第23話 千穂ちゃんと朝隈



 学生達に囲まれ、持ち上げられた千穂ちゃんが声を上げる。


「嫌だ!こわい!」


「皆、せいので川に投げるよ」


 と目つきの悪い明るい髪の女生徒が言った。


 何をするつもりだ。まさか千穂ちゃんを川に落とすのか!?こんな寒い時期に極寒の川に落ちたら心臓麻痺とか――、とにかくかなり危険だ。


 俺が「止めろ!」と叫ぶと同時に。


「「「 せーのっ! 」」」


 千穂ちゃんが空へ放り投げられた。下には真冬の冷たい川――。


「マーイ!魔法!千穂ちゃん助けて!」


「ベトウユッフッ!!」


 俺とマーイは高欄こうらん(橋の柵)から川へ身を乗り出している。


 落下する千穂ちゃんにマーイが腕を伸ばし人指を向けると、千穂ちゃんの周りに紫電が走り爆風が起こった。


 落下速度は減速し水面ギリギリで千穂ちゃんの体が静止、宙に浮く。周りに吹き荒れる風の影響で水面には白波が立っている。


 間に合った。千穂ちゃんは立った姿勢のままゆっくり空へ登っていく。


 その時――、熊の様な大男が橋の高欄をジャンプで飛び越え、川へダイブした。


 バッシャーーーーン!!


 男は直ぐに水面から上半身を出し、空を飛ぶ、千穂ちゃんを見つめる。

 学ランだ……千穂ちゃんの彼氏か!?


「あの人助ける?」

 とマーイ。


「いや、大丈夫だ。岸に向かって歩いてる」


 そこまで深くないし流れも緩やかだ。あのガタイなら溺れることはないだろう。



 千穂ちゃんを落とした学生達やたまたま通り掛かった野次馬が空に浮いている千穂ちゃんを凝視し、口を開けて驚いている。


 千穂ちゃんが俺とマーイの前にゆっくり降り立った。驚いた顔、目には涙を浮かべいる。余程恐かったに違いない。


 マーイが千穂ちゃんを抱きしめた。因みにマーイの方が少し身長が低い。


「千穂、濡れない!良かった!」


「マーイさん」


 俺は周囲を睨む。

 不味いな……。田舎は噂が広まるのが早い。学生の中に撮影している奴もいる。


 でもその前に、この状況を何とかしないと……。




 俺は学生達に歩み寄る。


 空を飛んだ千穂ちゃんを見て腰を抜かして驚いてる奴もいるし、驚愕の表情で「うそ」だとか「信じられない」と言っている奴もいる。


「君達、俺は彼女の知り合いなんだけど、少し話を聞かせてくれないか?」


 威圧的な声で言うと、さっき声を上げてた目付きの悪い女学生が俺を睨んだ。


「はぁ?何このおっさん?おっさんには関係ないだろ?それより、あの魔女の正体は早乙女だったの?」


 おっさんって俺はまだ23なんだが。まぁいい。


「とにかく、このまま返すわけにはいかないから、警察とあの子の親が来るまでここで待っていてくれないか」


「なんで警察とかアイツの親がくるんだよ!あたしらふざけして遊んでただけだし!」


 そんなわけあるか!千穂ちゃん泣いてたじゃないか!


「それについては、警察が来てから話そう。こんなの傷害罪や殺人未遂になるからな」――パシャ パシャ


 そう言いながら俺はここにいる奴らの写真を撮った。


「ちょっと何撮ってんだよ!」


「なぁ行こうぜ」

「ああ、そうだな」


 反抗的な女子とは対象的にこの場逃げようとする奴もいる。バカなのか?


「別に帰ってもかまわないが、警察に被害届を出せば学校経由で君達の住所はすぐにわかる。当然親も交えて刑事裁判や慰謝料の話しになると思うから覚悟しといてくれよ。俺の知り合いに腕のいい弁護士もいるしな」


 そう言うと帰ろうとしてた奴らはビクビク震えだした。気の強そうな女学生も黙り込み、俺を睨むだけだ。


 110番しようとすると、さっき川に落ちた学生が土手を登り終え、こちらへ歩いてきていた。男子学生の周りには不良が数人いて中には特攻服を着た奴もいる。

 そいつらもぞろぞろこっちへ向かってきている。


 な、なんだなんだ!?こいつらの仲間か!?


 川に入った男はデカい体、鋭い目付き。この子、本当に中学生!?


 びしょ濡れの大男は学生等の中にいる、垢抜けた感じの男子生徒と目が合うとこっちへ向かって全力で走り出した。鬼の形相、北海道で見たヒグマよりも威圧感があるぞ。


「こぉおおお さきぃいいいいいいッ!!」


「うわっ!やめろ朝隈!」


 バキンッ!


 朝隈?……垢抜けた男子生徒が、大男朝隈に顔面をぶん殴られた。


 朝隈は倒れた男の胸ぐら掴んで、起き上がらせると至近距離で睨み付けながら言う。


「小崎!兄貴のバイクのケツから見てたぞ!お前も千穂ちゃんを川に投げたよな!?ええッ!?」


「……」


 男子生徒、小崎は何も答えないが、足がガクガク震えている。


「なんでお前もやったッ!?付き合ってんじゃねぇーのかよッ!?あ゛あ゛っ!?」


 なんかもう、物凄い迫力で俺も止めることができない。つかこの小崎ってのが千穂ちゃんの彼氏か……。千穂ちゃんの腕を抑えて一緒に投げてたぞ!


 小崎が震えた声で言い返す。


「おおおお前に…、かかか関係、なないだろ!?つつつ付き合うとか、あああ遊びだし、てかバツゲームだし。早乙女みたいな陰キャ好きになる訳ねねねねーだろ」


 ブチッ


 あれ?今「ブチ」って聞こえたぞ?


「うるぁああああ゛あ゛あ゛あ゛!!」


 朝隈は流れるような一本背負い?否、ただ思い切りぶん投げただけか――、で小崎を川へ落とした。


 バッシャーーーーン!


 俺は慌てて橋の柵から身を乗り出し川を見ると小崎は上半身を水面から出していた。かなり寒そうで両手で体を抱き震えている。

 暫くすると彼は岸に向かって歩きだした。


 気付けば俺の後ろにマーイと千穂ちゃんがいた。


「リョウ、マーイ助けるの?」


「いや、大丈夫そうだ。自分で上がってこれるだろう」



 大男と一緒に来た不良達は千穂ちゃんを投げた学生等を取り囲んでいたのだが、その中の一人がニヤニヤ笑いながら朝隈の肩に手を乗せる。


「へぇ~、この子が大樹だいきの好きな子かぁ~」


「あ、兄貴」


「可愛いじゃん」


 するとさっき俺に反抗的だった目付きの悪い女が、弱弱しく言う。


「え、朝隈くん、早乙女のこと好きなの?」


「…………まぁな」


 朝隈は呟くように答えた。すると学生等が騒ぎ出す。


「鮫島ふられたなw」

「真希……ぷっ、早乙女に負けてるじゃん……w」

「いや皆、笑っちゃダメだよ。鮫島さんだってショックなんだし」

「え?鮫島って朝隈のこと好きだったの!?」


 学生は7人で男子が4人、女子が3人。内1人は川。



《早乙女千穂と朝隈大樹の過去》 

 小学生の頃、大樹は千穂にちょっかいを出すことが多かった。彼は千穂が好きだったのだ。捕まえたカブト虫やクワガタを嫌がる千穂に持って行ったり、オニヤンマを手渡して千穂が噛まれ流血したこともあった。虫が好きな大樹は良かれと思ってやっていたのだが、千穂は虫が大の苦手だった。

 それが原因で千穂は登校拒否になり大樹は反省して千穂に近付かなくなった。



 朝隈が千穂ちゃんに向かって深々と頭を下げた。


「すまん……、また俺は余計なことをしてしまったかもしれない。小崎の野郎が遊びとかぬかしてたのが許せなくて」


「大樹くん、……どうして川に飛び込んだの?」


 朝隈は頭を下げたまま答える。


「千穂ちゃんを助けようとして……」


「……ありがとう」


 朝隈が頭を上げて千穂ちゃんの顔を見と、千穂ちゃんは涙で目の周りを濡らしながらも微笑んでいた。


 マーイが千穂ちゃんと朝隈を見て、


「チホ、付き合うの人?」


「ち、違いますよ、マーイさん……」


「うーん、二人付き合うよ。男、チホ助ける。リョウ、マーイ、同じ」


 すると朝隈兄ヤンキーが、


「大樹告っちまえよ。どうせバレてんだし、な?」


 少し考え込んだ朝隈が口を開く。


「…………、千穂ちゃん……俺、小学生の頃から千穂ちゃんが……、その……す、好きで、小崎のクソヤローなんかより絶対に幸せにする。……だから俺と付き合ってくれないか?」


 間髪入れずに鮫島が叫ぶ。


「朝隈くん!そんな根暗やめときなよ!」


「うっせー!ブス!お前今度千穂ちゃんに酷いことをしたら半殺しにするからな?覚えとけよ!」

 朝隈がガチギレした顔で言い返した。


 こんな強そうな奴に殴られたら女子なんて一発であの世行きだ。


「……千穂ちゃん、俺じゃダメか?まだ昔のこと怒ってる?」


 皆が千穂ちゃんに注目する。


「え、えっと、あの…あの……えええ?」


 千穂ちゃん手をパタパタさせてめっちゃてんぱってるな……。一度息を呑んで、千穂ちゃんの話しは続く。


「ぜ、全然怒ってない。……でも、今、わけがわからなくて……、ど、どうしていいか……わからない……」


「わかった。千穂ちゃんの答えが出るまで待つよ。ずっとす……好きだったし……これからも変わらないと思うから」


 あれ?この二人、顔赤くしていい感じ?


「おっしゃ、次は俺達の番だな、てめーら、やんぞ!」


「「「 うぃーす! 」」」


 朝隈兄が叫ぶと不良達が答えた。それから――、


「ちょ何すんですか!?」

「やめ、勘弁してください!」

「ひいいいいいい」

「無理です。すみません、すみません、すみません」


 不良達が一斉に学生等を持ち上げて、


「「「 おらぁー! 」」」

 

 バッシャーーーーン!


 全員川へ落とした。


「弟を川へ落とした仕返しだぁー!おっし!俺等も行くぞぉー!」


「「「 うぇーい! 」」」


 バッシャーーーーン!

 バッシャーーーーン!

 バッシャーーーーン!

 バッシャーーーーン!


 不良達も次々に川へ飛び込んでいく。中には「なんで俺等まで?」とか「いや風邪引くっすよ」とか言っている奴もいるが、最終的に全員飛び込んだ。


 ん?朝隈君は自分から飛び込んでいったよな?


「リョウ、楽しそう!マーイも行く!」

 とウキウキ顔でマーイ。


「止めなさい」

 俺はマーイの手を掴んで止めた。


 つか、これどうなってるんだ!?加害者が被害者で、でも被害者?あれ?もうわけわからん!




 その後、誰かが通報したようで警察が来た。何人かは逃げたが残った連中が事情聴取を受けてその日は解散になった。

 途中早乙女さんも来て、一応マーイが魔法で助けたことを伝えると滅茶苦茶感謝された。

 残っていた学生等が早乙女さんと千穂ちゃんに謝り、今後のことは家に帰って家族と相談すると言って早乙女さんと千穂ちゃんも帰っていった。


 早乙女さん……、娘が虐められたとか、かなりショックだよな……。近々励ましに行こう。





 翌朝のテレビニュースで――。


「こちらはドライブレコーダーがとらえた映像です」


 ニュースキャスターがそう言うと、昨日、橋の上で千穂ちゃんが空を飛ぶ動画が流れた。


 動画にニュースキャスターの声が流れる。


「この端に映っている女性が、腕を動かすと、空に浮いた女子生徒が上下左右に動いているように見えます」


 テレビ画面の端にマーイが映っていてそこに赤い矢印のポップが当てられている。


「この女性、ニット帽とサングラスをかけていますが、ピンク色の髪から、先週横浜で空を飛んだ女性と同一人物ではないかと噂されています」


 マーイにも千穂ちゃんにもモザイクが掛かっているが、俺には掛かっていない。

 それに……、俺の車のナンバープレートがもろに見えるぞ……。


 これは不味いかもしれない。


 と、その時――。



 ピンポーン


 玄関のドアフォンが鳴った。






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