのだが、会話は緊張した雰囲気で簡単な返事をするのみなのだ。思わず先日のパーティーでの一方的な会話の記憶がよみがえる。

 私は思った。

 ふむ、これはきっと女性と会話をすることに慣れていないせいだろう。

 特にこんな密室ともいえる空間で女性と二人きりというのは、きっと彼にはハードルが高いのだ。緊張からか、うっすらとあせをかいている様子もうかがえる。


「……今日は少し暑いですわね。窓を開けていただいても?」

「もちろんです」


 しかし、昨日手紙を書いただけでその日のうちに彼が髪を切ったことに、私はこの先の希望を見いだしていた。

 今も、私の希望を聞くやいなや急いで馬車の窓を全開にする公爵を見て思う。

 彼は今も私の希望を聞いてくれた。女に従うなんてとか、自分に指図するなんてといった不満もないみたいだし、ちょっと褒めただけで素直に嬉しそうにしているところがなんとも微笑ましいではないか。

 きっとこの公爵様ならば、昨日の手紙で伝えた私の希望を、全部叶えてくれる気がする。

 そう。私は昨日のお手紙で、髪型以外にもたくさんお願いをしていた。中には少しばかり準備が必要なものもある。でも目の前に座るこの人は元々大金持ちで有名な公爵様なのだから、自身への少々の必要経費ならば払ってもらってもいいだろう。

 ままな人間だと思われるかもとは思ったけれど、それはそれで婚約を破棄しやすくなるだけだと思ったので、もう何でも書いた。

 しかしどうやらそれで印象が悪くなったわけではなさそうだ。

 ならば遠慮はいらない。

 ぜひともしばらくの間、お付き合いしてもらおうではないか。ふふふふふ……。

 そしてその約二週間後、私たちは正式に人々の前で婚約を発表したのだった。

 事前に新聞には告知が載ったので、もちろんその前に知っている人は多かったのだが、アーデン前公爵は顔が広い人だったようだが現公爵は人付き合いが少なくて、それほど話題になってはいなかった。

 おそらく「アーデン公爵? 前公爵は知っているけれど、そういえば跡継ぎの話は聞いたことがないわね、どんな方だったかしら?」的な受け止められ方をしたのかもしれないな、と私は思った。

 なにしろ私にお祝いを言いに来た人たちが、みんなそんな感じだったから。

 そして私の方も、最近までロビンと婚約をしていたせいであまり良い印象はないのだろう、私に直接お祝いを言いに来たのは数少ない友人の他には、うわさばなしが好きでこの婚約のけいを根り葉掘り聞きだしたいご婦人が少数訪問してきただけだった。

 なので、そう、私には時間があったのだ。とても好都合なことに。

 私ははりきって、婚約発表までの間ひんぱんにアーデン公爵とデートを重ね、そしてあれこれと「希望」を実現していった。

 必要ならばおねだりもあり。たまに公爵が面食らっていた時でも、一言私が「お願い」と言えば、ちょっとほおを赤らめつつ「あなたがそうおっしゃるなら……」と受け入れてくれるあたり、本当にいい人である。

 そんなお願いとおねだりと、そして少々の希望を公爵に提示してりょうしょうされるのを繰り返して、私は公爵を主に紳士ようたしの店へと引きずり回したのだった。


 しかし、ねえ、そんなに何でも受け入れてしまっていいの……?

 と、私の方が少々心配になる。


「公爵様、もちろん公爵様もご希望があったらおっしゃってくださいね?」


 と聞く私に、当の本人は毎回にこにこしながら、


「特に希望はありません。全てあなたのお好きなように」


 と答えるばかり。

 そんなことを言って、実は私のセンスが最悪だったとか、私が悪意で彼を笑いものにしようと思っていたらどうするんだ?

 少しは公爵様の好みとか意見とかはないのかしらと、ためしにこれはないだろうと思うものをおすすめしてみた時も、なんのていこうもなく受け入れようとしたので、驚いた私があわてて止めることになった。

「ええっ!? ……と、すみません! ちょっと思っていたのとは違ったみたい……。こんなにり合いなものをお薦めするなんて、私、公爵様に失礼でしたね」


 と、あせる私に、


「失礼なんていうことは全くありませんよ。私はあなたが喜んでくださればなんでもいいのですから」


 と、それはそれは嬉しそうな顔で微笑むものだから、そんな人を試そうとした自分をおおいに反省することになってしまった。

 とにかく、結婚したらなんでも私の好きにしてよいと言ってくれたその言葉を、もうすでにじっせんしているかのような公爵様。

 とんでもないお金持ちって、いったいどこまで寛容なの……?

 もはや私には、毎回嬉しそうに迎えに来て、私の行きたい所についてきては私の気が済むまでにこにこと微笑みながら付き合ってくれる公爵様のそのお姿が、なぜか毎回大喜びで散歩に繰り出す忠犬の姿と重なって見えるようになってきた。

 たまに嬉しげに振られるしっが見えるような気さえするしまつ。

 そして私はそんな公爵様なのをいいことに、結構な金額のものを買わせてしまったのだが、なんとそれでも彼の笑顔がくもることは最後までいっさいなかった。

 本当にいいのかしら? こんなに私の好きにして……。

 そんな気持ちがふと浮かんだこともあったけれど、まあ、もう気にはすまい。本人が良いと言うのだから、きっと良いのだろう。そういうことにした。

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