第8話 家購入を検討する



 夕方、俺とマーイは都内の住宅街にある一軒家の前で足を止める。比較的新しい普通の建売の戸建て。表札を見ると遠藤さん……、オーナーさんの家だ。


 ここまで高速を走り4時間。時刻は18時、ちょうど約束の時間だ。

 こりゃ帰りは日付またいで1時過ぎるな。そんなことを思いながらドアフォンを押す。


 ピンポーン――『はーい』


 スピーカーから女性の声が聞こえた。


「桜沢です」


『あ、いらっしゃいませ。今開けますね~』


 玄関が開くと中から60歳前後の女性が顔を出す。


「どうぞ、上がってください。主人もさっき帰ってきたところなんですよ」


「お邪魔します」


 俺とマーイはリビングに通された。ソファにご主人と思われる60歳前後のスーツ姿の男性とお婆さんが座っている。俺が部屋に入るとご主人はテレビを消し、それから俺に向かって。


「すみません、遠いところ来ていただいて。お連れさん外国人ですか?」


「はい、そうです。えっと、桜沢です。よろしくお願いします」


「遠藤です。どうぞどうぞ、座ってください」


「はい、失礼します」


 俺とマーイもソファーに浅く腰掛けた。


「それで篠田さんから話は聞いているんですけどね。で、こちらも色々検討したんですよ……ただ諸々事情がありまして……」


 歯切れの悪い感じだな……貸してくれないのか?

 農地中間管理機構の篠田さんの話しだと貸すことには前向きで、今日は賃料とかハウスクリーニング、リフォームについて話し合いに来た。窓から中を覗いた感じ綺麗だったから、そのまま貸してもらってもいいんだけど……。


「貸すのは難しそうですか?」


「いやね。住みたい方がいるなら、是非住んで欲しいんです。でね、実はあの家、5年前から売りに出してまして……、これなんですけど」


 そう言ってご主人はタブレット画面を俺に見せてきた。

 そこには不動産会社のホームページ。俺に見えるよう、テーブルの上に置いたタブレットをご主人が指で操作し福島の物件を検索する。


 するとあの魔女の家が出てきた。――売値は400万円。


「あの家売ってたんですか……」


「はい。5年前に母がこちらに越してきて、その時売りに出したんですよ。当時築10年で上物は1900万かかりましたから、土地込みで1000万で売りに出したんですけど、内見どころか声も掛からなくて……、どんどん値下げして、もう築15年になってしまいましたし今は400万円で売りに出してます」


「値下げしても声はかからないんですか?」


「いやぁー、今回が始めですよぉ。こんなこと言ったらあれですけど、あそこ不便でしょ?農業やるにしてももっと便利なところありますし」


 確かにそうなんだよな。養鶏じゃなく野菜や米をやるなら移動や搬入を考慮するとあそこは先ず借りない……。中山間地域でももっと仕事し易い土地はたくさんある。


 正に秘境って感じで、まぁそこがいいと思ったんだけど……。


「僕はいいところだと思いましたよ。一目で気に入りました」


 そう言うとご主人の隣に座っていたお婆さんが、


「あそこはね。戦後の農地改革で畑にした場所なのよ。ほらあそだけ盆地になってるでしょう?」


「はい、山の中なのにあそこだけ土地が平らというか……」


「皆ね、小学校の辺りに住んでたの。それがあそこに家建てて、多い時で15軒くらいあったかなぁ。子供もたくさんいて夏祭りもやってたのよ。昔は賑やかでねぇ」


 あそこには全部で二町歩にちょうぶ農地があって、土地オーナーは22人もいる。複数のオーナーの土地が複雑に入り組んでいるのだ。


「最後まで住みたかったんだけど、5年前に主人亡くしちゃってね。それで息子のところに来たのよ」


「そうだったんですね……」


「そうなのよぉ~。それでね――」


「母さんちょっと」


「ああ、はい。ごめんなさい」


「すみません。母は今85で私が62なんです。私もそんなに長くないと思いますしね。あそこで生まれ育ったので別荘ってのも考えたんですけど、あそこ何もないですし、うちの子供や孫もまた全然違うとことに住んでますからね」


「なるほど……、確かにそれだと、僕が借りて例えば20年くらい使ったら、もう売るにも売れなりますよね……」


 それにこの人も82歳になるから、その後管理するのも大変ってわけか……。


「ええ、そういうことなんですよ」


「もし買うなら400万円ですよね……」


「あ、いや。買っていただけるなら、350万でいいですよ。色々手数料が乗っかって400万円ですから、不動産屋を通さず直接売りますので」


「大丈夫なんですか?」


「まぁ知り合いに譲るって言えば何も言ってこないですよ。5年間で内見0件ですし。皆さん地図で場所見て嫌がるみたいです」


「因みに家の横に大きな納屋があったんですけど、そこも付いてくるんですか?」


 車5台は入りそうな立派な納屋があった。


「はい、あそこもうちのですから。それと裏に竹藪があったと思うんですけど、そこと、飛び地で畑の南側がうちのなので、そこも含まれます」


 え?まじで? あそこの竹藪の竹を竹割器で割れば鶏舎の材料になりそうで、使いたかったんだけど使い放題じゃないか……。竹を半分に割れば餌箱や水場も作れる。


「納屋の中に草刈り機とか小型トラクターとか他にもあったんですけど……、あれはどうするんですか?」


「もし使っていただけるなら、全然差し上げますよ。親父が畑で使ってたんですけど……。捨てるにもお金がかかりますから」


「ちょ、ちょっと考えていいですか?」


 あそこは福島の爺ちゃんの家から車で1時間かかる。通えなくはないが、自立したいという思いもあって、近くにアパートを借りようとしていた。ワンルームで月3万前後、マーイと暮らすことを考慮し2Kくらいの少し綺麗なアパートなら月5万くらい。

 就農支援の補助金を受ける積りだったから最低でも5年は農業やらなきゃいけない。あれは途中でやめると返金なんだよなぁ。まぁ生活できるなら農業はずっと続けようと思っていたが……。

 例えば家賃5万のアパートに5年住んだら300万か……、プラス敷金や仲介手数料も取られる……。

 それと草刈り機は絶対に買わなきゃいけなかったし、その他にも納屋には色んな農作機械や工具があった。つか納屋も欲しい。


「ち、因みになんですけど……、あそこって上下水とガスはどんな感じなんですか?」


「上下水は通ってますよ。ただそれとは別に沢の上流からパイプで水を引いてるので、基本的に生活水は無料で下水だけお金がかかります。ガスもプロパン契約したからたぶん今でも契約できると思います」


 マジか……電気は通ってたし、UHFやBSアンテナは自分で付けられる。後はネットか……スマホの電波入ってたからポケットWiFiでいいのか。


 あれ?築15年のわりと新しい一軒家と納屋と土地と農具が付いてきて350万ってめっちゃお得じゃん! あそこで農業やりたい俺だからメリットだらけだけど、他の人から見たらいらない物なのか……。


「すみません。買う方向で検討したいと思います。もし買う場合、一括で350万円振り込みます」


 まだ8000万以上貯金あるから買うのは問題ない。23歳にして二度も家を買うことは思わなかったが……笑


「本当ですか!いやぁー買ってもらえると本当に助かります」


「一応、内見してもいいですか?」


「鍵をお渡ししますので、好きなだけ見に行ってください。もし気に入らなかったら鍵は郵送で送ってもらって構いません」


「わかりました」


 俺と遠藤さんは笑顔で頷き合った。


 その後も話し合いは続き、建物や土地の図面を見せてもらったり、お婆さんから昔の写真を見せてもらったりした。


 支払いは遠藤さんの納税や俺の補助金申請の兼ね合いで、納屋と農機具を200万、土地30万、建物120万とし3年に渡って買うことになった。

 支払い自体は纏めて350万円払うが、会計上は1年目150万、2年目100万、3年目100万払ったことにした方が払う税金が安く抑えられる。


 結局、遠藤さん宅を出る頃には21時を過ぎていた。


※この頃、優香と長谷川はラブホで会っている。



 俺とマーイは駐屯場に向かって歩きながら話す。


「優しそうな人達だったな」


「うん!……でも……マーイ、お婆ちゃんの家、いない、悲しい」


 祖父母の家を出たくないってことか……。


「自分の家は自分で見付けないと、あそこは爺ちゃんの家だから」


「そっか……、マーイ、リョウいる、悲しくない」


「俺もマーイといると楽しいよ。マーイ、オイシイ!」


「マーイ、食べ物じゃない!」


「あはははっ、流石にそれは覚えたか」


 しかしいい買い物だったな。そう言えば夏祭りが凄く賑やかで楽しかったっ言ってた。夏になったらマーイと浴衣着て、二人で花火をやるのもいいかも。


「マーイ、お腹すいた」


「なにか食べてから帰るか」


「うん、ラーメン!」


 でこの後、ラーメン屋に行ったら並んでたから、ファミレスで夕飯を食べて、22時半。


 このまま帰っても良かったんだけど、時間も遅いし、毎日狭い風呂に一緒に入って畳に布団敷いて寝るのも飽きてきたので、マーイをラブホに誘うことにした。

 ちょうど明日は休みだし。


「マーイ、今日は外で泊まろう」


「ん?」


 マーイはよくわからないという顔だ。


 都内は駐車場が無いから、帰り埼玉のラブホに寄っていく……。





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