第7話


 男ひとりに女性三名。なかなかに口を開きづらい傾向にある。同性がひとりもいないのもることながら、そもそも雄魔おうまにとって印象がよろしくないメンツが揃い踏みなもので。


 突然こちらを甘やかす幼女ロリ

 会っていきなり暴言をぶつけにきたアクティブな女性。

 なんだかもう雄魔を毛嫌いしているように見えるヤンデレ。


 ハッキリと語れば、雄魔はここにいるだけで胃がキリキリとうなりをあげてしまう。——のだが、端緒たんちょをひらくように隣の幼女が息を吸う。


「はじめに自己紹介からじゃ」

「もちろんよっ、桐ノ宮きりのみや游戯ゆうぎ・二四歳! ハフハフ白雪しらゆきちゃん!」

「……。そちらの改造学生服は」

運姫ゆうきだ。容姿端麗、たえなるボイス、歳は一七で、デンパ系を極めようとして鉄塔に登ったときに稲妻に打たれ——雷の性質をまるごと掴み取った少女」

「キショめ。……私が聞かれたのに、なんで雄魔が答えるの」


 キャラクター性があまりにもんでいた。

 さしもの白雪とて絶句して、どうまとめあげたものかと当惑する。


「うぅむ……いのぅ、メンツ」

「もぉ、冗談キツイなぁ白雪ちゃん! たしかに究極デンパ系ヤンデレと、ストーカー系勘違い男子は濃いけどさ。でも私は常識枠で、」

「二次元幼女にベタベタ甘えようとする女性社員オーエルのどこが一般枠だ! それなら、PCゲームヒロインにガチ惚れした男子大学生の方がマシって道理だ!」

「……どっちもグレーゾーン。アンモラルに抵触ていしょく済み」


 み合わない歯車を見ているよう。そこに呆れた修理業者二人が、運姫と白雪だ。

 まさに凸凹コンビネーション。その上、お互いが大切に思うパートナーが逆に、お互いのパートナーとなっている始末しまつなのだ。手に負えない。


 しかし、だ。


「————。こんなクダラナイことで争うひまなんざねぇ。取りやめるぞ」

「そうね、さすがに同意見かしら。だいたい、どうにも私たち死んでいるみたいだもの」


 あっさりいがみ合いを止めて、真摯しんしな眼差しをする双方。譲れぬ要素で喧嘩する暇すら惜しいと、お互いに意見が食い合っているらしい。

 意外にも建設的。脇道にれても、道草ぐらいで済むようだ。


「白雪、だったか? この状況をどう見ている」

「ぬ。どちらかと問われれば、そのセリフはこっちが言いたいぞぅ。なにせ、とデンパ女は呼び出された側じゃからのぅ」

「むしろ問いただしたい。どうして、次元じげんの異なる私たちをここに呼べたのか。……デンパ女って私?」


 まずは話の方向性ベクトルをさだめる。


 すると白雪と運姫は、話し手ではなく聞き手を主張。なるほどテリトリーとしては三次元に部類するこのセカイ、原住民である游戯と雄魔に話を聞き出す方が普通だ。


「どうして、って言われてもな……。すまない、機械はサッパリだ」

「おちゃまね。……けど、残念ながら科学分野じゃないわよコレ。どちらかと言えばオカルトに入っているわ。それこそ——そうね、伝説上の存在をつれてくるだとか、誰かの体や意識をヨリシロに呼び出す、だとか」


 幸いにも機械方面に詳しい存在はいた。が、いわく関係性は見つからないと断定。いっそ霊的な方向にこそあると言う。


 となれば、


「白雪ちゃん、魔術と魔法のエキスパートよね。思い当たる術式だとか……あるのかしら?」

「おい待ってくれ。そもそも、現実的に考えて魔術だとか魔法だとか——あるワケがないだろ。そんなモノがあれば、今頃いまごろセカイはひっくり返っている」

「……それ、セカイで解明されていない物事を前にしても言えるのかしら? 今でも未解明があるのよ、そこら中にね。科学がどれだけ進歩しても、データ演算できない〝何か〟……それを、怪奇現象だけで済ませるなんて勿体もったい無いわ」


 常識からモノを観て、雄魔は反駁はんばくする。

 しかし一蹴。のりえねば観えないモノがあるように、常識の枠組みにとまっていてはがやはりある。


 それを示すよう、白雪は物語る。


「魔術だの魔法だのは、まず。そこにと認め、それから手順を踏んで悪魔契約をり行う……。まぁ、よっぽど魔術が普遍化しているのならば、それは省略できるがのぅ」

「認める————? ある、のか?」

。問題は、手順を記録した物品があるかどうかのものでしかない。そして、しょせん契約モノじゃ。もあってのぅ」


 我がことのように語り、緩急かんきゅうをつけて話に引き込む幼女。


「たとえば魔力を単位として数えてみる。一個の魔力でひとつの魔術——そのレートを理解していなければ、使。まぁ悪魔じゃし、平気へいきで取引を騙すぐらいはしてくる」

「世知辛いなぁ……っていうか、そんな気軽なものなのか」

「うむ。じゃから、デタラメに魔力の才能があってもダメじゃ。しっかりとした教養がなければ、ロクすっぽ扱えぬ」


 ちいさくかぶりを振る白雪。さも実体験があるかのよう。


「——で? その魔術方面から見て、なにか関連はある?」

「降霊術かもしれんのぅ。或いは錬金術。魂を別に肉体にめたり、その肉体を用意するために素材をあつめておったり——まぁなんにせよ、キナ臭いとすればそれを用意した者、じゃが」


 白雪は活路を見出せぬ、とばかりに頭を悩ませる。運姫もまた、答えを出せずにいる。


 だが、外側からおとなったふたりは実態を知らぬだけ。わば、お友達の家に来たけどお友達が母親に怒られている、なぜだろう、の気持ちだ。

 だから、暗中模索ならざる二人——雄魔と、游戯の出番でばん


「なぁ、もしやすればあの主賓しゅひんが怪しいのか?」

「十中八九そうでしょ! ここまで来て疑問系にはならないわよ。しっかり、明敏めいびんに横線で繋がっているわ」

「……だが、アイツはこんな俺にも話しかけてくれてだな。うっかり突っぱねてしまったが、アイツは間違いなくイイやつで、」

「ピュアか⁉︎ なによ、これだけハッキリ応接できるのに、アナタってば友達少ない系の子なの⁉︎ ああもう現実世界は謎めいているわよね、まったく!」


 世知辛いのはどこも同じらしい。

 雄魔のやや悲しき状況が露見したところで、聞き逃せぬ話題がでた。


「む。主賓じゃと?」

「えぇ、そうなの。私たち当選者は、それぞれ人生で最愛の作品をもちよって、その作品内で出てくる——いわば人生ひかり光たりえる存在を、求めに来た。結果は成功ね」

「最愛の作品……作品内?」

「……ああ首をかしげてしまうわよね。けれど事実として受け止めて欲しいわこの差異を。白雪ちゃんや、運姫、アナタたちの物語はひとつの商品として売買されるの。それは人々のココロを満たし、あるいは刺激し、人のココロを動かす原動力として機能する」


 次元の垣根かきねを越えた存在めがけ、確たる部分をき明かす。


 よもや、空想上の存在に、空想を説くとは思わなんだ。なおかつややこしいのが、画面の向こうで生きる存在たちにとっても、

 雄魔や游戯が〝空想フィクション〟と断ずるものこそが、白雪や運姫にとってのリアルなのだ。


「お前たちにとってのリアルが俺たちの空想。逆もまたしかりだ。もしかすれば、セカイってこうやって変に線でつながっているのかもな」

「……そんなもの、それこそオカルティックじゃのぅ。フィクションがフィクションじゃあなくなる。お互いの境界線ボーダーライン——線引きがあやふやになる。

 ぬぅ。その主賓とやらは、何が目的でこんな真似まねを?」

「それがわからないのよね……。私がそうだから、雄魔もそうなんだろうけれど……推しに会える、ってことを聞かされただけでココロが揺らいだのよ。〝出来ない〟って決めつけることもできず、おめおめ足を運んだもの」


 謎が謎を呼ぶ。ひとつ謎を思えば、あらたに謎が浮かんでしまう。

 しかし忘れてはいけない。中々に切迫せっぱくした話題、込み入った案件であるが……


 事の発端ほったんはとどのつまり、勘違いオタクの失態である。


「……なぁ、マジメに話し込むのがやや恥ずかしくなってきたぞ。結局、俺も、お前も、その……推しに会えるなら行こうかな、ぐらいで来たって話に帰結きけつするワケで……」

「————っ。やめて現実問題にしないで! 言うなればそう、これは二次元キャラクターがここにいるからこそ成り立つ痛々いたいたしい会話なのよ! リアルシチュエーションを持ち込まないのは鉄則、というか中二病にいちばん言っちゃあいけないセリフだからァ!」


 いやに裂帛れっぱくをまとい、游戯は雄魔の肩をがしりと掴んだ。


 されど、ガヤ——それも中二心ちゅうにごころをくすぐるようなセカイに住んでいた側からすれば、痛々しさこそがリアル。心を痛めるふたりを他所よそに、いやいっそ包み込むように、


「ふむ……。では、その主賓とやらに問答を押し付ければよいワケじゃ」

「ン。じゃあ私、電流つかって遺体の意識をよみがえらせる。後のこと宜しく」

「心得た。では余が、いわゆるソナタらの現実世界——三次元のセカイに、く手段を講じるとしようかのぅ」


 飛びう興味津々なセリフ回し。心が揺らいでしまう。


 さて、では情報共有もそこそこに、異物ふたりは立ち上がる。

 そこでいの一番に運姫がバチリと稲妻いなずまをまとい、冷ややかに雄魔を見下ろし、


「ひとまずふたたび殺す。戻るために」

「ん? んゑ? ヤ、もうちっと説明が欲しいな、とグィァアア⁉︎」


 心臓を一貫ひとぬき、するどいボルトが駆け抜けた。人体をくぐりぬけて床材をがし——だがヴァーチャルじみた空間なので、床も天井も壁も関係ないように思える。


 そんな不思議空間でも、死は存在するらしい。

 継語つぎかた雄魔おうまはパタリと倒れ、デジタルな妙空間に身を投げ出す。


「うわぁお。……フシギ空間だと思ってたけど、もしやコスト削減の要素アリ? 置かれた私たちトーチの立ち位置だけを描画びょうがしてる感じだなぁ。安っぽ」

「……ユウギ。ユウギはコレみたいに殺したくない。だから抱きしめる」

「んんえ? ぬぉお柔らかいな……」


 感心と落胆らくたんをのぞかせる游戯。そこへゆったり柔らかに抱きつく運姫。

 雲泥うんでいの差がすぎる。ほとんど予告ゼロにも等しく雷撃を放たれた雄魔と違い、游戯にはやさしいハグをしているなどと。


「ごめんね。一度、殺すよ」

「……人間とは思えないセリフだよね。そして人間に向けセリフでもないねアビャ」


 ひどい断末魔とともに、ひとりの女性は、ヤンデレの胸の中にうずまった。

 せめてもの白目をいて即死した顔だけはさらすまいと——或いは、デカめな双球バストにすがるような。


 受け手の解釈次第では、あまりにも変態性の高い死に方だ。それでも運姫は游戯を愛す。それこそ愛のカタチが多様性であるように。


「……ひどい愛憎劇じゃ」


 その一連をあますことなく見届けて、白雪はチョークをとりだす。魔力を固めた軟性のそれは、あたかも口紅くちべにのように接地するたびに魔力をぬりつけ……


 出来栄できばえのすばらしき魔法陣が誕生。ただちに魔力がみなぎって、燐光りんこうをともす。


「ほぅれ、雄魔を寄越よこすのじゃ。だが丁寧に、要注意で渡すのじゃぞ」

「はい」

「ぬぉあ蹴り飛ばすな! 思っておったが、わりと悪戯いたずらっ子じゃろぅソナタ‼︎」


 きたなめのモノを渡すように、雄魔が宙を転がる。

 目の付け所はそれよりも、やけに人体を足先だけで宙に浮かすことが手慣れていることだが……


「金属質の小物があるのなら、それを電磁でんじパルスで浮かばせる——見かけ通りにテクニシャンか。まったく恐ろしいのぅ」

「あらためて解説されると照れる。恥ずかしいな」

「ソナタだけは分からんわぁ……。掴みどころないのぅ、ホント」


 小競り合いも終了。

 両者ともにみずからのパートナーを担ぎ、抱き、


 それはしくも、マッチタイミングであったらしい。

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