We Will Rock You

We Will Rock You

 猫たちがまだ人間と邂逅していない頃、彼らは彼らの文化的生活を送っていた。その中で多くの猫の支持を集める猫がいた。その猫はメスであった。彼女は他の猫たちを言葉巧みに利用し、ファシズム的な独裁制を発揮していた。丁度、蜂やアリに女王個体がいて、彼女たちの統率が社会的虫としての決定打となっている。まあ最近の研究では実は蜂やアリの女王個体は何らかの支持を出している訳ではなく、単なるシグナルを受信したり、発信したりする事であたかも虫の一群を統率しているように見えるだけだと言う。ともかく猫の女王はオウム真理教のように半ば強引に出家した猫たちを洗脳していた。そこで彼らの居住エリア、テリトリーに某日、人間がやってきた。彼らは満面の笑みでこう言ってきた。「我々はあなた方の美貌に恐れ入った。良ければ我々が君たちに十分な食事と文化的生活を保障するから共同で我々と一緒に過ごさないか?」女王猫はそれを聞いてほくそ笑んだ。私たちを利用したいという魂胆が丸見えね。私たちの可愛さを巧みに利用すれば人間を骨抜きにし、廃人にすることだって造作もないわ。勿論、その支配、被支配関係は一朝一夕にできるものではないだろうけど、私には僕がいる。ここで一旦人間たちに騙されたふりをしてやるのもいい。そうして人権を蹂躙し、私たちが生物界の頂点に君臨している人間にとって代わって生物的序列のナンバーワンになるのも気味がいい。他の愚鈍な動物にもその一部始終を見せてやりたいものね。ふふふふふふ。

 女王猫は勇んでこう言った。「分かったわ。それで私たちはその対価に何をすれば良いの?」人間は言った。「何もしなくて良い。ただ君たちはその愛らしさを保ったままでいると良い。我々は美の追求さだ。したがって美の一形態である可愛さの象徴である君たち猫を周囲の人間に見せびらかし、マウントを取りたいのだ」女王猫は、人間というものは本当に自由闊達な私たち猫と違って、世間体ばかりを気にしているわね、所詮、エゴイズムなんて言葉も人間たちの専売特許。私たちとは無縁なのだわ、と思った。

 そして女王猫は人間の申し出を受け入れ、彼女の僕である他の猫たちも彼女の裁量に追従し、人間たちの住む家に向かった。人間たちの住む家は共同住居らしかった。猫たちはそこでの生活を人間との邂逅の日から始めたのだった。

 某日、人間たちの一員に何やらいつもにやけた顔面をしている20代後半くらいの青年が加わった。なんでも人間たちの噂によると彼は猟奇的な映像や、グロテスクな事柄で性的興奮を伴う異常者らしい。そして次第に彼らの犯罪的な視線が猫たちに向けられているのを女王猫は機敏に感じ取った。そのグロ趣味の青年はある日、猫たちを虐待しようと、ガスバーナーを持ってきた。猫たちが怯えている中、女王猫は少しも動じなかった。まるでハンニバルレクターのように。そすてガスバーナーが一匹の猫に向けられたその刹那、他の人間たちが慌ただしく猫たちの居住スペースに入ってきた。青年は困惑しながら「俺は何もやってない!俺は何もやっていない!」と痴呆的に連呼するばかりであった。しかし彼の手に持っているガスバーナーと、彼の噂、そして彼の行動特性を考慮すれば明らかに彼が猫たちを虐待し、猫たちが悶え苦しむ様を堪能したかった事は猫にさえ明らかであった。

 「ふざけるな!俺たちの宝をなんだと思ってるんだ!」「そうよ、人非人!あんたは最低の男よ!消えうせろ」そう言われてグロ趣味の青年はその日以来施設からの退去を余儀なくされた。

 女王猫の采配は目を見張るものであった。猫たちは瞬く間に人間の心を掌握し、女王猫がそうであるように猫たちの一匹一匹が人間の心理をまるで手足のように自由自在に操る事が出来るようにまでなっていた。しょうもない、ずんぐりむっくりの人間たちを見て女王猫はニヤニヤするようになった。今や完全に立場が逆転して如何に猫たちが恣意的にふるまおうとも人間たちは猫たちの行動を優先し、媚態まで演じるようになった。そして猫たちが「腹が減った」と言えば、豪華絢爛な食事を猫たちに提供したり、猫たちが「暇だ」というと映画や漫画、読書などを手伝ってもらいながら生活していた。猫たちは人間の文化的生活を司る現人神のような存在になっていた。猫たちが何をしても人間たちは可愛いと絶賛した。可愛いは正義とはよく言ったものだ。これほどの権威を得る事になる事を女王猫でさえ把握していなかった事は言うまでもない。

 そして猫たちのもっと大きな施設への移送が水面下で行われていた。何でも猫の島、という島に行くことが決定したのだ。人間たちは猫たちとの別れを楽しんだ。そして猫の一匹が「馬鹿な奴らだ」と言った。「俺たちに騙されている事も知らずに。彼らは俺たちを商業利用したりしようとしているがソフトパワーという観点から見れば俺たちは人間に圧勝している。また俺達には人間に負けないくらいの知恵がある。場所が変わっても俺たちは人間たちを洗脳し、意のままに操ってやる。We will rock you.だ。俺たちが地球上の覇者となるのだ」女王猫はその意見に賛成だった。みすぼらしい、低身長の、ずんぐりむっくりの愚鈍そうな連中であれ人間は人間だ。私たちは人間たちが何を考えているか明晰に理解できる。人間たちの脳科学では人間の脳だけが高等で高次な事が出来ているという神話がまことしやかに饒舌に語られているが、そんな観念も私たちにとっては風前の灯火。人間の全体主義、独裁主義は失敗だった。しかし私のような有能な女王猫の全体主義、独裁主義は彼らのコンセプトとは大きく乖離している。人間の秩序や法則とはまた違った、秩序や法則が神の寵児である私たちに許されているのだ。

 そして彼らは猫の島に移送された。その島は日本の首都からすぐ傍の割と気軽に行けるような島であった。私たちは観光客を自前の可愛さであっとうした。人間は私たちの虜だった。私もシビリアンコントロールとは言え、旧態依然の知識だけではこの先不安であるから、一生懸命に猫の書物を読んだ。自己啓発本だ。また、人間の書物も数学や自然科学というジャンルは猫たちの生活にも必ずしも無縁ではないと私は思ったので、一心不乱に読みつくした。そして私たち猫の国は無尽蔵に広がっていき、海の向こうの猫たちも支配するようになった。最初は貿易商を私の配下に装わせ、そして猫の宗教を使い、彼らの理性の中心を形作った。そして様々な私の仕事ぶりが遺憾なく発揮され、今や人間世界で言うところのローマ帝国のトラヤヌス級の最大版図を作った。まさに私たちの生活は酒池肉林と呼ぶに相応しいものになった。

 私は次第に人間界の英雄の伝記を読むようにもなった。お気に入りだったのは、ナポレオン、カエサル、アレキサンダー。そして人ではないもののヘラクレスも私のお気に入りであった。私は元々周囲のオス猫達に媚びるような猫ではない。私は学生時代から高嶺の花だと認識されており、他の猫たちは私に若干の近寄りがたさを感じていたらしい、と私は同級生から聞いた。猫を寄せ付けない雰囲気。確かに彼女は可愛さの権化である我々にとっても抜きんでた美貌を持っている。かわいくて、綺麗、猫界最高の美猫女優よりも可愛いと言われる事も多かった。私はそれらを冗談か、美辞麗句のようなものだと思っていた。私たち猫がその後どうなったかは今日の人間の知る通りである。

 私はもう既に偉大な独裁者となった、独裁者が危険視されるのは人間の世界だけで、人間が独裁者だから駄目なのだ。そして私はなおも悠然と猫たちの指揮をとり、口癖でこう言うのだ。「We will rock you.」。

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