第21話 虐め現場を目撃する



◇涼が暮らす地域の県立中学校にて。



 早乙女家四女、早乙女千穂は中学2年生。金曜日の放課後、セーラー服の上にカーテンとコートを着た彼女は男子生徒に呼び出され体育館裏に来ていた。

 千穂は身長152cm、華奢な体、黒髪のショートカットに眼鏡をかけている。いつもオドオドして人付き合いが苦手な彼女に友達はいない。それどころかクラスのボス的な女子に目を付けられ虐められている。


 学年でも人気があるバスケ部の男子生徒、小崎翔一は遅れてきたのに悪びれもせずヘラヘラ笑いながら千穂に声を掛けた。

 因みに千穂の学年は1クラスしかなく男子が12人、女子が6人。


「早乙女ー、おまたせ。遅くなってごめん」


 千穂は気にしないでと言わんばかり首を振ってから、恥ずかしくて俯いた。


「あー、んで、呼び出したのは……、えっと……ずっと好きでした!早乙女、俺と付き合ってください!」


「…………っ!」


 俯く千穂は突然の告白に目を見開く。今何が起きているのか理解できないでいる。


「嫌かな? 嫌なら俺帰るけど……」


「…………」


 男子とまともに話したことがない千穂はなんて答えれば良いのかわからない。ギュと握った手を胸に当て、足はガクガク震え、男子の顔なんてまともに見れないでいた。


「なんか答えてよ?ねぇ?……流石に失礼っしょ?こっちは勇気出して告ったのに」

 ずっと黙っている千穂に悪態を付く小崎。


 実は近くの物陰にクラスメイトが数人隠れていて、千穂の反応をみてクスクス笑っている。動画を撮っている奴もいる。


「あのさぁー、何か言ってくれなーい?あーもう、めんどいわー」


 恐くて男子の顔を見れない千穂は俯きながら絞り出すように震えた声を上げた。


「あ、あの……」


「なに?」


「あの、私、付き合うとかよくわからなくて……」


「ん?俺もよくわかんないけど、取り敢えず一緒に給食食えばいいんじゃね?こっちも早く終わられせたいし」


「終わらせる?」


「ああ、こっちの話し。で、どうすんの?」


 この男子は罰ゲームで一週間千穂と付き合うことになった。


 千穂は小5、小6の頃嫌がらせをする男子が原因で登校拒否になったことがある。それがあって学校ではクラスメイトと馴染めないでいた。


 しかし、それではよくないと千穂ずっと悩んでいる。そして今回、小崎と付き合って自分を変える切っ掛けになればと思った。


 顔を上げた千穂は必死な目で小崎を見つめ言った。


「あの……、私、付き合う!」


 小崎は頬を掻きながら面倒臭そうに答える。


「ああ、そう……、じゃ、よろしく」


「うん」


 こうして二人は付き合うことになった。

 物陰にはそんな二人のやり取りを見てクスクス笑う生徒が数名。「身の程をわきまえろよ」とか「必死でキモ」と言いながら千穂を嘲笑っている。






 週明けの月曜日、お昼休みになり小崎は千穂に声をかける。


「早乙女、お昼食べよ」


「うん」


 この学校では廊下に配膳が置かれ、昼休みになると給食当番が教室に運び込み各自が自分で給食をトレイによそう。食べる席も自由で仲の良いメンバーが集まり食事をする。


 小崎と千穂が並んで給食をよそっていると、クラスメイトがヒューヒューと声を上げ二人をからかう。


 罰ゲームという事情を知らないクラスメイトは二人が一つの机で向かい合って給食を食べる姿をみてヒソヒソと話しをする。


「あー、くっそう、ムカつくなぁー」


 と周りを睨んだ小崎が言う。千穂は何も答えず下を向いて昼食を食べている。

 そんな千穂を睨んで小崎は「ちっ」っと舌打ちをした。


「早乙女、昨日ニュース見た?横浜で魔女が出たやつ」


「……うん」


「あの魔女、前にうちのかーちゃんが近所のスーパーで見たらしいんだよね」


「……」


 昨日、涼がマーイと綾を連れて早乙女家に来た。そしてマーイのことは他言しないでくれと頼んでいた。その時、千穂も居合わせている。家の使いで涼の家に行くことがある千穂はマーイと仲が良く、綾と遊んだりもする。


「実はこの辺に住んでたりしてな」


「ニュース見たよ。……私も空……飛んでみたい。ふっ…ふふふ」


 余計なことは言えないけど率直に思ったことを口にし、思わず笑ってしまった。小崎はそんな千穂の笑顔を見て思考が停止する。そして我に返り頬を染めた。千穂の笑顔は以外にも可愛かった。




 それから二人は毎日給食を共にし、帰宅部の千穂がこっそりバスケ部の練習を見に行くこともあった。その時は恥ずかしがる小崎に追い返され、千穂は練習を見れずに帰った。


 告白した日から1週間が経った。

 昼休み、いつものように会話は少ないが二人で昼食を食べていると千穂がカバンから小包を取り出した。


「あの……、これ、昨日近所のお姉さんと一緒に作ったの」


 そう言って小包を開けると中には手作りクッキーが入っていた。

 マーイがお菓子作りが上手なのを知っていた千穂は昨日、涼の家にお邪魔してマーイからクッキー作りを教わったのだ。


 小崎はそのクッキーを面倒くさそうに眺める。


「俺、手作りとか、キモくて食べれないんだよね。クッキー嫌いだし」

 と冷たい声で言う。


「そ、そっか……、ごめん……」


 千穂が小包みを片付けようとすると小崎は手を伸ばし、クッキーを一つ奪い取る。そして何も言わずに口へ放り込んだ。


「ん……んんっ!んだこれ?滅茶苦茶美味いぞ!あれ?え?なんだろう……不思議な感覚だ。なていうか……」


 『幸せな味がする』と言おうとして小崎は言葉を止めた。それを千穂の前で言うのは恥ずかしかった。

 実はクッキーにはマーイの魔法がかかっていた。


「早乙女、もっと食べていい?」


 小崎が何個か口に頬張ると千穂は嬉しそうに微笑む。その笑顔を見て小崎は頬を赤くする。それから小崎は小包を持って席を立った。


 友達の席に小包を持っていた彼は、


「これ早乙女が焼いてきてくれたんだけど食べてみろよ。マジで美味いぞ」


 そんな小崎と小包を見てクラスメイトはクスクス笑う。


「お前よく食えるな、毒でも入ってるんじゃねーか?」

「手作りとかキモっ」

「窓から投げ捨てていいならもらうよw」


 そう言われて小崎は一瞬真顔になったがすぐにヘラヘラ笑った。


「投げ捨てると流石に哀れだから早乙女に返してくるよ」


 彼は残ったクッキーを千穂に返す。そんなことがあっても今日は罰ゲーム最終日ということで機嫌の良い小崎は楽しそうに千穂に話し掛けた。


 そんな二人のやり取りを見て面白く思わない者がクラスに二人。鮫島真希と朝隈大樹あさくまだいきである。

 鮫島はこのクラスのボス的存在で千穂虐めの中心核。二人が仲良くしているのが気に食わなくてイライラしていた。そして千穂を陥れる良い策を思い付き不気味な笑みを浮かべる。

 一方、ぼっちめしを食べる朝隈は柔道部、中二にして身長186cm体重85kg、熊の様な体形で、地元でも有名な暴走族の兄を持つ。






 翌週の月曜日、お昼休みになり千穂は席を立つ。向かう先は小崎の机。


「小崎君、お昼……」


「ああ、ごめん、今日から友達と食べるわ」


 千穂と目を合わせない小崎。周りの男子がクスクス笑いながら小声で「ひっでー」とか「鬼畜」等と小崎に言っている。


 千穂は状況が飲み込めず暫し呆然としたが、一緒に食べる意思がないとわかると、「そっか」と泣きそうな声で呟いて彼の席を後にした。






 その日はずっと元気がなかった千穂が一人とぼとぼ帰宅していると、川に架かる橋の上で後ろから声を掛けられた。


「待ちなさいよ。早乙女」


 千穂が振り返るとそこには鮫島や小崎、クラスの不良グループがいた。全部で7人。

 千穂に声を掛けたのは鮫島だ。


「……えっと?」


「あんた、人の彼氏に手出しといて謝罪もないわけ?」


「え?」


 千穂が小崎を見ると彼は気まずそうに目を反らした。


「小崎は私の彼氏なの!ね、小崎」


「えっ!ああ、……うん」


 すると取り巻き連中も千穂を責め始める。


「真希が可哀想!」

「どんな手使ったのかのか知らないけど、寝取りとか最悪」

「鮫島に土下座しろよ!」

「つか、お前もう学校くるな!気持ち悪い!」


 千穂は皆から責められて恐くて足が震えていた。


「私……知らなくて」


 そう呟く千穂を鮫島が怒鳴り付ける。


「知らないで済むかよッ!テメー舐めてんのかッ!」


「ご、ごめんなさい」


「反省してるならさ。誠意を見せなさいよ」


「え?」


「そこから飛び降りて」


 ここは橋の上で下には川が流れている。

 千穂が下を見ると水面までは6mくらいあった。二階の屋根くらいの高さだ。川底までは深そうだから怪我はしないだろうが季節は2月、極寒の川に飛び込めばただでは済まない。


 千穂が怯え震えていると、他の生徒もふざけて騒ぎ始める。


「「「飛び込めっ 飛び込めっ 飛び込めっ」」」


 千穂は目を瞑った。すると鮫島が言う。


「皆で持ち上げて、せいので落とすわよ」


「え?マジやるの?」

「流石に危なくない?」

「年越しの時に何人か飛び込むから大丈夫じゃない?」


「足付くから別に大丈夫でしょ。早乙女も反省の誠意、見せたいもんね? ほら皆やるわよ」


 大勢で千穂を囲み体を掴む。


「やっ、やめて!」


「暴れんなっつうの!小崎も手伝え!」


「え?お、俺は……」


「はぁ?何今更ビビってんだよ?」


 小崎はこの一週間で千穂のことを何度も可愛いと思ってしまった。ぶっちゃけこのまま付き合ってしまおうかと考えたくらいだ。しかし皆には逆らえず嫌がる千穂の手を抑える。


「そんな……小崎くん……」


 そう言う千穂を無視して小崎も皆と一緒に千穂を持ち上げた。

 千穂の目から大粒の涙が零れる。




《涼視点》



 マーイとホームセンターへ買い物へ行った帰り車で橋を渡っていると、数人で女の子を持ち上げる学生の姿が目に入った。


「今の千穂ちゃんじゃなかった?」


「うん、チホ」


 俺は慌てて車を路肩に停めて、マーイと一緒に車を降りる。






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