第4話



 本日——


 都内某所、その林立するビルの大群。天を貫かんと聳立しょうりつせしタワーは、存在感と威圧感をふもとの人間に与える……


 もっともせわしなく行き交う雑踏は、いちいちビルの高さを気兼ねするほどフリータイムにまみれていない。たとえ土曜日だとしても、社会は動くのだから当然だ。歯車ひとつで動く姿などあるまい。


 なので、今日も今日とて社会を動かす皆々を俯瞰ふかんするカタチは、気に食わなかった。

 それに秘匿がどうの、とメールには刻まれていた筈だ。こうも目立った衝天しょうてんタワーで執り行うなど、秘蹟もなにもあったものじゃあない。せいぜい地下にこもって暗々裏、というものを予想していたものだ。


「(いや。内装はほんとうにシンプルきわまりないんだがな……)」


 奢侈しゃしな調度品のいっさいを取り払われた白色タイルの一室。

 物々しいハードウェア一式と、そのかたわらにそびやかす無骨なガラス機材。——繊細なカーブをえがく曲面は、鏡面仕様だ。


 紛うことなき研究施設。ただ薬剤もひっからまった配線も見当たらないので、確証は得られないが。


「(ずいぶんな大荷物ぞろいだな……ァ? もしや持ち込める記録媒体に制限がない——ってオチか? にしても単一に絞り込めないほど愛を分散している……とも思えねぇぐらい上級者な気もするが)」


 そこでふと、雄魔おうまは違和感を見てとる。


 当選者三○○名と言う。であれば参加者はきっちり三○○人だろう。この機会、みすみす見逃すようなオタクはいない。……いやオタクに限らず、なにか大切なものが二次元上にあるのならば、蹴ったりすることはしない筈だ。

 そのほとんどが、恐るべき荷物を背負せおっている。


「(なんだってんだ……⁉︎ ンでそんな戦場を駆け抜けた面差おもざしで、この場に立ってやがる……。荷物との共通点は皆無だぞその面構え!)」


 一世一代に臨むよう、各地から三々五々さんさんごごとつどった有志はキリリとしていた。おもたそうなボストンバッグ、背丈の倍以上あるキャリーケース……どれも、作品をひとつ持ってきました、の気概ではない。


 彼ら彼女らは、なにを持参した?

 いち作品を愛するアイテムを、こうもどっさり持ち込んだとでも?


「(末恐ろしいだろうが……ッ、それほどまでかこの界隈は⁉︎)」


 生唾を飲み下す。雄魔はここにきて、肩掛けバッグのみのおのれに恥じを見出してきた。……年季の差とはすなわち、ここまで大きく開くモノだろうか。


 いや、いいや。つまりそれだけ、渇望していた人がいたのだ。

 明日を求めるよりも先に、別次元の愛しさをここに呼び寄せるような——そんな不条理を、心の底から願っていた人がこれほどいるのだ。


 すると、


「よくぞお集まりくださいました。概数がいすう三○○の皆さん」


 吹き抜けのメゾネットに、ふりおちる精悍せいかんな声。ともにライトが光度を増すので、騎士のひとりでも出てくるのかと身構えてしまう。が、大都会東京でもそんな非常は起こるまい。


 長ったらしい螺旋の段差、そこから照りだされたのは燕尾服えんびふくの男だ。卦体なことに、フォーマルな服装なくせ、裾を引きずるようなオーバーサイズ白衣を羽織っている。


「それぞれがたけき熱意にあふれ、おのおのが喉奥から内臓を迫り出すほどに渇望する……すなわち、言い得るところの電子データ現実再現化。閻魔様にも神様にも知れ渡るように、このセカイの住民手帳へとタマシイを記してあげる——そのささやかな助長を、僕は致しましょう。

 引き換えに。その結果・結末を是非ぜひともモニタリングさせてもらいましょう。どんな非道徳であれ、どんな美学であれ。許容しましょう」


 御高説をよくも噛まず立て並べ、アンダーフレームの眼鏡ブリッジを押し上げる男。整った顔立ちだ。彼だけが先駆者であり、次元を超えてきた一人目——と語られても、すなおに信じきってしまうほど。


 おもわず雄魔は歯を噛みしめた。歯の根が震えてしまいそうだ。ほんとうに存在感からしてのりえている。


「では説明つづきもなんです。手元に資料があるワケでもなし——なので、実際にシステムに呑まれてもらいましょうか」


 邪気のない笑顔、細められた瞳は純真さをかもし、


 ふと。


 カタチよく開いた瞳と、雄魔の目線とがカチ合った気がして、


「……。ではメールに刻まれたナンバリング装置にどうぞ。あぁ、電子機器を預ける必要はありませんよ。そして——もちこんだタイトルをリアルに味わいたいと言うならば、装置内でどう粗相そそうをしても構いません。人の存在を認めしだい、外と内を隔離……シャットいたしますので」


 雄魔からすぐに目を離し、朗々とちゅうをかたる彼。


 すると周りがやや色めき立つ。中には大荷物からコスプレ衣装を取り出し、ちいさくガッツポーズする者さえ。


 ——なるほどカタチから入るタイプの究極系。原作内でもし学園モノであるとすれば、自作した制服に袖を通しあたかも自らを主人公に見立てよう、と。

 無論のこと、アンモラルも然り。感触さえパーフェクトに再現すると言うのだ。場に相応しいフォルムとやらが、あるのだろう。


「……ふぅー……ッ」


 自分を律するよう、息をはきだす。

 メール記載の識別番号は〝七〟——数字の順列はあべこべなようで、探すのにわずか手間取った。


 では、始めよう。ボタンひとつでディスクを欲しがるデバイス。鞄をおろし、丁寧に取り扱っている特装版ソフトを開封……


 たちまちトレイは円盤を飲み込んで、苛烈なモーター稼働をはじめた。

 いかに超テクノロジーといえども、そのいしずえになるような根っこの部分は手動らしい。信頼感が演出されている、とも受け取れる。


 ところで、それからを置かず近傍のガラスケースがひらいた。互い違いになるような連動のガラス扉は、今か今かと雄魔を待ち受けている。


「ここに、……入るのか?」

「えぇ」

「ぬおッ⁉︎ ……あぁ、主賓しゅひんの、」

「あぁ、僕に気兼ねすることはありませんよ。感情のイロイロは須く、ご自身の大切な存在に注ぎ込んであげてください」


  おもわず呟いた折、気配もなしに近寄ってきた主賓。——警戒にあたう。なにせ雄魔は、いまだこの男へいっさいの信頼をあずけていない。

 当然だ。どんな善良さを持ち合わせているにせよ、偶像をリアルにしてしまう技術を作れたとすれば。


 ふつう、公にすることもしないだろう。どんな謀略よりも難攻不落、三次元こっちのセカイでは解き明かせないルールで力をふるえるのだ。絶対的な支配ともいえる。


「……」

「どうしました?」

「いや、べつだん何も。……これだけ人があつまるイベントなのに、アシスタントの一人も雇っていないんだな、と」


 心の内を勝手に酌量しゃくりょうされた気がして、話の進路を別途にむける。が、言い得て妙。ここに居着いてから絶えず気がかりだったことであり、またこれが話に上がらないことも妙。


 すると、やや苦笑めいたカタチに表情を曲げ、主賓はかたる。


「なにぶん研究資材を一挙、投げ込みましたからね。スタッフを雇う賃金があれば、そもそも僕はマシンの改良・改造にひた走ります」

「……研究者のサガ。とでも?」

「いえ。熱心と狂気はき違えるものではありませんよ。——丁度、〝推し〟への針路で例えられますね。度のすぎた真似をしなければいいものを、熱心と狂気を違えた彼らはああも末恐ろしいことをやってのける」


 素早くうごく唇、それをき止めるように雄魔の手がうごき、


「……お前の一概ですべて動くワケじゃねぇだろうが?」

かんに障ったようですか。面目ない。……フ、私こそ度のすぎた真似を」

「上っ面だな。誠意がない、そもそも芯がない——お前、正真正銘に掴みどころのない奴か」

「達者な眼ですね? ああたしか、予備情報では神社の一人息子だとか……フゥン気になりますね。神様からギフトでも授かったり?」


 胸倉を掴み上げられてもなお、主賓の若人は表情をくずさない。あくまでも我がペース、彼は飄々ひょうひょうとした風骨をまとうままだ。


 この一悶着で理解が及ぶ。雄魔にとってこの男、関わりつづけるのはゴメンである。


「まァいいさ。とかく、人を貶すぐらい目を瞑ってやる。が、——今みたいな本気の奴を揶揄からかうことは見逃さねぇ。心ねぇ奴の証拠だからな」

「……。ほんとうに、達者な眼で」


 男はそううそぶいて、宙ぶらりからかれる。

 後にも先にも、ハイパーテクノロジーの創始者めがけ恫喝まがいをしたのは、雄魔だけであろうに。だいたいこれから技術を体験させてもらう身だ。破棄されることを恐れ、ふつう食い下がる。


 それだけに、主催者の目を引いた。いや、むしろここに集う以前から、


「————ここに入るだけで、システムは起動するのか?」

「おや、喧嘩めいた吐きゼリフの後に質問できるなど、フフ見上げた性根しょうね。嫌いではありませんよ。そして答えはイエスです」

「そうか。ならさっさと去れ。シッシッ」

「……今時期それを使う人もいるんですね。断定できます、あなたは古代種だ」


 会話もそれまでだ。

 主催の彼はやっと場を離れ、ひとり、雄魔は待ち受けるガラスケースに爪先をひっかける。思えばショーウィンドウに陳列されるようで、言いようのない抵抗があるものだ。


 ただし、根っこにある部分——人生に光を灯した〝推し〟と、ひとたび会ってみたいということが、雄魔をき動かす。

 次元の垣根を越えられぬ人間の身だ。こういった機会に鉢あった以上、みすみす逃す手はあるまい。


「(これが……——運姫ゆうきとの、ご対面になるっつーのか)」


 乗り込んだ強化ガラスの筒。

 だが見かけばかりは変哲のないガラスケース。本来の姿は、その筒先にいたるまでびっしりと配線を埋め込んだ降霊装置。


「(なん、だ……? コイツ、電気の感じじゃあねぇ……⁉︎)」


 内外問わず、葉脈のようにおびただしい蛍光色を走らせて、猛烈に怪音をとどろかす装置。それがまったくもって電子の表情をせず、いっそどこのファンタジーかと見紛うものだったばかりに、


「(あの男、いったい何のテクノロジーを使って……ッ)」


 ギシリと切歯して、未知を前に当惑とうわくする雄魔。

 にしても、遅い。気づいたところでシステムは起動しており、扉はどう足掻あがこうがビクともしない。そもそも扉と勝手に考えただけで、それが扉の役割であるかは保証されていない。


 ただそこに入る——とだけ、主賓の男は語っていたものだ。


「雄魔……ネェ。あの女のヒト、誰?」

「ッぐ⁉︎」


 そこに、聞き馴染んだ声色が耳にふれる。


 普段はダウナーのように声を落としたボイス、だが一転、心の浮き沈みによって高音域を弾き出す高音差バッチリの……


「運姫……」

「雄魔のカノジョは私でいいのに? 私が唯一無二で、そのうえ一蓮托生いちれんたくしょうを信じきっていたのに? ……雄魔は、そのかぎりじゃないんだ?」


 闇に溶け込むよう、キューティクルを丁寧にくしけずった黒髪。尾てい骨のあたりにまで届くその髪は、気持ちのアップダウンで髪質を変える……。


 そう、運姫はただの人間ではない。


 デンパ系をきわめた挙句あげく、雷雨に撃たれて人間としての鼓動を失った存在だ。彼女の血流は落雷により逆をしめし、生体電気の流れもあべこべ。おまけに、雷撃を自在にあやつれる異能力に目覚めている。


 そんな彼女が、カノジョであるたった今。そして他の女というワードがいきなり飛び出してくるとすれば、


「(シーン一五八——選択肢五つを設けられているクセ、その四つが即時バッドエンドを引き起こすトリガー……ッ)」


 冷や汗が背筋をなぞる。空調の効いた、照明の落ちた部屋のハズ、じっとりとした暑さが雄魔を襲った。

 これはヴァーチャルリアリティで再現不可能だ。部屋の奥まった物でさえもボヤけなしで見えるし、この場所の開放感と密閉感がいりまじった感覚が凄まじい。


 まるで、このゲームソフトに入り込んだようなものだ。


 しかし無言はいけない。ここは、クイックレスポンスを何故か求められるシーンなのだ。十秒以内がマストであり、それをせば心臓を一突き——、


「運姫。俺がお前を愛していないなら、とっくに通報しているさ。運姫がなにをしても、それをしない……俺はな、お前のすべてが愛おしい」

「————」

「俺は、かぎりなく、際涯さいがいすらなく! お前という人格を愛しているッ。拒みやしない、運姫、俺はずっとお前を、————」


 ふと、運姫の眉が不快ふかいの線をえがいた。

 理由はわからない。クイックレスポンスはできた。主人公の台詞回しは暗記済み。この場面で運姫が取る行動とても、例に漏れない。


 だのに、雄魔は口を横にひきむすんだ。


 知らない。この挙措はわからない。未知だ。

 いや、いいや。……違うのだ。これこそが、雄魔に足りない歳月というもの。あるいは公式の見解だけをたのみにして、妄想の幅を利かしていなかった不出来。


 とどのつまり、リアルに面と向かった運姫というカノジョは、


「そんな形式通りセオリー、求めてない」

「…………ッ⁉︎」


 ゲームという垣根かきねを越えた今、矩を踰えるのはオタガイサマ。雄魔が二次元と三次元とを飛び越えたように、運姫という少女もまた何かを飛び越えていた。


 それは果たして、情緒コンソールすら計算不可能な本物。どんな電子媒体でもパーフェクトに整えることのできない人のココロ。


「リミットオーバー……。そっか。雄魔の愛って、ていどが低いね」

「——違う。違うんだよ、運姫……俺はてっきり、」

「ゲームマスターの線路、ずっと乗り続けるの? 自分が考えたシナリオを走らないの? ぜんぶがぜんぶ、既定路線じゃないのに」


 一歩、音もなく差し出された。

 運姫はところかまわずプラズマを散らす。酸素をほどき、摩擦をかきけし。——いつのまにやらカノジョは、雄魔の内懐うちぶところへと滑り込んでいた。


 ああ、ここばかりは見覚えがある。何度も踏んだてつだ。


「————去って」

「づ、ァ————」


 ながい刀身が一挙、背中まで一直線につらぬく。肋骨をするりと抜けて心臓をやぶり、激痛をもたらす紅の刃。

 銃剣。運姫が肌身離さず携える、コンパクトな暗器だ。銃刀法をとうに廃止したこちらのセカイ、こうやって武器を持っているのは当たりまえ。


 視野が明滅めいめつする。視界の端からぐっしょりと血色がにじむ。膝を折り、こちらを貫く刃を支点にかたまる雄魔。


 だが支えも四半秒で引き抜かれる。どんなフィクションよりも凄烈に血飛沫がきだして、味わったことのない虚脱感が全身をしたたか襲う……


「運、姫、」


 それが最後だ。最後まで意味もなさずネームを呼んで、継語つぎかた雄魔おうまは没す。


 なるほどヴァーチャルリアリティを凌駕りょうがする最先端は頷ける。こうも痛みが新鮮で、転がりこんだ絨毯の触感もバッチリで。

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