第4話
本日——
都内某所、その林立するビルの大群。天を貫かんと
もっとも
なので、今日も今日とて社会を動かす皆々を
それに秘匿がどうの、とメールには刻まれていた筈だ。こうも目立った
「(いや。内装はほんとうにシンプルきわまりないんだがな……)」
物々しいハードウェア一式と、そのかたわらに
紛うことなき研究施設。ただ薬剤もひっ
「(ずいぶんな大荷物ぞろいだな……ァ? もしや持ち込める記録媒体に制限がない——ってオチか? にしても単一に絞り込めないほど愛を分散している……とも思えねぇぐらい上級者な気もするが)」
そこでふと、
当選者三○○名と言う。であれば参加者はきっちり三○○人だろう。この機会、みすみす見逃すようなオタクはいない。……いやオタクに限らず、なにか大切なものが二次元上にあるのならば、蹴ったりすることはしない筈だ。
そのほとんどが、恐るべき荷物を
「(なんだってんだ……⁉︎ ンでそんな戦場を駆け抜けた
一世一代に臨むよう、各地から
彼ら彼女らは、なにを持参した?
いち作品を愛するアイテムを、こうもどっさり持ち込んだとでも?
「(末恐ろしいだろうが……ッ、それほどまでかこの界隈は⁉︎)」
生唾を飲み下す。雄魔はここにきて、肩掛けバッグのみの
いや、いいや。つまりそれだけ、渇望していた人がいたのだ。
明日を求めるよりも先に、別次元の愛しさをここに呼び寄せるような——そんな不条理を、心の底から願っていた人がこれほどいるのだ。
すると、
「よくぞお集まりくださいました。
吹き抜けのメゾネットに、ふりおちる
長ったらしい螺旋の段差、そこから照りだされたのは
「それぞれが
引き換えに。その結果・結末を
御高説をよくも噛まず立て並べ、アンダーフレームの眼鏡ブリッジを押し上げる男。整った顔立ちだ。彼だけが先駆者であり、次元を超えてきた一人目——と語られても、すなおに信じきってしまうほど。
おもわず雄魔は歯を噛みしめた。歯の根が震えてしまいそうだ。ほんとうに存在感からして
「では説明つづきもなんです。手元に資料があるワケでもなし——なので、実際にシステムに呑まれてもらいましょうか」
邪気のない笑顔、細められた瞳は純真さをかもし、
ふと。
カタチよく開いた瞳と、雄魔の目線とがカチ合った気がして、
「……。ではメールに刻まれたナンバリング装置にどうぞ。あぁ、電子機器を預ける必要はありませんよ。そして——もちこんだタイトルをリアルに味わいたいと言うならば、装置内でどう
雄魔からすぐに目を離し、朗々と
すると周りがやや色めき立つ。中には大荷物からコスプレ衣装を取り出し、ちいさくガッツポーズする者さえ。
——なるほどカタチから入るタイプの究極系。原作内でもし学園モノであるとすれば、自作した制服に袖を通しあたかも自らを主人公に見立てよう、と。
無論のこと、アンモラルも然り。感触さえパーフェクトに再現すると言うのだ。場に相応しいフォルムとやらが、あるのだろう。
「……ふぅー……ッ」
自分を律するよう、息をはきだす。
メール記載の識別番号は〝七〟——数字の順列はあべこべなようで、探すのにわずか手間取った。
では、始めよう。ボタンひとつでディスクを欲しがるデバイス。鞄をおろし、丁寧に取り扱っている特装版ソフトを開封……
たちまちトレイは円盤を飲み込んで、苛烈なモーター稼働をはじめた。
いかに超テクノロジーといえども、その
ところで、それから
「ここに、……入るのか?」
「えぇ」
「ぬおッ⁉︎ ……あぁ、
「あぁ、僕に気兼ねすることはありませんよ。感情のイロイロは須く、ご自身の大切な存在に注ぎ込んであげてください」
おもわず呟いた折、気配もなしに近寄ってきた主賓。——警戒に
当然だ。どんな善良さを持ち合わせているにせよ、偶像をリアルにしてしまう技術を作れたとすれば。
ふつう、公にすることもしないだろう。どんな謀略よりも難攻不落、
「……」
「どうしました?」
「いや、べつだん何も。……これだけ人があつまるイベントなのに、アシスタントの一人も雇っていないんだな、と」
心の内を勝手に
すると、やや苦笑めいたカタチに表情を曲げ、主賓はかたる。
「なにぶん研究資材を一挙、投げ込みましたからね。スタッフを雇う賃金があれば、そもそも僕はマシンの改良・改造にひた走ります」
「……研究者のサガ。とでも?」
「いえ。熱心と狂気は
素早くうごく唇、それを
「……お前の一概ですべて動くワケじゃねぇだろうが?」
「
「上っ面だな。誠意がない、そもそも芯がない——お前、正真正銘に掴みどころのない奴か」
「達者な眼ですね? ああたしか、予備情報では神社の一人息子だとか……フゥン気になりますね。神様からギフトでも授かったり?」
胸倉を掴み上げられてもなお、主賓の若人は表情をくずさない。あくまでも我がペース、彼は
この一悶着で理解が及ぶ。雄魔にとってこの男、関わりつづけるのはゴメンである。
「まァいいさ。とかく、人を貶すぐらい目を瞑ってやる。が、——今みたいな本気の奴を
「……。ほんとうに、達者な眼で」
男はそう
後にも先にも、ハイパーテクノロジーの創始者めがけ恫喝
それだけに、主催者の目を引いた。
「————ここに入るだけで、システムは起動するのか?」
「おや、喧嘩めいた吐きゼリフの後に質問できるなど、フフ見上げた
「そうか。ならさっさと去れ。シッシッ」
「……今時期それを使う人もいるんですね。断定できます、あなたは古代種だ」
会話もそれまでだ。
主催の彼はやっと場を離れ、ひとり、雄魔は待ち受けるガラスケースに爪先をひっかける。思えばショーウィンドウに陳列されるようで、言いようのない抵抗があるものだ。
ただし、根っこにある部分——人生に光を灯した〝推し〟と、ひとたび会ってみたいということが、雄魔を
次元の垣根を越えられぬ人間の身だ。こういった機会に鉢あった以上、みすみす逃す手はあるまい。
「(これが……——
乗り込んだ強化ガラスの筒。
だが見かけばかりは変哲のないガラスケース。本来の姿は、その筒先にいたるまでびっしりと配線を埋め込んだ降霊装置。
「(なん、だ……? コイツ、電気の感じじゃあねぇ……⁉︎)」
内外問わず、葉脈のように
「(あの男、いったい何のテクノロジーを使って……ッ)」
ギシリと切歯して、未知を前に
にしても、遅い。気づいたところでシステムは起動しており、扉はどう
ただそこに入る——とだけ、主賓の男は語っていたものだ。
「雄魔……ネェ。あの女のヒト、誰?」
「ッぐ⁉︎」
そこに、聞き馴染んだ声色が耳にふれる。
普段はダウナーのように声を落としたボイス、だが一転、心の浮き沈みによって高音域を弾き出す高音差バッチリの……
「運姫……」
「雄魔のカノジョは私でいいのに? 私が唯一無二で、そのうえ
闇に溶け込むよう、キューティクルを丁寧に
そう、運姫はただの人間ではない。
デンパ系をきわめた
そんな彼女が、カノジョであるたった今。そして他の女というワードがいきなり飛び出してくるとすれば、
「(シーン一五八——選択肢五つを設けられているクセ、その四つが即時バッドエンドを引き起こすトリガー……ッ)」
冷や汗が背筋をなぞる。空調の効いた、照明の落ちた部屋のハズ、じっとりとした暑さが雄魔を襲った。
これはヴァーチャルリアリティで再現不可能だ。部屋の奥まった物でさえもボヤけなしで見えるし、この場所の開放感と密閉感がいりまじった感覚が凄まじい。
まるで、このゲームソフトに入り込んだようなものだ。
しかし無言はいけない。ここは、クイックレスポンスを何故か求められるシーンなのだ。十秒以内がマストであり、それを
「運姫。俺がお前を愛していないなら、とっくに通報しているさ。運姫がなにをしても、それをしない……俺はな、お前のすべてが愛おしい」
「————」
「俺は、かぎりなく、
ふと、運姫の眉が
理由はわからない。クイックレスポンスはできた。主人公の台詞回しは暗記済み。この場面で運姫が取る行動とても、例に漏れない。
だのに、雄魔は口を横にひきむすんだ。
知らない。この挙措はわからない。未知だ。
いや、いいや。……違うのだ。これこそが、雄魔に足りない歳月というもの。あるいは公式の見解だけを
とどのつまり、リアルに面と向かった運姫というカノジョは、
「そんな
「…………ッ⁉︎」
ゲームという
それは果たして、情緒コンソールすら計算不可能な本物。どんな電子媒体でもパーフェクトに整えることのできない人のココロ。
「リミットオーバー……。そっか。雄魔の愛って、ていどが低いね」
「——違う。違うんだよ、運姫……俺はてっきり、」
「ゲームマスターの線路、ずっと乗り続けるの? 自分が考えたシナリオを走らないの? ぜんぶがぜんぶ、既定路線じゃないのに」
一歩、音もなく差し出された。
運姫はところかまわずプラズマを散らす。酸素をほどき、摩擦をかきけし。——いつのまにやらカノジョは、雄魔の
ああ、ここばかりは見覚えがある。何度も踏んだ
「————去って」
「づ、ァ————」
ながい刀身が一挙、背中まで一直線につらぬく。肋骨をするりと抜けて心臓をやぶり、激痛をもたらす紅の刃。
銃剣。運姫が肌身離さず携える、コンパクトな暗器だ。銃刀法をとうに廃止したこちらのセカイ、こうやって武器を持っているのは当たりまえ。
視野が
だが支えも四半秒で引き抜かれる。どんなフィクションよりも凄烈に血飛沫が
「運、姫、」
それが最後だ。最後まで意味もなさずネームを呼んで、
なるほどヴァーチャルリアリティを
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