Paranormal Thing

Paranormal Thing

あなたは今、この文章を読んでいる。この文章は僕がピーピングトム的に科学技術の極みとも言えるハイテク機械を使って天才たちの姿を見たものである。僕は出来るだけ平明に、自然主義の文体で、見たものをそのまま読者諸氏に示そうと思う。この物語を書くまで、僕自身中々筆を執ることが出来なかった。あまりにも超常現象が連続して起こり、のみならずそれによって僕も圧倒されて文章に落とし込むことが出来なかった。僕のこの物語を銘打った観察から1年、僕はようやく頭が理路整然とし、諸氏に伝えようと思ったのである。もし僕の感動が諸氏に貫通したら僕は作者として幸甚至極である。

 

川城遥斗は哲学者である。もっとも、哲学者といっても20歳の哲学専攻の学生であって、哲学者と言うのは本人が自称しているだけに過ぎない。周囲の人間は彼をバルザックと呼ぶ。この名称のルーツは彼が登山好きで休日はザックを背負って、様々な山岳を登頂しており、何度か登山専門雑誌にも掲載された事もある程の登山の大家である。周囲の彼を知っている人間はその背負っているザックと遥斗の遥を遥々と展示させ、バル、かくして両者を融合させてバルザックである。そのネーミングセンスには僕も脱帽を禁じ得ない。よくもまあそんなユーモアが思いついたものだ。周囲の彼を知る人間は彼に対し、尊敬を込めてそう呼ぶのである。バルザックは大学入学直後から教授達に自分は哲学者であると自称し、哲学の勉強を猛烈なまでに開始した。そして大学一年の頃にはカントの三批判書やヘーゲルの精神現象学、ヴィトゲンシュタインの論理哲学論考、アリストテレスの形而上学を読破し、その内容も完全に理解してしまった。何でも彼は哲学書を読めば、その著者の思考過程が明晰に追尾出来るのだと言う。

バルザックは某日このO大学のキャンパスでコーヒーを飲みながら優雅に読書をしていた。彼は咽喉を通り、自らの神経を覚醒させるコーヒーという飲料を15歳の頃から愛好していた。そして彼はその休憩時間を挟み、講義を終え、大学の哲学カフェなるものに参加した。彼は既に独自の理論を若干20歳で完成させていた。僕達には分からないが。弁義論と彼がさしあたり名付けた理論で、その理論の豊かな応用性により多くの哲学的体系が統一出来る、と彼は言った。

「しかし君、そんな理論は大した事ないね。私も若いころは同じような壮大な理論をよく着想していたものさ、しかし紙に書き起こすなどしてアウトプットしてみると大した事がない事が分かる。君だって同じに決まっている。第一幾何学を哲学に導入するという事自体、今までの哲学に対する冒涜だとは思わんかね?」利口そうな研究者がバルザックそう言う。バルザックは「僕はそうは思いませんが」と言った。研究者は吐き捨てるようにして笑った。否、笑わずにはいられなかったのだ。どうして自分に出来ない事がたかが20歳の青二才のこいつに出来るのか。研究者は無意識上ではバルザックに屈服していた。そして彼の理論が斬新で、難解な事に業を煮やしていた。バルザックは説明能力に欠けている節があった。自分の理論を分かりやすく他人に教示する事を彼は面倒だと思い、蛇蝎の如く嫌忌していた。また彼はあまりにも初歩的な質問をされるとむすっとして回答しようとはしなかったのだ。彼の天才性はまさに説明能力、厳密には説明能力にまつわるやる気のなさによって覆い隠されていた。したがって彼は相棒を求めていた。数学で言うところのハーディーとラマヌジャンのコンビ。音楽で言うところのサイモンとガーファンクルのコンビ。

そして理解しがたいのが彼は哲学の着想をヘルメストリスメギトスという神様によってもたらされていると言うのだ。彼は宗教に造詣が深く、思春期青年期の魂の不調時にギリシア神話を読んでいたらバルザックの頭の中にヘルメストリスメギトスを名乗る神様からの声が聞こえたらしく、それ以来彼の夢にはその神が表れない日はないという。一見薬物中毒者の症状かと思ったがバルザックは、薬物はおろか、煙草やアルコールでさえ一切摂取しない男だった。日本人が太古からのギリシアの宗教に傾倒し、またその神の像のようなものを見たというのは何かきな臭さを感じる。しかし彼はその力により、今では日本随一で、世界でもトップレベルの哲学者として有名であるらしい。彼はネットで自分の哲学の論文を発表した。そして次第に彼の天才を発掘した人種や国籍を問わない、13人の人物が彼の業績をまとめ、分りやすくして発表した事で彼の学問的名声は指数関数的に増大した。今では宗教や倫理、政治哲学、公共哲学においても彼の理論が生かされており、一説には彼の理論により、今は非常に平穏無事な組織統率、産業安定、日本の経済成長率の増大、犯罪率の大幅な減少などが成就されているらしい。僕は彼の理論を知らない。がしかし、東京都内で彼を見かけた事がある。彼は聡明な、澄んだ瞳を持っていた。そしてモデルのような長身であった。彼は気づいていないようだが、街の女子連中からは人気であるらしい。

また彼は旧来の心理学にも反旗を翻し、今や学問そのものや社会の在り方さえも変えてしまった。彼の時代はこれからも続くだろう。彼は今20歳である。その業績の偉大さ、と早熟の才能を考慮すれば彼は哲学界のガロアと呼んでしまっても全く問題にはならない。それ程までに彼は魂の輝きを放射状に放っている、ヘルメストリスメギトスの恩恵により。


苔田転石、彼は19歳の数学者である。彼は今、彼の常軌を逸した奇行が物議をかもし、校内の公序良俗に反したとかで高校で退学処分になって今は、海外のプリンストン大学を目指している。がしかし彼はもはや数学については万全の状態であったから暇を持て余し数学の論文を書いていた。彼の論文執筆のモチベーションを引き出したのは、退学処分を受けた高校の数学教師である松田先生であった。彼女は転石の才能を称賛し、すぐに処女論文を書くように勧めた。転石はイケメンではなかった。しかし女顔であった。彼は学生の頃から女性にモテていた。しかし彼はあまり女性に興味がないようで、現に「男と一緒にいる方が楽」と彼は言っていた。まあそんなことは19歳の転石には関係がない。彼は数学上の難問を証明し、それを論文に書くという事を四回もやってのけた。また彼は今、ミレニアム問題にも取り組んでいるという事だ。彼は学校の教育に呆れはてていたので学校の息のかかった連中の作った問題を見ると陰謀を感じ、出題された問題を解く気がなくなってしまうと言うのだ。なんて傲慢な奴なんだ。しかし数学に関してだけは何時からか、情熱を持っており高校が退学となったらしばらくフリーターをしながら数学の本格的な勉強と研究を始め、17歳で学校を退学になってたった2年で現代までの全ての数学の知識を専門論文を読む事でスポンジのように吸収してしまったのだ。圧倒的な集中力である。彼は幼少期から一気に憤激するような少年であったらしく、それ故いつ憤激するか分からない彼に積極的に近寄りたがる人物はごく少数であった。のみならず彼は思い込みが激しく、自分は周囲の人間から迫害されている、この世には陰謀がひしめいている、と言って自分の考えを修正しようとしない極めつけの変人でもあった。

 それでも数学についての彼の才能は一級品であった。彼は学校が嫌いであり、学校において度重なる問題活動をしていた。例えば、各教師の問題点をあらいざらい指摘し、のみならずそれについて彼らの今後の対策を提案したり、またいじめを見かけると加害者を馬鹿にし、嘲笑し、かつその罪を学校新聞で掻き立てたりした。これらは中学校の話である。彼の行動が完全に間違っている訳ではないにせよ、その極端な行動は凡庸な学校教師、生徒、そして生徒の保護者にわたるまで顰蹙を買っていた。集団主義で同調圧力の強い風土が依然として残っている日本において転石の行動は大部分の連中にとって煩わしく思えた。

 彼が高校を退学にされたのは彼の政治における極端な思想が災いし、日本の同様に極端な連中を売国奴と呼び、彼らを残虐に殺害するブラックユーモア小説を高校内で販売し、それを目にした生徒があまりにも緻密かつ奇怪な情景描写、心理描写を創造し皆嘔吐してしまい、彼という人間そのものが自分達とはあまりにも違うとみなされ、転石は気分を害した諸生徒たちによって陰湿で苛烈ないじめを経験。しかし彼はいじめに屈することなく、何故か所持していたジャックナイフで生徒のべ9人に外傷を負わせた。示談金を払う事で警察の厄介になる事はなかったがその狂人染みた性質は校内全員の恐怖の的となり、諸事情を汲み取った学校長が彼に退学処分をする事を決定した。

 彼の専門は幅広かった。最初はガウスやオイラー、ガロア、フェルマー、ヒルベルト、ラグランジュ、コーシー、フーリエ、ラプラスなどの理論を勉強していたが段々と勉強の分野が難解になって行った。しかし勉強を進めれば進める程彼の脳内の快楽物質は多量に流れ、数学の事を考える事を辞められなかった。どんな時にも彼の頭脳には数学の事ばかりが先行し、アルバイト先の職場でもあまり勤務態度は評価されていなかった。遅刻や無断欠勤などはないものの、彼は始終険しく眉間に皺を寄せて考えており、業務などはほとんどうわの空だった。またある時彼は論文の証明を思いついたとかで「ユーリカ!」なんて言って叫びながら仕事を放り出して走り回る事も一度だけだがあった。そして彼の執筆した論文はその先駆性から誰からも理解されずにいる。どうやら査読者によると議論が出来る程転石の論文は明晰ではない。もう一度貴下の理論の全体像を分かりやすくまとめて発表する事を望む、との事だったがこれは婉曲な断りであった。彼は今は仕事を解雇され、一人暮らしのアパートでひたすら数学の研究をしている。食料を買いに一日に一度か二度、外出するくらいでもはや健全な社会性があるのかどうかさえ疑わしい。彼もバルザックと同じように神様、アポロンから数学の着想を教えてもらっているらしい。


 前川漱石、彼は自然科学において現在研究を行っている24歳の新進気鋭の大学者である。彼はアマテラスから恩恵をもらい、自分の研究生活の発見としていた。彼は電磁気学における方程式に改変を成し遂げたという。誰もが想像しない優雅な証明、その証明は最早芸術品として見てしまって差し支えがないとみなす同業者たちも多い。彼は東京の国立大学の理学部を卒業して、在学中も熱心に理論物理学を学び、3大功績と現在一般に呼ばれている功績を成し遂げている。彼は非常に過敏な神経を持っており、室内屋外問わず視覚過敏だという事で彼は大体の場合において度付きのサングラスを着用している。

 「ふむ」彼は今物理学の専門誌を読んでいる。中々興味深い素粒子物理学の記事だと、漱石は思った。彼が物理学にはまったのは数学の書物を読んでからの事である。ヒルベルトの「幾何学基礎論」を読んで数学に衝撃を受けた。ユークリッド幾何学を拡張させ、ユークリッド幾何学の公理そのものを問い、従属性、独立性をパスカルの定理、出ざる具の定理、アルキメデスの原理などを用いヒルベルトは記した。俗に言う代数幾何学の本なのだが、数学の公理を問う数学は数学基礎論の公理的思惟であり、漱石には学校の授業より幾分か新鮮に感じられた。ヒルベルトは20世紀数学界の巨人である。彼は量子力学などの物理学に多分に応用されるヒルベルト空間の創始者であり、数学の完全性を示すために提起したヒルベルトプログラムの原点である。こういった超一流の学者の書いた本は普通の本とは違って息吹のようなものがある、と漱石はその本を読んで感じたのであった。

 ヒルベルトは「幾何学基礎論」で物理学についても述べている。マクスウェルの電磁気学、ラグランジュの運動方程式、アインシュタインの重力、即ち電磁的慣性、熱力学の第二法則、力の平行四辺形、そしてそれらの理論の骨組みには公理のようなものが損座していると彼は述べていた。漱石は数学よりもこういったどちらかというと人類文明の結晶のような物理学に傾倒するようになった。

 漱石は内向的で偏執的な男である。彼はほとんど笑わなかった。また自惚れと自尊心が人一倍大きく、周囲の人間を見下し、悪口をよく言っていた。「世の中全員馬鹿だな。僕が一番頭いいのにそれに気づきやしない」なんて事も言っていた。それでも周囲の人間は彼の才能ゆえ彼を無視したり度外視したりする事は出来なかった。彼の少年期は母親からの愛に飢えていた。彼の父親は漱石を生んですぐに死亡した。漱石の母親は養育費を稼ぐ目的で玉の輿に乗った。大富豪と結婚したのだ。彼の母は非常な美貌の持ち主であり、学生時代から彼女はモテていたらしい。しかし漱石は中々肉親である母親に会えなかった。彼の母親が再婚しようとしたとき、漱石は彼女を怒気鋭く怒鳴りつけ、「家に火をつけておまえを焼き殺す」など恐ろしい発言をした。後になって彼はこの発言を悔いる事になるのだが、火がついたら一気になってしまうのだ、漱石は。

 漱石はスサノオから自然科学の着想を得ている。彼はそう周囲の人間に言って憚らなかった。嘘かまことかは分からないが神から研究の着想を得ているというのは甚だ荒唐無稽な話である。彼は普段から集中しすぎると周囲が見えなくなる。朝起きた時に自然科学の事を閃き、ほぼ一日中、ベッドに座ったまま一点を凝視していた事もある。

 「あいつは変人さ、顔は女の子みたいだが、何考えてるか分からねえ」僕が漱石の事を取材するとそういう声があった。何故取材したのかと言うと、僕の記事のためである。僕はBurnというタイトルで今自分のブログを書いている。その中で誰かに取材した内容を記そうと思ったのである。僕のブログはもう4年も続けており、500記事以上書いてきた。そして最近何故か僕のブログがバズって、多くの人に絶賛され、見てもらえるようになった。芸能界のイケメン俳優も僕のブログを惹きつけられる魅力を秘めている、日本人に必要なコンテンツの一つと言っていた。褒めてもらえて光栄である。

 漱石は過去に一度も女性と付き合った事がない。彼は内心恋愛をしたいとは思っていたが彼は自然科学以外には自信はなかった。自分の容姿についても女顔で整ってる方ではあるが、何かが足りないとずっと思っていた。彼は今やニュートン以来の大天才だとして持て囃されてもいる。彼の創始した前川電磁気学は、各分野に波及した。一見関係のないように見える分野においても彼の理論は応用された。応用する人間は中々頭が良かったし、若年の人物が多かった。若者の希望として彼は多くの人から認められていた。


 山本大助。彼は27歳のミュージシャンである。彼は主にザソルロスのリーダーとして活躍している。ザソルロスとは彼の作ったバンドである。彼はプログレッシブツイストというジャンルの音楽を作りたいらしく、いつも音楽の事ばかり考えている。彼はフリーターで、普段は焼肉店にて働いている。彼はディオニュソスから音楽の着想を得て、これまで数々の大ヒット曲を生み出してきた。邦楽の中では明らかに異質かつ高度な彼の音楽はファーストアルバムリリース以後瞬く間に世間に広がった。彼の音楽のルーツはクラシックである。20世紀以降の音楽は全てクラシック音楽の反復だと彼はよく言っていた。僕はそれについて、極論だろそれは、と思ってはいたものの確かに最近そう思うようになった。実際ポップ音楽だけを学んで歴史的なヒット曲を出すのはほぼ不可能だ。それは小説家が現代のエンタメ小説だけを勉強して歴史的なヒット曲を出すのと同じくらい難題である。

 彼はジョンレノンに憧れていた。彼はジョンレノンのような丸サングラスをいつも着用していた。彼は恐ろしく美貌の青年であったが、サングラスでいる時の方が多く周囲の人間もたまに大助の顔を忘れてしまう程だった。ふとした瞬間に大助がサングラスを外すたびに、周囲の人間はとてもいい、めっちゃきれい、すごい綺麗、などと言うのである。大助は自身の美貌についてはこう言っている。「どんな顔面の持ち主であれ、自分の顔面が大好きだなんて人はいないでしょ。悪くないとか、少し良いとか思う人はいても。自分の顔が大好きなんて言うやつは大抵ナルシシストだったりするんだよな。冷や汗冷や汗」

 彼は左利きのミュージシャンである。ライブなどで彼が演奏するとき、彼の191㎝の長身も相まってやはり目立つ。しかも彼は最近色んな楽器を演奏できるようになっている。ピアノ、キーボード、ベース、ドラム、ハーモニカ、アコギ、彼は同業者達にも注目を集める異質の存在になっていた。しかし彼はそんな事は気にしなかった。彼は自分の絶頂がいつまでも続くとは思っていなかった。自分の人気は一時的なものだと彼は思っていたのだ。ビルボードや日本国内のヒットチャートではビートルズ以上の歴史的快挙を彼は成し遂げていた。彼はインタビューを受ける機会も多くなった。しかし彼は歴代のミュージシャンもそうであったようにインタビューを嫌い始めていた。大助にとってインタビューは甚だ無神経なものに思えた。

 大助はライブの激務に疲れ、バンドの仲間達とレコーディング中心の日々を送るようになった。むしろライブ時代よりレコーディング時代の方が彼の芸術性は高かった。数学者のオイラーが盲目になった事で彼の論文の質が向上したのと同じように彼は観客という反応を見るためのリトマス試験紙のようなものがなくなった事で却ってその魅力を際立たせたのである。大助は極端から極端にふれる人間であった。仏のような側面もあれば、鬼のような側面もあった。通常一般人だってそうだが彼の場合はその変化があまりにも顕著であったため彼の注意の人間はしばしば彼に精神科に行くよう勧めた。しかし大助は精神科など無為徒食の無教養のヤブ医者の独壇場だ、あのような馬鹿げた場所に行く気にはなれないと言い、精神科を受診する事はなかった。

 大助の作曲のアイデアは奇抜なものが多かった。様々な表現技法を大助は勉強した。また彼はメンバー同伴で多くの国を訪れた。その記念写真も撮ってある。彼には恋人がいた。192㎝の超高身長の恋人だ。彼女はロングヘアのクールビューティーである。大助は彼女にぞっこんであった。彼女の名前はしのぶ、大助と同年齢であるキラキラネームが社会問題となっている現代としては割と古風な名前である。彼女は長身でクールビューティーなので、人を寄せ付けない感じがしたが、大助が彼女に話しかけると意外にも彼女は気さくだった。彼女は対人恐怖があり、人前にいるときは緊張で怖い顔になってしまうとの事だった。彼女の長身は明らかに際立っていた。長身の男よりもだいぶ高いのである。街の男どもは臆面もなく「でけー」と言ったり、また彼女の普通の靴を見て驚く事も多かった。実際彼女の長身は目立つ。さらに大助も191㎝で彼女より1㎝低いくらいだが長身なので大助たちは街でも有名な長身カップル、逆身長差カップルとなっていた。大助の周囲にはいつの間にかしのぶほどではないにせよ長身女性と男のカップルを街で頻繁に見るようになった。大助は僕の影響だろうかと内心非常に愉快であった。大助の生きる希望はどちらかと言えばアートよりしのぶと一緒に過ごす事にあった。

 彼の曲はアニメやら特撮やらゲームやらに濫用された。彼はそのような事を受けても激怒する事はなかった。むしろ日本のソフトパワーに自分の芸術が使われるのは光栄であった。生きた証というやつだ。でも一つ気がかりなのが大助のアートはアニメやらにマッチするようなポップさがないところであった。しかし大助は別に構わないと思うのであった。


 木村龍馬。彼は25歳の小説家である。彼はガネーシャから着想をもらい、小説を執筆している。彼の小説はほとんど私小説に近いものである。彼はあまり想像を膨らませて、現実や自分の能力から極度に乖離した作品を書くことは出来なかった。もっとも小説家志望の最初の頃はそういった技術を養おうとはしたもののどれも箸にも棒にも掛からなかった。今は自分の体験をもとに物語を考えている。小説のネタとして彼は休日に色んな場所、と言っても在住の神奈川県から東日本中心に行った。一人旅として旅館やホテルに泊まる事も珍しくなかった。今いる龍馬の彼女と旅行に行った事もある。龍馬の彼女は献身的で、彼女は龍馬が執筆したりしている時には暖かいコーヒーを入れたりしてくれた。また龍馬は自炊が出来ないので、彼女によく手料理を作ってもらっている。龍馬の彼女の名前は悠乃と呼ぶ。悠乃は料理も洗濯も、というか家事全般が出来るし、学生時代は都内の有名進学校を経て東大の学部を卒業している。悠乃は龍馬を一目見て、この人は日本一の小説家になると思った。

 そして今や龍馬は日本一の小説家となっている。彼の処女作「轟々」は大ベストセラーとなり、文壇の多くの人から称賛を浴び、またこの作品は夏目漱石の『こころ』や太宰治の『人間失格』よりも歴史的なセールスを記録したらしい。こころや人間失格は半世紀以上も前の作品である。私の轟々は去年の話である。その歳月の長さを考慮すれば、龍馬が如何に怪物染みた実力を持っているかは容易に理解できた。

 彼は高校時代から年間300冊の小説を読んで勉強した。日本では村上春樹から古典まで、アメリカ文学ではスティーブンキングからヘミングウェイなどを読んだ。また彼はディケンズやコナンドイルなどのイギリス文学も耽読した。彼は高校時代、大人しい男子生徒として見られていた。彼は身長180㎝で、まあチビではなかったので根暗であってもいじめられる事はなかった。また彼はジャニーズ系のイケメンであった。その事も彼がいじめの被害にあう事を未然に防ぐ要因の一つであった。

 彼は20歳で小説を書き始めている。そして猛烈な勢い、破竹の勢いで小説を量産してきた。龍馬は自分は小説の量産なんて出来ないと先入観を持っていたが、一気にやろうとせず、気長に仕事を続けていたら小説は量産できた。そして彼は多くの文学賞を受賞するまでになった。今や彼は日本の誇りと呼ぶべき作家となっている。

 

 神々の会議。多くの神々がその薄暗い部屋には円卓上に座っていた。円卓の騎士。というかエヴァンゲリオンのネルフのような構図である。ディオニュソス、アポロン、アマテラスなどの5柱の神々がそこに座っていた。したがって正五角形の頂点の位置にそれぞれの神が座っていた。アポロンは「しかしこの会議の時になるとオイラーの多面体定理を連想せずにはいられないよ。だって円卓だぜ?正五角形だぜ?」アマテラスは咳ばらいをした。「私たちが多大なる贔屓をしている愛子たちは最近非常に調子が良いみたいだ」「そりゃそうだ、なんたって俺たちが力を分け与えているんだからな。普通の人間とは一線を画して当たり前だ」ヘルメストリスメギトスはそう言った。神々は様々な事をこの定例会議で話している。それも一定の周期で。神々の会議を見るというのは非常に新鮮な心持がする。神々だって馬鹿話をする。そして高慢でとっつきづらいかと思えば、案外そうでもない。非常に気さくで良い奴らだ。「誰だ、そこに隠れている者」神々の一柱が隠れて見聞きしている僕に気づいた。僕は物陰から現れた。「やあ」「曲者」「何奴」時代劇かな?「興味深かったのであなた方を見てました」「おやおや」ディオニュソスはそう言った。「君は赤川凌我ではないか、確かゼウスの愛子の」神々はどよめいた、多くの神々が目を丸くしてこちらを凝視していた。僕はなんの事だか分からなくなった。「勝手に覗いてしまってすみません、あなた方の愛子の事も僕の技術で覗き見ました。でも仕方ないんです。仕方ないんだよお、仕事のためなんだから」僕は突然慟哭しだした。僕はそんな僕を客観視して、おいおい、僕は情緒不安定か?と思った。

 「泣かなくて良い」ディオニュソスは寛大そうな微笑みを浮かべて僕にそう言った。っ「そうだそうだ、君は最高神ゼウスの愛子だし、それに純粋で徳のある男だ。そんな人間をどうして難詰する事が出来ようか」アポロンはそう言った。

 僕は神々の慈悲深さに圧倒された。そして僕は何故だか突如としてリラックスできるようになった。この神秘的な空間は先ほどの情緒不安定といい、このリラックスといい、人間の脳や神経に異常をもたらすものなのかも知れない。

 そしてそんな僕をあなたは見ている。あなたは無理やりこの世界の住人となった事に愕然としつつ、我々に向けて、口を開いた。


 

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