第6話



 科学技術の発達は恐ろしいものだ。ちょいと居眠りをしてしまえば、文献のうつろいが凄まじいこと。最前線からまたたきの間に蹴落とされる。

 だから非科学を学び始めた。古きをとうとび、古きから新たなる芽を摘む……

 魔術のセカイは、すっかり彼を受け入れた。


「……まァ。そう手っ取り早くはいきませんよね」


 ひとり、主賓しゅひんと名乗った男はぼやいた。

 彼の目の前では、敷設していた降霊装置が


「フ————大事な人とともに、恨みつのりをぶつける。その対象はセカイそのもの。まったく主人公気取りはなはだしい、僕は、この場に主人公は二人しか呼んでいませんのに」


 培養器ばいようきから生物兵器が出てくるよう。さんざん電子部品をクラッシュさせ、光学迷彩でしきりに隠していた魔法陣をふみにじる。

 そろい踏みだ。男女ふくめた二○○と九八。彼らに並び立つのは、同数の別次元生命体。

 断言できる。全世界の軍隊をこのばに取り揃えても、歯向かえない。ゼロコンマ数秒以下で全滅する未来がやすやす見える。

 けれど、主催たる男性は泰然たいぜんさをそこなわない。


「三次元の皆さん。二次元の皆さん。こうも一堂いちどうに会するなどと笑止千万。数に頼るなど小物ド三流のやり口ですよ。

 ハハハハ、まさかそんな。主人公を気取って最愛のパートナーを呼び出したあなた方が、小賢しく小競り合いをしたいなんて言いませんよね」


 流暢りゅうちょうな皮肉を滑らせる。

 その頬横をズドンと通り過ぎた、水圧レーザー。


「フフハ、口を閉ざせと? ああ嘆かわしい。弱っこくて、まどろっこしい——ひどい軍隊アリだ。女王すらかつぎ上げられないとはね」


 あくまでも泰然自若。さいさんにわた水圧砲クラクションが耳横を掠めようと、動じることはない。すこしも耳に留めない。

 その自信の在りどころは何であるか。こうも倨傲きょごうさを張れるのは、何故か。

 ともすれば解答をもたらすように、水圧を操っていた術者が戦慄おののいた。


「こい、つ……はダメだ! 当たらない、いや当てられない。‼︎」

「おや流石は別途のセカイにいるだけはありますね。それとも事例がおありでしょうかね」


 優形やさがたの笑みを手向ける。それがあまりにも脈絡不明で、恐怖の種で、


「さぁ蜘蛛の子を散らすように、去ってくださいな。これこの通りなにをされても無意味なものでして……フ、僕をどれだけ叩こうが時間の空費。それに止めるつもりはありませんし、いっそ後押しするつもりでおりますからねェ」


 本物の怪異を前に、さすれば常人たちは一歩退く。生物にそなわる危険信号が、彼らの精神をじりじり揺さぶっている最中である。

 では、総仕上げとばかりに。

 ————空気が震撼しんかん。予兆もなしに、のこっていた二つの装置が法外な火を噴いた。


「……ハハハ。絶好すぎるタイミングなことで」


 尻尾を巻いて逃げゆく多勢をみおろして、ひとり、ぼうっと呟く。

 火を放るよりも明らかに、人の波はそれぞれの脱出口へ赴いた。窓枠を蹴り飛ばしたり、機能停止したハズのエレベーターを電流で復旧させたり、高熱レーザーで直下型の降下口をつくりだしたりと。

 レパートリーは種々しゅじゅとある。その都度、遠慮なく会場はめちゃくちゃに荒らされる。


「せめてもの利口に帰っていただけませんかねぇ……」


 喧騒さが八割増しになり、だが秒刻みに静けさを取り戻す場。粉微塵にされた電子機器を見ると、多少なり心にクルものがあるが……

 さても瑣末さまつなことに構っている余裕はない。

 男はふところにしのばせていたタブレット端末を操作、ひとまずをカメラにおさめる。


、——フフン。面白いことですよ魔法に科学ゥ? いわく綯交ないまぜにしたくない二要素をもちかけるとはね!」


 興味は尽きぬとばかりにメモ機能へとシフト。指先のタップは止まる目処めどがなく、湧いてしかたない推論をどさどさ仕上げていく。

 皮肉なものだ。科学分野の学会から距離を置いた身が、こうも面白可笑おかしい発見をしてしまうのだから。もっとも、魔術に片足をつっこんだ以上、科学に向けてこれは科学と言い張れないものだが。

 すると予兆もなく。——男の薄型タブレットに通話がなげられた。


「だぁあなんだい急遽きゅうきょに⁉︎ 今日は一日中、興味が僕につきっきりだと言ったハズだが‼︎ そして邪魔をするあなたは、つまり敵対したいと、」

『うるせ。っつーか騒ぎの種をいた人間が、藪から棒に責任から逃げられるとでも? お前がき付けたバカどもが、国めがけて戦い挑んだんだ。もう三日も保たないぞ、このニホンって国』


 そえられた詳説文に、男はうごきを止める。


「……。そりゃあ困りものですね。しかも早計かつ勘違い——やっぱり主人公に向いているのは、あの二人だけらしい」

『ふーん。あれだろ、お前が目をつけたっていう』

「ええ。、僕の想定における主人公です。——ですので? あなたはいつでも出動できるよう身なりを整えていればいいだけ。フフフ、簡単なミッションですね」

『だといいな。あー、どうせ暇な時間とかねぇだろうな』


 あからさまに嫌味いやみを含んだ応対。

 それでも男は顔色ひとつ変えない。


「で? 要件は済みましたか、これで」

『いや、最後に一つ。——近傍の地熱発電所。そこに一組、悪巧わるだくみしている』

「心得ました。、向かわせましょうかね」


 ブツリ、とそこで通話終了。たっぷりの諷意ふういで彩られた会話は、まったく余人からすれば理解に苦しむ。

 なので主賓たる彼は、当事者たちに目線をもどし……


「さぁ。そろそろ第二の生ですよ、御二方オタク

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