第17話 やっちゃいました


 いいのかよ!……いや、ダメだろ!マーイはキスの意味を知らない。このまましたら騙したことになる。


 我が家のLDKは縦長の長方形、奥からオープンキッチン、カウンター、ダイニングテーブル、ソファー、テレビという順番で配置されている。天井は吹き抜けで開放感がある。


 現在俺は4人掛けのダイニングテーブルに座り、テーブルの上にはノートPCが置いてある。マーイは俺の隣に並んで座っている。距離は50㎝くらいだから顔を近づければ簡単にキスできてしまうが……。


「マーイはキス、わからないだろ?」


「ん?マーイ、キスわかる」


「え?そうなの?」


「うん。ばーちゃんとテレビ見る。口と口、つけるのでしょ?」


「そ、そうだね。合ってる」


 ばーちゃんは韓流ドラマとか中国王朝系のドラマに嵌ってて、Netflixでよく見てる。……マーイと一緒に。

 そうか、キス知ってるのか……って、知ってていいよって言ってるんだよな。マジかよ。


 本当にいいのか?もう後戻りできなくなるぞ……。俺はマーイのことをもっと好きになってしまうかもしれない。それでまた別れることになったら……。


 いかん。マーイに期待してどうすんだよ。彼女はいつかいなくなる。俺は生涯独身だ。綾を育てることにはなったが、それもあと20年くらい。一人で生きていく。そう決めたじゃないか。


 俺はコーヒーカップを手に取り、熱いコーヒーを一口。


「あっ!お昼ご飯作るの俺も手伝うよ。パンにカリっと焼いたベーコンとレタス、あと目玉焼きも挟もう」


「うん!あとマヨネーズ!……マーイ、リョウとキスしたい」


「ブッ」

 とコーヒーを拭き出す俺。


「……リョウ、キスしないの?」


 マーイは俺を見詰め首をコテっと横に倒す。その煽りスキル、どこで習った!?

 せっかく話を変えたのに……。もうダメだ。何も考えられない。


 マーイは性格が良くて見た目も美しい。こんな子他にはいない。でも、毎日一緒にいて一緒に風呂入って一緒に寝てると、彼女が何だか自分の一部のような感覚になって、こうしてドキドキしながら意識しなくなっていたが……。


「しよっか……キス」


「うん♪」


 マーイは微笑むと立ち上がり、俺の椅子に俺に背を向けて座る。

 これじゃキスし辛いと思ったけど、取り敢えず腕を回してマーイを後ろから抱き締めた。よく食べるくせに華奢な体で簡単に俺の腕が一周してしまう。そしてマーイの体温が伝わってきて温かい。


 彼女は顎を上げて振り返る。俺と目が合った。珍しく恥ずかしいのか頬が染まっている。


「ばーちゃんとテレビ、これ、やりたかった」


「そっか……」


 二人でどんなテレビ見てたんだよ!?


 俺達は互いがギリギリ聞き取れる声で囁き合う。それからマーイが目を閉じたから……。


「ちゅっ……ちゅっ……」




「キス、好き、もっと」


 マーイとのキスは甘いクッキーの味がした。






 マーイは俺の太ももに乗り対面して座っている。俺はマーイの腰に腕を回し彼女を抱き締めながら支えている。

 やっちまった。30分くらいやってた……。しかも大人のキス。



「マーイ……、自分の歳わかった?」


「とし?」


「うん、俺は23歳、綾は1歳、マーイは?」


「……マーイ、歳わからない」


 前にも歳を聞いたが、彼女はわからないと言っていた。自分の年齢がわからないなんて普通あり得ないし、やはり記憶喪失なのだろう。


「そっか……」


「リョウ、教える。1日24時間、1年365日、夏、暑い。冬、寒い」


「そうそう」


 まぁそんなのは世界の常識だけど……。


「マーイ、住むのところ、違う。 夏、暑い夜、2日、燃えるの昼1日。 冬、氷夜1日、冷たいの昼、2日」


 なんだそれ……。そんなことあり得るのか?でもマーイが嘘をつくとは思えないし、言う意味もない。記憶喪失からの記憶混濁?


「それだと1日が何時間かわからないな。それに1年が何日なのかわからないかも……」


「うん……」


「マーイのお父さん、お母さんはいるの?」


「マーイ、お父さんお母さんいない。マーイの住むのところ、皆で子供育つ。でも、マーイ子供、皆死んだ。病気あるみたい」


「子供は村の人全員で育てるってこと?」


「むらの人?……そう、皆で育つ」


 うーん、日本も1000年くらい昔は男女がつがいになったりもするが、農民に結婚という概念はなく、祭りの後に乱交して生まれた子供は村全体で育てるって話は聞いたことあるけど……そんな感じなのかな?


「マーイが子供の頃、皆死んじゃったの?」


「うん」


「マーイは誰が育てたの?」


「お兄ちゃん、いたけど、マーイ、ケルケット育つ」


「ケルケット?」


「うん。一番偉いの猫。お兄ちゃん、ケルケットお願いする」


「お兄ちゃんがケルケットに頼んで、ケルケットがマーイを育てたってこと?」


「うん、そう。ケルケット、いつも虫、鳥、ネズミ食べる。マーイ芋、野菜食べる」


「マーイはなんで日本に来たの?」


「病気治す……、青い鳥、お兄ちゃんの手紙来た。世界、変えるのわかる」


「マーイは病気なの?」


「違う。皆病気。マーイ病気じゃない」


 皆が病気でそれを治すお兄ちゃんの手紙が来て、マーイは日本に来たのか。

 成る程……、つまりよくわからん。


「わかった。よくわからないということがわかったよ。取り敢えず、ご飯作ろうか?」


「うん♪リョウ、キス楽しい。またしよう」


「あ、ああ、うん。……俺もまたしたい」


「ん」


 マーイが唇を差し出し目を瞑る。


「ちゅっ」


 早速もう一回やってしまった。


「えへへへへ」


 マーイは頬染めて微笑んだ。……いや、何この子、可愛過ぎるだろ!











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