第7話 馬鹿な女
《優香視点》
【ねぇ、いい加減返事してよ】
私は涼にLINEを送った。たぶん返事は来ないだろう。
涼に「連絡してくるな」って言われた日から1ヶ月半が過ぎた。何度も電話やLINEをしてるのに一向に返事がない。
どうしよう……お金がないよ……。親はもう貸してくれないし、こんなんじゃ今月のカード支払いができない。先月滞納した携帯代も払えないからそろそろ携帯が止まる。達也は私がちょっと大げさに証言したら強姦罪で禁固3年の実刑になっちゃったし……。
でも、奥さんから聞いた話しだと達也にはギャンブルでつくった借金が400万円あった。奥さんも離婚して知ったらしい。お金持っているようなことを言ってたに。
その点涼は真面目だった。賭け事も酒もやらなかったし無駄に浪費しなかった。そういうところがつまらなかったのに、今思えば夫としては最高だった。それに家事や育児も率先してやってくれて私が夕飯を作らなくて文句ひとつ言わなかった。
どうしよう……どこかでパートする?……嫌、働きたくない。それに3年も働いてない私に仕事なんてできるかしら。そういえば最近は外にも出ていない。
私は鏡を見る。そこには肌が荒れ髪はボサボサで以前よりもぶくぶく太った自分がいた。体重が増えて顔が丸くなったというのに、以前よりも顔に皺が増えている。
それからスマホを開いて結婚式の写真を見た。この時は綺麗だった。皆から褒められた。新築に住んでお金にも困ってなくて幸せだった。
来年、私は30歳になる。そう思ったら涙が出た。
なんで私がこんな思いしなきゃいけないのよ。涼と会えれば絶対に元に戻れる。
離婚の時、いきなり親と弁護士が家に着て、わけが分からないのに、言われるがまま色んな書類にサインさせられた。納得なんてしていない。こんことになるなら絶対に離婚しなかった。
今なら毎晩だってやらせてあげる。涼の子供だって産んでもいい。
涼はたぶんお爺ちゃんの家にいると思う。そんなこと言ってたから……、でもお爺ちゃんの家ってどこ?確か群馬だっけ?いや、栃木?
涼は毎年お盆にお義母さんとお義父さんの墓参りに行ってて私も誘われたけど、挨拶とか面倒だから結局一度も行かなかった。こんなことなら行っとけば良かった……。
もしかしたら涼の同僚の長谷川君なら知ってるかも?
仲良かったし、うちにも何度か遊びに来た。デブで不細工だから私は嫌いだったけど、グループLINEで連絡先わかるわね。
【長谷川君、久しぶり。涼の元妻の幾島優香です。涼ってお爺ちゃんのところにいるけど】
場所を聞くと怪しまれるから中途半端な内容だけど、これでLINEを送るとすぐ返事がきた。
【久しぶりっすね。福島の実家ですよね。何かあったんすか?】
そうか……思い出した!福島だ!
【福島のどこだっけ?住所わかる?】
【わかりますけど……なにか?】
やった!これで涼に会いに行ける!
【住所教えてくれない?】
【いや、普通に無理っすね。つか涼チン本人に聞いたらいいじゃないですか?】
聞けないからお前に聞いてるんじゃない、バカなの?空気読めよ!
【今連絡取れなくて、お願い教えて】
【なんか怖いんで普通に無理っす。もう連絡してこないでください。次メッセ来たらブロックしますんで】
何よ!ブ男くせに!調子乗ってんじゃないわよ。でもここで切られたら、もう涼の居場所はわからなくなる。どうしよう……。
【教えてくれたらやらせてあげてもいいよ?♡】
それから暫く返事が来なかった。
何?私とやりたくないの?あいつキモいからたぶん童貞でしょ?間違いなく素人童貞だよ。
ああもう、ムカつく!あんなLINE送らなきゃよかった。
そう思っていたら返事が来た。
【いいっすよ。いつ会います?】
私はその返信を暫く眺めてから、
【今夜でもいいよ♡】
《涼視点》
俺は田んぼの真ん中でカメラに向かってにこやかに話す。
「ということで新規で専業農家を始める場合、農林水産省から就農支援補助金1000万円や他にも先程説明した助成金が色々貰えます。養鶏農家だと5年間で、1200万円くらい受給できるみたいです。ズルとか税金泥棒というわけではなく、ちゃんとした国の制度なので申請は少し手間ですが活用しましょう。5年間は最悪利益が出なくても節約すれば食っていけると思います。
以上、ではまたお会いしましょう。チャンネル登録、グッドボタン宜しくお願いします♪」
今日は補助金について申請方法や受給条件なんかを説明する動画を撮った。
このようなハウツー動画は結構需要があって長年見てもらえる。俺も勉強になるので片っ端から調べて、わかりやすく動画にまとめた。まぁこれから俺も申請しなきゃいけないのでその
他にも養鶏の勉強もしている。
最近まで農地を探していたわけだが、それと並行して伊達養鶏園さんという全て機械化された超大型養鶏所に週3から4通い、養鶏のことを色々教えてもらっている。何件か養鶏所に電話したらそこの社長さんが教えてやると言ってくれて暫く通うことになったのだ。
それと平飼といって鶏を放し飼いしている養鶏所にも足を運び、色々質問させてもらっている。
因みにマーイは俺がいない間は婆ちゃんに料理を教わったり、一緒にお菓子作りをしている。気が合うようで婆ちゃんもマーイも楽しそうだ。
「マーイ、それじゃ行こっか」
「うん♪」
タイトなデニムパンツにグレーのダウンジャケット、スニーカー姿のマーイは俺の横に駆け寄ると俺の腕をホールドする。俺達は腕を組む。
これから借りる土地に建っていた家のオーナーさんに会いに行くのだ。
あの後、もう一度土地を見に行って、あの建物をちゃんと見たら煉瓦造りの洋館というか、魔女の家みたいな感じで、しかも窓から中を覗いたら結構綺麗だった。あの家を借りたくて篠田さんに相談したらオーナーと直接相談してくれと言われたので、アポを取ってもらいこれから会いにいく。
で、車に乗ったところでLINEが来た。
長谷川からだ。
【涼チンおひさ〜、元気してた?
んで、涼ちんの元嫁から連絡来て、やらせてくれるって言ってるんだけど、やっていい?涼チン的に微妙だったら断るけど】
何でそんな話になってるんだ。そう言えば、さっき優香からもLINE来てたな。いつも通り無視したけど。
【俺はもう何とも思ってないから好きにしてくれ。あと元気でやってるよ】
【了解〜、それと涼チンの福島の住所聞かれたけど、教えん方がいいよね?】
【絶対に教えないでくれ】
【おーけー】
こっちに来られたらマジで迷惑だ。あーもう、俺に関わらないで勝手にやって欲しい。
《優香視点》
夜、ラブホで行為が終わった。キモデブに5回もやられた。しかもこの人、玩具とか色々持ってきてて本当気持ち悪かった。
「じゃぁ長谷川君、涼の住所教えて?」
長谷川は服を着ながら視線を逸らす。
「あーそれなんすけどぉ、自分も知らなかったっすね。涼チンの住所」
「はぁ~!?ふざけないでよッ!騙したのッ!?」
「いや、そんなことないっすよ。さっきスマホ見たら昔涼チンからもらったLINE消えてるのに気付いてぇ、そういえば最近機種変してたっすよね~」
「ぐぬぬぬぬ!そんな言い訳通じると思ってるの?バカにしてるの?」
「まぁ、ええ。……涼チンは仕事滅茶苦茶できたし、いいヤツで、あのまま仕事続けてれば絶対出世したと思うんすよ~。あんないい男逃したバカな女だって、ぶっちゃけバカにしてますね~。じゃ自分帰りますんで、ゴチっした~」
「ちょ、ちょっと待ちないよ!」
長谷川は急いで部屋を出て行った。私はまだ裸で追いかけることができなかった。
「ふざけんなッ!!ムカつくぅ!!しかもアイツの車で駅から来たのに帰りどうすんのよ~~~ッ!」
私は叫びながら自分のバッグを入り口のドアに投げ付ける。
その日はタクシーを呼んで帰った。帰りのタクシーでスマホを開きYouTubeのお気に入りチャンネルのサムネを眺める。どれもくだらなくてつまらなそうだった。
それから私は何となく【桜沢涼】で検索した。こんなことしても意味ないのに…………。
えっ?あれ?え?……涼?
「ふひゃ、あひゃひゃひゃ、あぁはっ はっはっ、にひゃひゃひゃひゃ」
「お客さんどうしたんですか?」
後部座席で笑い声を上げた私をタクシードライバーのオヤジがバックミラー越しに奇っ怪な顔で見ている。
でもそんなの気にも止めない。
「ふひぃ、ひぃ 涼 み〜〜つけた」
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