第22話 マーイの世界の病気
◇時間を巻き戻して
《涼視点》
月曜日、伊達養鶏園から帰ってきた俺は、エンジン式アースオーガを握り締め蟹股になりながら足と腰を使って地面に穴を掘っている。
かなりきつい作業だ。ドリルの振動が手にくるし、土を掘り上げる時に力も使う。
アースオーガとは土に穴を掘るドリルで、直径7cm深さ60㎝の穴が掘れる。ワカサギ釣りの時に氷に穴をあける道具のような形状で小型エンジンでドリルが回転する。約30,000円で購入した。
この工具を使って農地を囲うよう穴を掘っていく、穴と穴の間隔はだいたい1.5mくらい。
ギュルルルルルルルル!
ギュルルルルルルルル!
ギュルルルルルルルル!
「ふー、しんどいなー」
俺が何をしているのかというと、農地を囲う柵を竹で作る為に竹を刺す穴を掘っているのだ。
年間8,000円で借りた農地は一周が約400m。U字溝で出来た幅1.5mの水路に面している部分が40m程あり、そこに柵は必要ないから約360mの防獣柵を竹で作る計画。
現在は冬で雑草が生えない。なのでこの時期にやっておかなければならない作業になる。
鶏の餌になるトウモロコシ、カボチャ、パプリカや自分達が食べる野菜を栽培する予定なのだが、この辺は獣害が特に酷い。
普段、外で作業していると野生動物をよく見掛ける。鹿、猪、狸、アライグマ、イタチ、ハクビシン、狐などなんでもいるから驚きだ。
特に狸は危険で畑の野菜を食べる害もあるし、奴らは人間に慣れている風に近付いてきてあわよくば、頭を撫でたり、お手でもしそうな雰囲気なのだが、油断してるといきなり噛みついてくる。追い払おうとすると逆上して襲ってくる。噛まれると感染症に掛かる恐れがあって見掛けたら近付かないようにするのが基本だ。自宅の周りにもよく出没するので綾が噛まれたら大変だから狸には特に気を付けている。
冬だというのに作業していると汗が出てくる……。
「これは夏じゃ、暑くてできないな」
その日は一日中穴を空けていた。
翌日は朝から穴に竹を刺していく。
竹は小型の充電式レシプロソー(約10,000円購入)で根本から伐採し、枝打ちして約2mの長さに切ってある。何年も放置されていた竹藪は密林状態で、竹の育成に良くないので、加工は後にして時間のある時に先にどんどん伐採して間引いていた。
竹に防腐剤は塗らない。そもそも竹柵の寿命が短いとうこともあり、卵で利益を出せたら鉄製の防獣フェンスを買おう思っているから竹柵はそれまでの繋ぎ。今は防腐剤のお金と塗る時間をケチりたい。
更に翌日も竹柵作り。竹割器(竹を縦割りする工具)で6等分に縦割りした竹を1.5m間隔で立てた竹の支柱に取り付けていく。取り付けはネジを使用した。
なんだかんだで4日かけて竹柵が完成。全長360mフェンスの高さ140cm、柵の隙間は5cmくらいだから、猪、鹿、狸等は入ってこれない。ただ、狸は柵を登るので、更にこいつに電気柵を取り付ける予定だ。
木曜日の午後4時頃、俺は農地に作った竹のベンチに座り一息つく。
「終わった?」
「ああ、予定よりかなり早く終わったよ。マーイが手伝ってくれたからだな。後は今夜YouTubeに動画を投稿して完了」
「マーイ、頑張った。リョウ、頑張った」
そう言いながマーイは俺に背を向て俺の股の間に座る。
俺はマーイを後ろから抱き締めた。
ここは人里離れていて、お客さんは野生動物くらい。だから二人でいるときはこうしてイチャイチャすることがある。つかマーイが甘えん坊で寄り添ってくる。
俺に抱き締められるとマーイの体から力が抜けた。俺はマーイの桜色の髪に鼻を埋める。
それから暫くして彼女は振り返って、
「ん」
目を閉じて唇を差し出す。小さな顔、雪のように白い肌、長いピンク色のまつ毛、……綺麗だ。それ以外に表現方法がないよ。
「ちゅっ」
「もっと」
「ん、ああ……」
「ちゅっ…ちゅっ……ちゅっ」
暫くイチャイチャしてふと顔を上げると、家の方に女の子がいた。
「リョウ? ん? ……チホ?」
マーイも気付いたようだ。
「そろそろ、綾を迎えに行く時間だし、準備しようか」
「うん」
農地から家までは40mくらいで途中水路を渡る。
千穂ちゃんに近付いていくと、顔を真っ赤にしていることに気付いた。制服姿で横にはママチャリが停まっていた。
「あはははは……、千穂ちゃん、ど、どうしたの?」
「す、すみまん。邪魔する積りはなかったんです」
俯いた千穂ちゃんはかなり申し訳なさそうにしている。
「い、いや、気にしないで、あ、あははは……、あっ、回覧板?」
「はい。これ!」
「ありがとうね」
千穂ちゃんは胸に抱えていた回覧板を俺に手渡した。1月からこの地域の自治会に加入していて早乙女さんちがうちに回覧板を届けてくれる。
それから千穂ちゃんが、
「あの……マーイさん……、良かったら今度、お菓子作り教えてくれませんか?」
「うん! いいよぉー!」
「この前いただいたクッキーが凄く美味しかったので……」
早乙女さんから白菜や猪肉を頂いたから、お返しにマーイが焼いたクッキーをあげたんだよな。
「あ、それならこれからうちで作っていけば?材料もあるし。俺は綾を迎えに行ってくるよ」
「いいんですか?」
「マーイ、いいよね?」
「うん!マーイ教える、できる!えへへへへ」
俺とマーイは微笑み、千穂ちゃんがうちでクッキーを作っていくことになった。
保育園へ行く途中、早乙女さんちに寄って簡単に事情を伝えた。
◇
「ただいま~」
「たらいま~」
「リョウ、アヤ、おかえり」
「お、おかえりなさい」
保育園から帰るとマーイと千穂ちゃんが楽しそうにクッキー作りをしていた。それを綾がじっと見ている。
「綾たんも作る」
「うん。やゆう!」
俺はリビングでYouTubeの動画編集。サムネは『無料で防獣フェンス作れます』でいいか……。
キッチンでは3人が楽しそうにお菓子作りをしている。
美味そうな匂いがするが、夕飯は昨日のシチューの残りだからクッキーを頂くとしたら夕飯の後だな。
俺は一息ついたところで、千穂ちゃんに尋ねる。
「千穂ちゃん、急にお菓子作りなんてどうしたの?」
千穂ちゃんの手が止まりモジモジしだした。
「あの……えっと……その……、彼氏ができたんです……」
「えええええええ!そうなの!?」
「はい」
マジかよ……。あの引っ込み思案の千穂ちゃんに彼氏。
「あれ?千穂ちゃんって中2だったような……?」
「はい……あの……お父さんには内緒にしください」
「え、うん。それは言わないけど……」
中2で彼氏って早いよな?田舎の子は色々早かったりするし普通なのか?
千穂ちゃんは自分から何かするような感じの子じゃなかったけど、クッキー作りなんてしちゃって相手ができると変わるものなんだな。
「彼氏はかっこいいの?」
「えっと、はい。それに私なんかと毎日一緒に給食を食べてくれるんです。だから優しいんだと思います」
てことは同級生か……
「チホ、彼氏なぁーに?」
「うーん、付き合ってる人のことかな……マーイさんは桜沢さんと付き合ってるんですよね?だからマーイさんの彼氏は桜沢さんですよ」
「うーん、付き合う?」
マーイは首を倒す。彼女は理解できる単語が限られている。俺は千穂ちゃんの回答を補足する。
「マーイ、猫とか、鳥も、男、女いて子供つくるだろ?」
「うん」
「それの練習……準備、みたいなことかな」
「マーイ、リョウと子供つくる。千穂も子供つくる。そうか、わかった。でも……、どうしてできるの……?」
「えっとそれは……桜沢さん!」
「おほん!と、取り敢えず、子供をつくる前に早くクッキー作っちゃおう!」
「あ、ですねー!」
ほら千穂ちゃん顔真っ赤だよ!
因みに綾は黙々と作業している。綾も中学生くらいになったら彼氏連れてくるのかな?絶対美人になるし、変な男に騙されないよう、お父さん今の内から目を光らせておかないと!
千穂ちゃんは少し暗い感じだけど顔は整っていて大人になったら美人に化けそう。性格も悪くはないと思うし。見てる男は見てるんだな。そう思って俺は微笑んだ。
「彼氏君、クッキー喜んでくれるといいね」
「はい!」
千穂ちゃんは微笑みながら返事をした。彼氏君の為に何かやりたいと思ったんだろうな。いい子じゃん。
「そうだ。クッキーできたらマーイに魔法をかけてもらおう」
「魔法!マーイさん魔法少女なんですよね!」
「マーイ、魔法できる!美味しくするよ!」
千穂ちゃんはマーイを見て目を輝かせる。魔法についてはマーイに説明済みだ。
マーイが食べ物に魔法を掛けると味は変わらないけど口に入れた瞬間、少しだけ幸福感があるんだよな……。
◇
週明けの月曜日、ホームセンターへ行った帰り、俺は運転しながら助手席に座るマーイと話していた。
マーイはサングラスにニット帽姿。
マーイが飛んだ事件から1週間以上経過しニュースは下火になっている。一時期、テレビで専門家がマーイの起こした不思議な現象を解き明かそうと特番が組まれたり、海外でも話題になったりしたが、俺達の住所を特定できないマスコミは次第に報じることも無くなっていった。
ただ、福島県のスーパーやホームセンターでマーイを見たとう目撃情報がネット上に複数件載り。テレビ局や迷惑なYouTuberが張り込むようになった。
なのでスーパーやホームセンターに行ってもマーイは車の中で待機。魔法も人前では使わないと約束してもらった。
俺は運転しながら前々から気になっていたことをマーイに聞く。
「マーイが住んでいたところは皆病気になったって言ってたけど、どんな病気なの?」
「うーんとね、マーイまだ小さい。小学校行かない子供、皆死んだ。でも……少し覚えてる。手、顔、黒いのなる」
「顔や手が黒くなるってこと?」
「うん、……あとね、ゴホンッ ゴホンッ ゴホンッ 皆、これなる」
とマーイは咳をするときのジェスチャーをする。
それってあの病気じゃないか?
信号待ち、俺はホルダーに挿していたスマホに話し掛けた。
「黒死病、画像」
するとスマホに
「こんな感じの病気?」
「うん!これ!これ病気、あるの?」
「この世界でも昔流行って、たくさん人が死んだんだよ」
「元気なる。……できるの?」
「えーっと確か……ネズミに付いてるノミがペスト菌を運ぶんだよ。街を綺麗にするとネズミがいなくなるから、それで病気になる人がいなくなる」
「ノミ、ペストきん、なぁーに?」
それから俺はノミや細菌についてマーイがわかる単語を組み合わせて説明した。
「それと、抗生物質っていう薬があって、飲むと治るらしいよ」
早期だと抗生物質は細菌を殺すから効果があるらしい。
「マーイ、日本来た、意味、ある。リョウの話し聞く、……世界変えるの魔法」
「病気を治す方法が見付かったらマーイは帰るの?」
俺は車を走らせながらも運転に全く集中できないでいた。この話し流れだとマーイは帰ることになる……。
「マーイ、帰らない」
「え?どうして?」
「マーイの村、皆死んだ。マーイの村、魔法できるの人住む。大きい村……東京、凄く遠い。マーイ、知らないの場所」
「でも、お兄ちゃんはマーイに世界中の人の病気を治す魔法を使って欲しかったんでしょ?」
「お兄ちゃん、死んだ。マーイの村の人、死ぬの時、青い鳥できる……。マーイ、リョウ、付き合う。マーイ、リョウ、子供つくるしたい。マーイ、婆ちゃんになるも、リョウ一緒」
「……」
「マーイ、リョウ好き。リョウ、いつもマーイ助ける。教える、する。リョウ、優しい。マーイ、リョウ好き……」
マジかよ……。そんな風に思っていてくれたのか。
優香と色々あってもう恋愛なんて懲り懲りだと思っていたけど……。
「俺も、マーイのことが好きだ……、大好き」
「マーイ、リョウ大好き、あってる? えへへへへ」
「ふっ、あはははは、合ってる」
マーイの世界の人がどうなろうが知った事ではない。マーイも家族や知り合いが皆死んで帰る理由がないってことか……。ならずっと一緒にいたい。
◇
それから暫く無言で車を走らせ橋を渡っていると、数人で女の子を持ち上げる学生の姿が目に入った。
「今の千穂ちゃんじゃなかった?」
「うん、チホ」
俺は慌てて車を路肩に停めて、マーイと一緒に車を降りる。
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