第8話



 検察を試みてより四半秒しはんびょう

 


「づッ————⁉︎」

「ヒット。怪しいな。怪しいからもっとつ」

「ハハハ、話を聞く気ゼロですか? 嘆かわしいことで‼︎」


 改造制服をひらめかせ、宙空を滑り、稲妻をところ構わず撃ち込むカノジョ。どうにも一方的な口調は、対話を望めなさそうである。

 しかしながら、


「だが自己紹介は大事。大切。——私は運姫ゆうき、そちらは?」

「……掴みどころがないですね。あ、峰河みねかわ業理ごうりですお見知りおきを!」

「うん、自己紹介終わり。そしてあなたの命も終わり——」


 攻撃の手が休まったのは、その一刹那ひとせつなだけ。

 そして最初に補足しておくべきか。配線を床材裏に仕込んでいたことは悪手だった。はじめての場であるハズ、運姫は地の利を獲得ゲットしたも同然。


 電磁波を形成し、配線がかたちづくる磁場とは真逆に反発——その作用をすっかり利用してしまって、今や運姫はリニアモーターカーに匹敵ひってきするスピードに達している。


「お速いことで……っ⁉︎ その上、ハハハ! 雷にるいする能力者とあらば、二次元からの来訪者——フフハ、これじゃあ僕の有利性はいっさいゼロでございますね!」

饒舌じょうぜつ。……末期まつごの祈りを判断しづらいからウザったらしい」

「なるほど。では喋り続けることが僕の有効打……ではないですよねぇまったく‼︎」


 横合いから雷撃。

 すかさずダッチロールでかわし、業理はそのまま壁際へころがり込む。ややもせず隠匿しておいた隠しスイッチを連打、警備システムその一が猛威もういをふるう……


 天井裏にしかけた監視カメラ、その正体は多脚自律じりつのレーザー兵装である。


「レーザー照射。……


 ガシャリと落地し、たちどころに砲門アイが加熱——ゼロコンマ数秒以下の照準を終えるや、正確無比に超高熱のレーザーをはなつ。


 もっとも、レーザー兵器につかまる運姫でもなし。

 そして、はじめから多脚の機動力にこそ脅威性を見切みきっていただけに、運姫はしたたか床をふみつけた。


「い、おぉっと⁉︎ っ、ハハハ……下の配線に電流流して、接地せっちしてる多脚を感電させたのかい……? ああもう強いことだなぁホント!」


 あしを奪われ、ともすれば雷足に踏み潰される兵器。


 ほぼ同時に、ずいぶん距離の離れた位置合い、業理がふたつめの隠しボタンをプッシュ。


「ユニーク。手数てかずが売り?」

「……まぁ魔術師やってますからね。自分の工房のひとつやふたつ、持っておきたくて」

「それにしては科学の兵器ばかり。魔術分野って、手駒しもべとか作らないの?」

「たんに僕がハンドメイドが苦手なだけですよ。ああホント、こういう場面に出会しても大丈夫なように!」


 お次はハンパに人のかたちをした兵器。片腕をチェーンソー三枚刃、もう片方をガトリングガンにされたもの。……脚は立体的な機動を目指してか、いびつな四足。

 凶暴そうだ。一機のみである以上、コストがかなりかかっている筈。


 運姫はやおら構えを取り、両掌に紫電をたくわえ——がてら、すこし問いを投げる。


「パートナー。……じゃあ、あなたは原住民さんじげん? それとも別途にじげんの?」

「ハハハ、あなたの表現で語るなら別途ですね。それでいて、我がパートナーもまた別途にいるべき存在でして。……うぅん、難しい説明になりますよ。魔術の知識、ございます?」


 怪物ロボットを挟んでひとつ、与太話をもちこむ。

 お互いにいちいち怪物を気にする性格ではない故だ。それでいて、お互いにこれしきの怪物が弊害へいがいになるとは思っていないらしい。


 証拠に、モーター駆動めいた轟音をひびかせた怪物マシン——その首から上が、突如として激しく横揺れした。空気に雷流をわせて、予想外の挙動をエミュレートする……

 たちまちマシンの内蔵バッテリーは異常をきたし、鉄塊てっかいへと意味をおとす。


「うん。これはダメだな。いたずらに研究費をロストするだけらしい、しかも今のロボットはつくりかけだから戦うこともできなかったのに——ハハ、思い切り潰したもんね、躊躇なく」

「聞きたいことがある。だから無力化に打って出ている最中」

「……なるほど。じゃあ降参でお願いしますね」


 ふかく頷いて、不利をあからさまに理解した業理。一般的な炎だの水だの、といった能力持ちならイザ知らず、さすがに雷系列けいれつはいけない。

 現代日本では機械文明が主要なのだから、変に電気知識をみにつけた相手は対処できない。戦うよりも、相手の要求を聞いてみた方がマシだ。


「素直。裏腹うらはらになにか企んでる?」

「ならもっと気持ちが楽なんですがね……。まぁ、ひとまずあなたのお話を聞いてみようと思いまして。ハハハ、後ないんですけどね」


 両手を肩から上にあげ、そのまま秘蹟ひせきスイッチ満載の壁からも離れる。敵意ゼロを示し、そしてそっと相手方を刺激しないように腰をおろす。


「……うん、無力化。じゃあ私の出番終わり。あとは一任」

「——うむ。まぁ蹂躙戦ワンサイドゲームもいいところじゃったが、ぼちぼち上等じゃ」


 降参宣告。


 するとカノジョからは秒刻みに戦意は掻き消えて、代打だいだ、よりちいさな背丈の銀幼女シルバーロリータがひょこりと姿をあらわす。今の今まで運姫の後ろ背に隠れていたらしい。

 対話専門として起用されるのが年端のいかぬロリっ子、というのも奇妙な話だが。


「……ちいさなご客人だことで。ええと? ご用件は?」

「どちらかと問われれば、用件はそっち持ちじゃろう。余はただ、その用件の次第を問いつめるのみ。まぁ、鵜呑うのみにできんことが予見できるがのぅ」

ひねこびていますね。ヤ、次元のはなれた存在ですから納得できますが」


 てくてくの効果音をともなって、可愛げのない幼女はせまる。


「手始めに。とデンパ女をここに引き寄せた手段を話せぃ」

「おっと? 潤沢すぎる知能体がふたりも揃っていてなお、解答には辿り着けなかったのですか。フフン、我ながら発想力は捨てたものでもないのですね」

「たわけ。とうに回答間近まぢかのモノはある。あとはソナタの解答と余の回答とを照らし合わせるだけでしかない」


 さっぱり演算装置の失せたホール内、知恵者ふたりの対峙が幕をあけた。


「……このセカイでは面白いことに、あなたのような超常の存在をストーリーとして取り扱います。ゼロからあなたのような存在を考え出し、製作し、記録媒体ディスクにおとしこむ。……ですから、あなたの存在を確立させる土台として記録媒体をつかいます」

「……ふむ」

「ですが、さすがに。人間を生み出すとなれば、情緒じょうちょエミュレートは必須。大枠ができあがっても、人間性は事足りない。

 だからこそ、ひとつの作品に心血しんけつをそそいだ個人の感想・解釈が必要になります。いわゆる受け手、プレイヤーとでも呼べる存在ですね」


 着眼点はすなわち、作品を作る側、作品を受け取る側、作品内で生きる側、だ。それら三つの要素ファクターを土台にしてこそ、次元の垣根をこえる手立ては生み出されると……


 しかし、そこにつっかえる事柄をおぼえて、かくれていた游戯ゆうぎがかみつく。


「待ちなさいな。……アナタのその理論じゃあ、たしかにラブコメだったりドラマテイストな普通の人間は構築ビルドできるかもしれないわ。けれど、異能者いのうしゃ——炎や風、雷とかあやつれるは、たかだか人間をつくる仕組みでは再現できない。

 そうね。せいぜい能力だけ抜け落ちた一般人、ができあがるぐらいでしょうに」

「おいっ、白雪が隠れているようにと……!」

「おおっと死亡参加者さん。……ふぅむ鋭い。つまりは、天変地異をみずから行えるような、それこそオカルティックかつ三次元では説明のつかないチカラを宿した存在は——僕のやり口では呼べないと?」


 游戯のそれは、科学の面から説明不能なものをこばむということ。このセカイで成り立たない現象はすべからく、セカイの側が拒むはずだと。


 だがブーメランだ。


 セカイが拒むだの怪奇かいきを前提としておきながら、怪奇現象は起こり得ない?

 ——このセカイに巻き起こる現象のいくつかに、科学で説明のつきそうにないことがあると口火を切ったのは、游戯だ。


 そして、その説明がつかないものに該当することが、ここにある。


「……ではこう語ればイイのかな。僕はこのセカイの住人ならざる者、ですが?」

「「————は?」」


 これにはたまらず、雄魔おうまさえも声をあげた。

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