第5話
それだけに、現実世界ではとてもお目にかかれない雲の上が信じられなかった。
「あ、アァ……?」
スプリングでも仕込んであるかのように、上体を
ためしに、胸ぐらを触れてみる。
「……? ふぅん、
本当に嘘のよう。ヒロイン
そこで、可能性を否定しにかかる声、
「……ム。起きたかのぅ、雄魔」
「————は?」
雲間に紛れるよう、しっとり佇んだちっこいの。腰を折り、静かに
そんな妙ちくりんが、
「ほぅれ、ソナタの大好物、膝枕じゃぞ〜。ほれ、ほぅれ」
「……なんだお前。っつーか、膝枕、だぁ……? された覚えはねぇ。そして、お前に見覚えなんざ毛ほども、」
言いさして、止まる。
見覚えはなくもない。雄魔はこの居姿を、甘ったるいボイスを、こちらを必ずや
ブルーレイがつい最近に発売された作品だ。とりわけ、一人のキャラクターが刺さる層を選ぶだろうと話題を呼んでいたもの。
「お前……
「うむ。たしかに余は白雪で間違いないのぅ。フフン、魔術の祖、はじめて世界を一○○○○年とおさめた王——で、違いないのぅ!」
「……そうか。ああそうだな、ネットCMでもこんなキャラクター性だったな」
銀の幼女はシンデレラバストを大いに張り、誇る。
この
「生憎だな。それに冗談だとすればタチの悪ぃ。俺はずっと前から心に決めている、アプローチがどれだけしくじろうが
「ふむぅ。……はて、それはあ
「ん?」
風にでもそよぐよう、あらぬ方角を示す指先。ちっぽけなそれにつられ、雄魔はぐるりと首を回し……
やがて、つくづく巡り合わせのわるい運命へ
「はな、ッ、離れろぉう! 私よりふくよかな胸を押し付けるなッ、
「拒まれてないと感ぜる。だからもっと
「ぐ、がががが……っ! 多幸感……‼︎」
見知らぬ女性が、見知ったカノジョに組みふされている現実。現実感の乏しい現段階、もっとも現実味から離れた光景であった。
しかしリアリティ——ヴァ―チャリティからえらく
ただ、その点にかぎれば向こうも同様。
見知った顔が、見知らぬ顔の隣に
「おうおぅなんだよそこなアナタ! 隣にいる子、ウチの子でしょ返して! このヤンデレっ子を代わりにしてあげるから、返してよ!」
「そりゃあ願ったり叶ったりだ、な、……だが」
むろん、この幼女を召喚した主人が彼女であるか、そもそもこの女性はテスター参加者であるか否か。順序をただして問いただすことは山積みだったハズだ。
それらをすっぱ抜いて、ダイレクトに目の前の大切な存在をスワップしよう、と。
「できたら苦労しないんじゃあ、ねぇのかな……?」
「何を……?」
直感にすぎない。雄魔は隣の幼女にも、べったり絡みつく目の前のヤンデレにも、不穏なファーストインプレッションを感じてしまっていた。
とりわけヤンデレさん——運姫は、
「まだ生きてるとか笑えない。しっかり貫いたのに、深度が足りなかった? なら今すぐにでも即死の刃をあげる」
雄魔を見るなり、不愉快げに目を
「こ、ォ————っ……ぐ、あ……ッ」
「ちょ、いくらなんでも嫌われすぎよアナタ⁉︎ 何、どんな不貞を働いたの?」
もはやデレの部分を省いただけの存在だ。雄魔に対する風あたりは、仕留めたハズなのにしぶとく生きている虫ケラ同様。
さしもの雄魔も卒倒しかけた。
いやしかし、液晶画面越しでは日常茶飯事であった。ずば抜けて好感度をあげづらく設定された運姫は、ヤンデレとしてのゾーンに入るまでが長い。それでいて
だから、もうちっとやそっとでは心を折らない頑強さを手に入れたハズだ。
「リアルと、ヴァーチャルの、……決定的な差なんだよなァアアこいつがァッ」
「な、によアナタ……どんな複雑怪奇な表情なのよ……?」
次元をひとつ
被虐体質でもなければ、責め苦に喜びを見出すこともない雄魔。当然のことながら、推しに
ある種、営業スマイルのようなものを期待していたのやもしれない。あるいは、作中での冷ややかな態度に接することはないだろうと……
故に、非情さを味わった気になって、雄魔は
「……あ、もしかしてこの子、アナタが呼び出したのかしら? だとすれば——うぅん、そうね。……辛いわよね。いいえ辛すぎるわ。あんなもの絶対的な拒否だもの……っ」
傷心し、
ああしかし、
「ぬ……。今さっきのべっとり甘やかされるだけの
「ヅァァァアァアァァァアア⁉︎」
いよいよ口火を切った銀の幼女、白雪。誹りの矛先は女性へと向いており、くわえて面識のある
だが特筆すべきは、人の身にあまるような阿鼻叫喚をあげた女性。
「あ、ぐおぁ……ッ、冗談だよね、白雪ちゃん……⁉︎ アナタはいつだって母性の
「……ふむ。言語が通じぬか? ではありていに。……興味ないぞ、ソナタに!」
「グギィアアァアァァァアアッッッ‼︎」
あたかも神経を野ざらしにしたように、喘ぎ叫ぶ女。激痛に
しかし、こちらも雄魔の例を
そこで新たなる主人の
「ほぅ? 刃としての機能を備え、警棒のような打撃もさることながら、生体電気の流れを銃弾として撃ち出す——なかなかの三要素じゃ」
「……説明していない。一目で、そこまで把握を?」
「何、
それぞれが
「不思議。出会ってそこそこもしないクセ、恋人顔。……フシギ」
「そういうソナタとても、出会って数分もたたずにそこな女郎を愛しておるのじゃろう? フフン、十二分な異常じゃよ。
……それだけに、訪れたこのセカイがきな
「イレギュラー?」
「うぅむ。まぁ一口にこれだ! と断言はできぬがの。……なにかしらの不都合が、呼び出されてよりずっと体を
「
「違和感? それとも嫌悪感?」
「どちらもじゃ。ココロの在りどころがここじゃないと騒ぎ立て、その
「ヤ、それは趣味嗜好だから。私もそう。だからフシギ。ここのセカイ、さまざまな得体の知れない存在が
かねてより二次元上にしか存在しえないヤンデレと幼女。ふたりは
それでも決定的なマスターピースが足りていないので、推理パートとはいくまい。
はじめに白雪が溜息をこぼし、しとしと泣き崩れる雄魔のとなりに座禅する。
「うむ。しょうことなし。……やや気は乗らぬのじゃが、探偵ごっこめいたことをせねばなるまいて」
「ふぅん。乗った」
「ほほぅ存外、話の分かる奴——。そぅれ、そこな女郎を叩き起こせ。ひとまず、このセカイにもともと住んでいる二人から事を聞く方が、
いつのまにやら話の主導権を
ただし、運姫にとって不思議とこの幼女は好ましい。少なくとも、ずしんと沈みこんでいる少年に比べれば、だが。
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