第6話 動画配信はじめました
北海道から福島へ帰って1ヶ月経った。
夜、俺とマーイは部屋で二人並びスマホを見る。
YouTubeの動画サムネには俺が映っている。チャンネル名は〈桜沢養鶏チャンネル〉、俺はその動画をタップする。
「初めまして、23歳無職の桜沢という者です」
昼間に撮影された動画で背後には祖父母の田んぼと山。
日差しで眩しそうな顔をしながらも画面中央に立つ俺のそんな一言から動画は始まった。
「これから養鶏農家を始めようと考えておりまして、その過程を動画にできたらと思い配信を始めました。
僕は農業未経験で、土地……農地なんかも持っていません。
そこら辺にいる23歳の若造、農業ノウハウ無し、土地無し、まぁついでに人脈やコネもないです。
そんな野郎が、いきなり農業を初めて上手くいくのか?
僕は都会育ちでずっと田舎で農業っていうのに憧れていまして……、で今回、仕事を辞めて農業をやることにしました。
この動画をご視聴されている方の中にも、田舎暮らしってどうなんだろうとか、農業に興味あるけど、収入とか上手くいくか不安で手が出せないって方もいると思うんですよね。実際僕もこれから、どうなるかわからないです。大赤字で3年後にはどこかでバイトしてるかもしれません。
で、そんな田舎暮らし、農業に興味がある方に、土地も何も持たないド素人の若造が農業やるとこんな感じになるんだよ、っていうのをこの動画でお伝え出来て、皆さんの何か参考になればと考えいます」
「リョウ、頑張れー」
ここで撮影者であるマーイの元気な声が入る。
「動画には出てこないんですど、パートナーがいます。なので二人でやっていくことになります。
では、これから定期的に動画を配信していきますので、良かったらチャンネル登録、グッドボタン宜しくお願いします♪」
最後に笑顔の俺が手でグッドサインを作り動画は終わった。
投稿したのは三日前。
「チャンネル登録2件、動画再生数41か……まぁ始めはこんなもんだよな……」
因みに動画再生数の内30回はマーイと爺ちゃん、婆ちゃんである。何度も見返しているらしい。
「リョウ、可愛いね!」
と嬉しそうにマーイ。どこが可愛いのだろう、寧ろキモいぞ……!
YouTubeを始めたのには狙いがある。YouTubeが卵の販路の一つになると考えているのだ。
次に今日これからアップする動画を確認する。チャンネルとしては2本目の動画になる。
「ご視聴頂きありがとうございます。23歳無職の桜沢です。
今日は農地中間管理機構の僕の担当さんと農地探しをしています」
ここでマーイのカメラが中間管理機構の担当さんに移る。顔は写していない。
「ちょっと写さないでください。桜沢さん、訴えますよ!」
「ごめんなさい……」
「いやあの……いいんですよ。私は桜沢さんに言ったので」
マーイが中間管理機構の篠田さんに謝り、彼女はあたふたする。篠田さんは俺が出した条件に付き合ってくれて今日で5日目の農地内見。
元々ツンツンしている人だったけど、なかなか農地が決まらずこんな感じで俺に冷たい。でもマーイには凄く優しい。
俺は
「この農地中間管理機構っていうのは市役所とかにあるんですけど、土地のオーナーさんと僕みたいな耕作者をつないでくれるところです。アパート借りるときの不動産屋みたいなイメージですね。
で、今土地を見てきたんですけど、なかなかいいところでした。これから近隣の方に養鶏をやらせてもらえないかお願いしに行きます。農地を借りる際は必ず地元の人に了承を貰う必要があります。草刈りとか土地を管理してくれていたりするので、勝手に農業始めると、誰だお前って揉めるそうです」
◇
動画は次のシーンへ飛ぶ。
「えー、今挨拶してきたんですけど、断られました……。養鶏だと風向きで匂いが来るとか、ハエが増えると言われてなかなか借りれないなんですよね。鶏糞は発酵させれば臭くないんですけどね。まぁ普通の野菜とか米ならすぐに借りれると思います」
「8回目?」
とマーイの声が動画に入る。
「実はだいたい一ヶ月前から農地を探していまして、ここは8件目の農地になります……全部断られてます」
「しょうがないですねぇ~、もう養鶏止めたらいいじゃないですか?」
と冷たい声で篠田さん。
「ぐぬ……、や、そこは何とかお願います」
「はぁ~、もうじゃぁ、あそこへ連れて行くしかないですね。桜沢さんに隠してたんですけど」
「や、隠さないでくださいよ!意味わからん!」
「だって、桜沢さんなら絶対に借りたくなっちゃうし」
◇
動画は次のシーンへ。
篠田さんが運転する軽自動車が細い林道を登っている。道は車一台がギリギリ通れるほどの狭さで反対側は崖、少し運転を誤れば転落する。
道の端には木電柱が並んでいて、この先に建物があることを意味している。つか、昭和前期に使われていた木電柱って未だにあるんだな。
山を抜けるとなだらか斜面に耕作放棄された田畑が見えた。
車が入れる林道はここで終わり、この先は山になる。
不便なところだが、木々に囲まれた山の中にある土地で都会の喧騒を忘れさせる。
畑の端には水路が通っていて、昔田んぼをやっていたことが窺えた。
「あっちの森の方に家がありますけど、誰か住んでるんですか?」
木々の隙間から紺色の屋根が見える。
「ここには元々5世帯が暮らす集落があったらしいんですけど、あの家の方が5年前に引っ越されて、今は誰も使っていないですよ」
「因みに地代はいくらくらいですか?」
「年間、
篠田さんの回答を聞いた俺がカメラに向かって話し始める。
「よくわからない方もいると思いますので簡単に……、
ここだと例えば一町借りて年間で90,000円の家賃、で更に中間管理機構の手数料が20%なので18,000円、合計108,000円、年間かかるんですけど……、
ここは
一町だと10倍だから100,000円です。だから年間だいたい8,000円でここの土地を借りれます。まぁここ茨城寄りなので、あれですけど、場所によってはタダで借りれると思います」
「山、川きれー♪」
とマーイ。
「空気も凄くいいな、――ここ借ります!」
条件である水路もあるし、何よりこの自然に囲まれた雰囲気が凄くいい。
「ほら、そう言うと思った。だから桜沢さんに隠してたんですよ。来る途中の道、危なかったでしょう?借りて何か事故でもあったら大変ですよ?」
「心配してくれたんですか?」
「えっ、やっ……、心配なんかしてませんよ!何かあったら貸したこちらの責任になるんですから!勘違いしないでください」
「…………、では近隣の家に挨拶に行ってきます。まぁまた断られるかもしれませんが」
◇
林道の入り口に集落が3軒あってそこに了承を貰えばいいということで挨拶に行った。動画は回していない。直線で300mくらい離れていたこともあり、簡単に了承を貰えた。そこの世帯主さんが借りる土地の一部オーナーさんで、草刈りだけはやってくれていたらしい。
動画は次のシーンに移る。
「いやー!なんと、なんと、快く了承を貰えました!やったぁー!」
「お団子、おいしい!」
とマーイ。
「手作り団子までもらいました。
来年の1月から実際にここを借りて養鶏農家を始めようと思います。まぁこんな感じで田舎の農地は安く借りれますので、例えば
それではまたお会いしましょう。チャンネル登録、グッドボタンよろしくお願いします」
ここで動画は終わる。
「よし、こいつをアップして……、寝よっか」
「うん♪リョウ、手」
「はいはい」
布団に横になって腕を伸ばすとマーイも横になり桜色の髪と頭を乗せる。最近この子は腕枕にはまっているのだ。
布団は二枚敷いているがマーイがいつも俺に寄ってくるので一枚しか使っていない。もう11月で最近寒くなってきたが同じ掛布団に入って寄り添って寝ると少し暑いくらいだ。
翌朝YouTubeを見たら昨日上げた動画の再生数が100を超えていてチャンネル登録者も15人になっていた。
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