第20話 師から受け継いだ
翌朝、遠藤さんに電話をかけた。
遠藤さんもニュースや動画を見たそうだ。他言しないようお願いすると快く了承してくれて、困ったことがあれば力になると言ってくれた。
続いて伊達社長に電話をかける。
「桜沢です」
『リョウか。ちょうどいいや、お前こっち来れるかぁ?』
低く
「何かあるんですか?」
伊達養鶏園は去年の年末辞めている。元々年内まで勉強させてもらうという話で働いていた。
『ふっ、来りゃわかるぜ』
「わかりました。明日行きます」
『おう、事務所に顔出せや』
今日は日曜日、綾の保育園が休みだから明日行くことにした。
一体何の話だろう。マーイのことかな……。まぁいいか、明日直接話そう。
電話を切るとソファーに座っていた俺の横に綾が来る。
「パパぁ、悪者やってぇー」
「いいよぉ~。じゃぁ綾たんはパパのことやっつけてね」
「うんっ!」
綾は期待に瞳を輝かせ頷く。
「おほん。パパは悪者だぞ~。何か悪いことしちゃうぞ~。そうだ!こそこそ隠れて皆んの物を独り占めしちゃうぞ~。先ずは綾たんの玩具を全部パパのものにしてやろう~。うわっはっはっはっはっは!」
「こそこそするな~!独り占めはいけないんだ!やっつけろー!」
綾が俺をポカポカ叩く。
「ご、ごめんなさい。もう悪いことはしません……許してくださぁ〜い」
「やったー!悪者をやっつけた~」
「綾たん、保育園でお友達を叩いたらダメだよぉ~」
「うん、わっかた!パパもう一回やって!」
「よーし、じゃぁまた悪いことするぞ~」
「マーイ、一緒にパパをやっつけよう!」
「マーイ、やる。待って、もう少し、ケーキできる」
「ケーキ食べたい!」
イキってる時の綾たんは超可愛い。保育園でもうちの綾たんが一番美人だもんなぁ。将来が楽しみだよ。
今日は綾と遊び、マーイがこってりとろとろのチーズケーキを焼いてくれたから三人で美味しく食べた。
◇
翌日俺とマーイは伊達養鶏園にお邪魔する。
ここは巨大な鶏舎が12棟並び全部で15万羽のレグホンを飼育している。レグホンとはスーパーなどでよく1パック10個入り100円で売られている白い卵を産む品種の鶏である。
窓のないウィンドレス鶏舎の中は二階建てで、狭いゲージが縦に6段並び中には4羽から5羽の鶏がぎゅうぎゅうに押し込められている。5羽入りのゲージでは鶏が入りきらず、弱い鶏の上に強い鶏が乗っていたりする。そんな6段のゲージが端から端まで見えない程ずらっと横に並んでいる。
給餌、給水、卵回収、洗卵、パック包装、鶏糞回収、空調、照明等全て自動で人の仕事は死んだ鶏の撤去や機械の整備。鶏は1日に100羽から500羽死ぬ。
俺とマーイは事務所に入り受付に挨拶をして社長室へ。
コン コン 「桜沢です」
「入れ」
「失礼します」
部屋に入ると社長と目が合った。
白い作業着を着た白髪頭の恰幅の良いおっちゃん。片目には黒い眼帯を付けている。
伊達社長こと俺の師匠の二つ名は『独眼竜』、独眼竜伊達政夫とは彼のことである。
「ご無沙汰しております師匠」
「ししょー、こんにちは♪」
サングラスに帽子姿のマーイは片手を上げ、元気よく挨拶する。
師匠はPC作業を止めて立ち上がった。そして俺の横に来ると俺の肩に手を乗せる。
「行くぞ」
「どこに行くんですか?」
「ふっ、まぁついてくりゃわかるぜ」
ニヤリと笑う師匠。
師匠を追って向かった先は巨大な倉庫。師匠が中に入っていったので俺達も続く。
そこにあった物は……!
「こいつは……、洗卵機ですか?」
卵を自動で洗う機械だ。収穫した卵には鳥の糞が付いている場合があり、洗って乾かし殺菌してから包装する。卵の表面には殺菌作用のある薄い膜があってそれが取れるから洗わないという自然養鶏農家さんもいるが、万が一にも殻に付いたサルモネラ菌等がお客さん手に付いてそれを口に入れると大事故になるので、俺はちゃんと洗おうと思っている。
「ああ、20年前までうちで使ってたやつだな。赤外線乾燥と紫外線殺菌灯も付いてるぜ。1時間で1500個処理できる。これ、お前にやるよ」
「いいんですか!?買ったら高そうですけど……」
「ぜっはっはっはっは!うちじゃ使わねーから構わねぇよ。値段は当時500万くらいだったか。今じゃ小型でもっと良いのが100万出せば導入できるがな。
古い部位品は交換して動作確認済みだ。メーカーの連絡先も後で教えてやるよ」
「そこまで……」
「ふっ、給料払ってないのにお前はよく働いてくれたからな」
「滅茶苦茶助かります!ありがとうございます!」
実は去年の12月まで失業保険をもらっていた関係で伊達養鶏園からは給料をもらっていない。
伊達養鶏園の給料よりも失業保険の方が額が多いことや、農地を借りたり人脈を作ったり他の養鶏所に勉強にいったりとやることが多く、毎日仕事に行けないという理由もあった。
ただ、それを社長に説明すると面倒臭いことになりそうだったので、養鶏の勉強がしたいから給料はいらないと断ったのだ。
失業保険はもらってたのに……、なんか騙したみたいで悪いな……。
「YouTube見たぜ。良い鶏舎じゃねーか、え?」
「全然ですよ……全部手作りですし」
「オイラが餓鬼の頃、うちもあんな鶏舎だったんだぜ」
そう言ってニヤリと笑う師匠は伊達養鶏園の2代目でバタリーゲージ飼いは1980年頃から始めたそうだ。
因みに片目は幼少期、最強の雄鶏と戦って失ったらしい。
「おっしゃ、んじゃこいつは後日業者に送らせるから設置できる場所だけ用意しとけよ」
「わかりました。何から何までありがとうございます。そうだ師匠……、マーイのことなんですけど……」
「ん?ああ、テレビ見たぜ。ニュースはそればっかやってるな」
「はい。なるべく
「あぁ?別に隠す必要ねーだろう。鶏だって中には飛ぶ奴がいるんだ。人間だって一人や二人飛んだっておかしくねー。なぁマーイちゃん? まぁオイラは人に言ったりしねーがな」
「マーイ飛ぶ、おかしくない。えへへへへ」
師匠とマーイは笑い合う。
「お前道の駅に卵を卸すんだろ?」
「はい。それとネットで販売する予定です」
「例えば、週一とかでいいからマーイちゃんに箒で空飛んでもらって道の駅に配達するのはどうよ?観光客がわんさか買いに来るぜ」
「それは流石に……」
魔女が配達する卵か……かなり話題になる筈だ。
「お前はまだ卵を1個売る大変さがわかってねーよ。今でこそインターネットが普及して平飼い養鶏なんてのが注目されているが、オイラが養鶏を始めた頃は他より1円でも安くしなきゃ消費者は買ってくれなかった。今でも結局大量消費されるのは一番安い卵だ。オイラの時代はそれをやんなきゃ生き残っていけなかったんだぜ。1円でも安くするために何でもやったよ。なりふりなんて構ってらんねーんだ」
「養鶏に対する師匠の考えは尊敬しています。わかりました。もう少し考えてみます」
「ああ、まぁお前は優秀だ。仕事を見てりゃわかる。出来ないなんて鼻から決め付けず、自分で考えてなんでも挑戦しみろ。そんで失敗は絶対にする。誰でもするんだ。大切なのは失敗から立ち直ること、んで少しでも学べればいいんだ」
「わかりました。頑張ります」
師匠が微笑み俺も笑う。
マーイを隠すことしか考えていなかったが、日本で在留資格が取れれば世間に公表したっていいんだよな。その上で俺がしっかりマーイを守る。マーイも自由に外出できるし、色んな事ができる。大変だけど挑戦する価値はあるな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます