第16話 経営方針とキスの誘い
1月も終わりが近づく。
今日は雨で外仕事は休み。俺はリビングでYouTubeにこれから投稿する動画を編集している。鶏舎の建設が1週間で終わり、着工から完成までを40分の動画に編集し前後半に分けて投稿する予定だ。
エクセルで描いた簡単な図面を動画に入れて音声を吹き込む。
「間口6m、奥行き11m、66㎡の鶏舎を横に並べます。将来的に10棟並べる予定です。だから60mになるんですね。間口の目の前に幅2.5mの道を造って軽トラが鶏舎の目の前を走れるようにします。道の反対にも向かい合うようにして10棟並べて、合計20棟建てる計画です。という夢ですですねw
天井は低い場所が3m、高い場所が4.5m。メンテナスを考慮し10尺(3m)の脚立で作業できる高さで、将来的に鶏糞の掻き出しにミニユンボを導入できる高さにしました」
こんな感じいいだろう。
次に水糸を張った時の動画を開く。
農地の枯れ草を除去した後、畑に角材を打ち込んで、建設予定地に黄色い糸を張りながら俺が喋っている。
「水糸で直角を出す際、レイザー等の高級機器がない場合は三平方の定理を利用します。こんな感じで6mの単管の角を合わせてだいたい直角にします。それから反対の端と端の距離を測ります。直角二等辺三角形の辺の長さは1:1:√2ですから、6mに√2をかけます。√2は1.41なので6かける1.41は8m46㎝ですね。
では、計ってみます。8.2mだからう少し広げますね……。8.46、できました。こんな感じで直角を出せます。後は単管パイプの角から水糸を張っていきます」
俺は動画を止め、PCモニターに向かって独り言を言う。
「この説明いるかな?ちょっとくどいよな……。うーん、少し動画長くなるけどDIY動画流行ってるしな……」
この後、水平器(水に気泡が入った工具)を使った水平の取り方だとか、単管パイプは溶接したからアーク溶接の使い方説明があったり、他にも色々説明が入っていて、映像を全部使うとかなり長い動画になる。
一週間撮り溜めたからな……。これ40分に編集するの無理じゃない?
長すぎると見てくれないんじゃないかと不安になってしまう。20分で3本に分けるかな……。
「できそう? クッキー作った。食べる?」
PCに齧り付いていると、マーイが焼き立てクッキーとコーヒーを持ってきた。さっきからバターと小麦粉の甘い香りがしてたんだよな。
「うん。ありがとう。……あ、少し寒いね。火強くしたらいただくよ」
俺は立ち上がると暖炉に薪をくべる。
薪は買ってきたものと折れて乾燥した竹を併用している。竹は火力が強くすぐに燃えて無くなる。薪には向いていないが、たくさんあるので使っている。
燃えた後の炭はトウモロコシ栽培で使うから捨てずに溜めている。土に炭を混ぜるとトウモロコシは良く育つのだ。出来たものは鶏の餌にする予定。
俺はクッキーを一つまみ、マーイも食べる。
「美味しい。マーイ料理上手だね」
「うん。美味しい♪」
マーイは嬉しそうに食べている。彼女は甘いお菓子とラーメンが好きで生魚と梅干しは苦手。
「お昼、ベーコンとレタスとパンある。サンドイッチ作る」
「お、いいね」
「うん。マーイ、マヨネーズ胡椒入れる大好き」
「俺も好きだよ」
正直マーイがいてくれて滅茶苦茶助かっている。マーイは自分ができることは率先してやってくれるし、綾の面倒も見てくれる。今朝も地デジの2チャンを一緒に見て二人で踊っていた。
「あ、そうだ。今週の土曜日、ちょっと遠いんだけど横浜に行こうと思うんだよね。綾が好きなのがあって……、いいかな?」
「うん。マーイ行く」
「よかった」
俺は微笑む。
最近、綾は顔がパンでできたヒーローに嵌っていて、横浜にテーマパークがあるから連れて行くことにした。
個人で養鶏をやる場合、長期旅行は行けない。鶏は朝晩餌を食べるし毎日卵を産む。
綾を引き取る前は一人で生きていく積りだったからそれでよかったが今は事情が変わった。子供を旅行に連れて行かないのは可哀想だ。
そこで俺は事業計画を大きく見直すことにした。
養鶏の収益は非常に計算しやすい。
鶏は1日約120g
《
●50% 米、トウモロコシ500㎏ 国産PHF遺伝子組み換えでない物 60,000円
●15% 大豆カス150㎏、国産PHF遺伝子組み換えでない物 20,000円
● 5% 魚粉50㎏ 10,000円
● 5% 牡蠣殻50㎏ 2,000円
●15% 米ぬか150㎏(無料)
●残り10%
炭酸カルシュウム(少量)リン酸カルシュウム(少量)食塩1%、もみ殻、藁、おが粉、パプリカ粉、カボチャ等
鶏は品種によっても異なるが300羽飼育で1日約240個卵を産む。それを1個50円で売ったとして1日12,000円の売り上げ。30日で360,000円。
ここから餌代100,000円を引くと260,000円になる。年間3,120,000円の粗利。で、ここから
年間の粗利3,120,000円-75,000円-300,000円-300,000円=2,445,000円。
つまり、トラブルなく300羽飼い、玉子を全部売れば俺の年収は244万5千円になる。ここから市県民税、国民健康保険、国民年金、固定資産税が引かれるから手取りは200万円もいかないだろう。
手取りは少ないが、畑があるから野菜は自給自足できる。
それと、これは年収と言っていいのかわからないが、最初の5年間は補助金が年間220万円くらい貰えるのと綾の児童手当が40万円。
収入と合わせて460万円になる。
経営に関しては、今回建てた鶏舎で最大300羽飼育できるのだが、それで年収200万だとして、これをあと4舎増やして5舎で1500羽飼えれば、年収は1,000万円になる。
更に300羽で月8万もかかる餌、米トウモロコシ大豆を自分の畑で育て一部補填して経費を3万くらいに抑えられれば月5万円浮いて年間で60万円、それを5舎1500羽でやれば300万円。
そうなれば年収は1300万円だ。
そう考えるやり方によっては夢と鼻の穴が広がる商売なのだ。
ここで綾を引き取ったことで事業計画を見直すという話しに戻るのだが。
当初は200羽から300羽飼えば自分の分くらいは稼げる、休みも別にいらないからそれでよかったのだが……。
綾も将来は大学や専門学校に行くだろうし、そうなるとお金がかかる。それに旅行に連れて行くなら人を雇わないといけない。
故に俺は事業計画を見直し、綾が泊まりで旅行できる年齢、小学校1年生くらいかな……つまり5年後だ。それまでに人を雇える程、事業規模を大きくすることにした。
まぁ上手くいくかはわからないけど……。
「リョウ、どうしたの?」
「ああ、ごめん。考え事してたよ」
マーイは……、いつまで一緒にいてくれるのだろう?綾の件もあるしマーイがずっと一緒にいてくれると本当に助かるんだけど……。それに俺は……。
最近は手も繋ぐし一緒にいて肩と肩が触れ合う程近いこともある。
マーイは俺のこと、どう思ってるのかな?付き合えば一緒にいてくれるのか?
「マーイ」
「ん?」
「キスしてみてもいい?」
俺はマーイの目を見詰め言った。彼女は首を傾げよくわからないと言いたそうな顔をしている。
「キスぅ? いいよぉ?」
1月の終わり、外ではしとしと降っていた雨が雪に変わっていた。
薪ストーブの炎から時折パチッと木が燃える音が聞こえる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます