第15話 開業準備



 俺は12月に入っても忙しく、週3、4で伊達養鶏園へ勉強に行きながら、空いた日は平飼い養鶏農家さんにお邪魔して勉強させてもらった。


 家購入が終わり俺と綾は住民票を新居に移した。家の掃除と補修は自分達でやって、優香と離婚した時に引き取った洗濯機や冷蔵庫、家具、エアコン等を爺ちゃんの2トン平ボディ車を借りて運び込んだ。工具は自前で持っているらエアコンは前働いていた会社から真空ポンプを借りて自分で設置、テレビアンテナも自分で付けた。


 新しく買った家具はソファ、ベッドマット、カーテン、食器、調理器具、照明くらいで全部で20万もいかなかった。3人で並んで寝る予定で、ベッドは綾が落ちるといけないからまだ買わない。


 綾は健康診断の1年検診と1年半検診を受けていなかったのと各予防接種の3回目を受けていなかったので受けさせた。離婚する前、俺が調べて綾を病院に連れて行ってたんだけど、引き継いだ優香はやっていなかった。


 綾は優秀だけどお喋りが苦手でこれからの課題になる。

 トイレはパンツオムツを穿かせているが、したくなったら「しっこ」と言って自分でトイレへ行き子供用おまるに用を足す。「しっこ」とフェクを入れてうちんをすることもある。あと、おねしょをしないのが滅茶苦茶偉い。

 昼間はマーイと婆ちゃんが見てくれている。


 それと爺ちゃん婆ちゃんが玩具や服をたくさん買ってくれて、断ってるのに出かける度に買ってくるから、嬉しいんだけどちょっと困る。


 綾は1月からあの家の近くにある保育園へ行くことになった。田舎は地域にもよるが都内とは違い保育園も幼稚園も結構空いている。うちは片親ということもあり申請を出したらすぐに通った。

 保育園で必要なお昼寝布団、上履き、紐付きお手拭きタオル、巾着袋、クレヨン等々を買って『桜沢綾』と名前を書いた。


 子育てにお金は殆どかからない。保育園、幼稚園は無料、医療費も無料、食費なんて微々たるもので、衣類も下着やシャツはディスカウントストアで3枚980円。まぁただ服は女の子だし可愛いのを買ってあげたくなる。それでも児童手当が片親だと年間40万円くらい貰えるから寧ろ黒字だ。


 当初は「ママ、ママ」と言うとがあったが2週間も経つと「マーイ」「バーバ」と言うようになり、マーイと婆ちゃんに懐いてくれた。


 クリスマスはマーイと綾に些細なプレゼントを買いクリスマスパーティーをやった。年を越して三人で初詣に行き、正月明けまで爺ちゃんの家にお世話になった俺達は1月6日あの家に引っ越した。

 引っ越しといっても電気、ガス、水道の契約は終わっているし、家具も持ち運び済みだから、持って行ったのは衣服と布団くらい。


 翌日からは綾の保育園が始まる。




 1月中旬、朝綾を車で保育園に送った後、俺はこれから養鶏を始める農地を背に、三脚に設置したカメラに向かって笑顔で語りかける。


「お久しぶりです。23歳養鶏農家の桜沢です。最近忙しくて動画の更新が遅れていました。無事農地も借りられて、鶏舎けいしゃを建てる建築素材も集まったので、いよいよ本日から本格的に養鶏業の準備に取り掛かろうと思います。

 では先ず、これを見てください」


 そう言って俺はカメラを持ち上げ、今は何もない農地を映す。山間にできた盆地で全部で1町歩ちょうぶ(面積約100m×100m)ある。草刈りされているから藪にはなっていないが土地には枯れ草が広がっている。


「ここにこれから鶏舎けいしゃを建てます。120㎡くらいの鶏舎をコンクリートで基礎を打って鉄骨で建てるとだいたい600万円くらいかかるそうです。

 また、コンクリートで基礎を造ると建築物になる場合があるので、農地転用ができなかったり、できても固定資産税が跳ね上がります。立てる前に役場に相談しましょう。僕が建てる鶏舎は建築物にはならないので農地で運営できます」


 次にカメラを足元に向ける。そこには鶏舎で使う建築素材が積んである。


「鶏舎は足場用の単管パイプとビニールハウス用の透明ビニール、それから防鳥、防獣ネットで造ります。これで66㎡の鶏舎4棟と作業スペース30㎡、合わせて294㎡の鶏舎を建てます」


 カメラを部材一つ一つに向ける。


「この単管パイプは6mで90本あります。カメラを通して見ると綺麗ですけど、所々錆びてて、中古品です。全部で17万で買いました。ネットで探すと結構売ってます。


 こっちのビニールハウス用透明ビニールシートは15mかける7mを4枚買いました。10万くらいでした。

 屋根はビニールなんですけど、こっちのトタン」


 透明のプラスチックでできた波々板なみなみいたが積んである。倉庫等の屋根に使われる素材だ。


「このトタンは屋根ではなく防獣対策で使います。他にも防鳥ネットと金網の防獣ネット、金網の方は結構高くて8万くらいしました。

 あとコンパネや木材とか電線、ステレス針金、ビス等々で全部でただいたい50万円くらいでした。


 それと畑の方にコンクリートブロックが300個くらい積んであるんですけど、……ネットで探して中古品を無料でもらいました。


 294㎡の立派な鶏舎を建てようとすると、たぶん1200万は超えると思うんですけど、それを50万で建てるのでかなり安く済ませます。


 基本的に自分のお金は使わず、補助金だけで運営する予定です。

 まぁ卵がどれくらい売れるかわからないですし、素人なので失敗することを前提にやっていこうと思います。失敗を積み重ねて経験を積んで、黒字転換出来たらその時は設備にお金を使う予定です。早くそうなりたいですけど。


 今日は鶏舎を作る土地の枯れ草を片付ける作業をしていきます」


 俺はカメラとトンボ型のレーキを持って畑へ移動する。遠藤さんの納屋に丁度いいのがあったから使わせてもらった。


 そこからは俺が一人で畑の枯れ草を除去する作業映像が続く。ここは後で早送りで編集する。




 暫く作業してると家からマーイが歩いて来た。グレーのダウンにチノパン、髪はポニーテールにしている。


「リョウ、お昼食べる?」


 腕時計を見るともう12時だった。


「うん」


「魚焼いた、一緒に食べよ。午後はマーイも手伝うね♪」


「ああ、助かるよ」


 午前中マーイは洗濯や掃除をやってくれていた。料理は元々それなりに作れたみたいで、更に婆ちゃんに習って最近は普通になんでも作れる。もはや俺より上手い。


 俺とマーイは手を繋いで歩く。最近二人で歩くときは手を繋ぐようになった。なんでそうなったのか、俺もよくわからない。自然とそうなったのだ。しかも恋人繋ぎ。



 家に入ろうとしてスマホが鳴った。保育園だ。俺は電話を取る。


「もしもし桜沢です」


『ああ、桜沢さん、お忙しいところすみません。花咲保育園の芹川せりかわです』


 綾の担任だ。


「いえ、大丈夫ですよ。何かありましたか?」


『それが……、綾ちゃんがお友達の頭を叩いて、強くじゃないんですけど。それでお友達が泣いちゃったので、ダメだよって叱ったら、綾ちゃん全然動かなくなっちゃって、お昼も食べてくれなくて……、お家でもよくあるんですか?』


 綾は少し変わった子供で叱ると全く動かなくなる。それに絶対に泣かない。転んで手足を擦り剝いても手で口をギュッと強く抑え声を出さないのだ。

 たぶん優香の虐待が影響しているのだと思う。


「そうですね……叱るとかなり長い時間動かなくなることがあります。お友達は大丈夫ですか?」


『お友達は全然大丈夫ですよ。綾ちゃんの玩具を無理矢理取ったみたいで、だから綾ちゃんが全部悪いわけではないんですけど、ぶったりするのはダメだよって教えなきゃいけないので……』


「そうでしたか……、あ、あの、良かったらこれからお迎えに行ってもいいですか?」


『全然構いませんよ。お家の人がいた方が安心すると思いますし……』


「それじゃ、今から向かいます」


 俺は電話を切るとマーイに、


「これから綾を迎えに行ってくるよ」


「わかった。……綾ご飯食べる?」


「食べる。用意しといてくれないか?」


「うん 任せて♪」


 マーイは微笑んだ。





 保育園は車で10分くらい。保育園に着くと帰りの支度は終わっていて綾を受け取るだけだった。

 俺は芹川さんと少し話してからお別れした。芹川さんは俺と同じ歳、気さくな人で親切にしてくれる。



 俺は駐車場まで綾を両手で抱っこしながら歩く。


「綾たん、お友達のこと叩いたらダメだよ」


 と優しく言ったら、俺の肩に顔を押し当て首に回した手をギュッとしてきた。


「綾たん、わかってるよね。 よし、今日はパパのお仕事一緒にやる?」


 そう言うと綾はコクリと頷く。


「パパ、綾たんに手伝ってもらえると助かるなぁ~」


「……」


「マーイもいるから3人でパパのお仕事やろっか?楽しいよぉ~」


「おちごと……やいたい」


「うんうん♪」


「パパ……」


「ん?」


「ほいくえん いかない」


「行きたくないの?」


「うん」


「……わかった。いいよ、行かなくて。大丈夫、大丈夫だからね。明日は保育園、お休みにしよっ。一緒にパパのお仕事やろう」


「うん」


 抱っこされた綾は俺の肩に顔を強く擦り付ける。


 ちょっと甘いかもしれないが、今は無理に行かせる必要はない。保育園が嫌いになったらもっと良くない。



 この日は3人でお昼を食べて、綾はお昼寝、それから3人で枯れ草の撤去をやった。

 綾は草を一本取って、草を集めてる場所に置く。また一本取って置きに行く作業を黙々と繰り返していた。夢中になってやっていたから楽しんでいたと思う。


 そして翌朝、保育園に行くか聞いたら「行く」と言ったので連れて行った。




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