第2話



 事の発端ほったんを詳説するにかぎる。


 春先、大学生活に夢も希望もあったものじゃあないと諦念していた大学二年目。すなわち、やや余裕ができてきてパソコンに手をだしてみた頃合い。

 継語つぎかた雄魔おうまは、パソコンゲームに浸かっていた。


 彼の住居は神社であり、日頃から参拝客への笑顔をしまない生活なのだが……


 彼は、


 理由として——それなりの神社であれば、ご利益なり圧巻の景色なりで感動をよびこめよう。百本鳥居とりいであったり、海面に浮かぶ鳥居とりいであったり……なにかにつけて、人の底に眠る感動をよびさますことができるものだ。

 普段、はすに構えているような輩もこれ見よがしに感動していたりする。なにせよこがおが、そう物語る。見たことのないものにほど、そうなる。


 だけど、雄魔が昔っから住まうこの神社には感動がたりない。もちろん、それなりに人は集まったりする。母親がしたためる格言めいたモノはうっかり笑いを誘うし、父親が手がけた破魔はま饅頭はえらく美味しい。十二分、集客にたる。


 だが、人間の感動を引き出すことはできなかった。つまるところ目で見てそれと分かり、心で感じ、思惟しいするほどに深みを見出す——。

 こういった幅の効いたものでない限り、人の引き出しはスッと開かないのだ。


 であるに、雄魔ははなれの古屋に光回線をセット。キーボード・マウス・イヤホンをしかと己に合うよう選別し、ドアロックも厳重に。パソコンは金に糸目をつけず手が届く最高峰を。

 ややもせず、孤立オタ満喫ができあがった次第しだいだ。


「ぐゥっ……泣かせてくれるじゃあないかグゥッ⁉︎ っていうか伏線のはりかたがキレイだ……往々にあるシチュエーションとは位相いそうが違う……っ‼︎」


 その渦中、雄魔はアキバで購入した新品パッケージにとりかかっていた。タイトルこそ人を選びそうで、しかも想像しやすいエンドだと先入観をもってしまうそれは——

 ジャケ買いの筈、ルート分岐すべてを制覇するまでに至った。


「あぁそうだ。お前が、……お前があの折、俺に銃口をたたきつけたから——だから、俺はお前の告白シーンで泣くんだぞ運姫ゆうき……っ! お前はプリンセスでいいんだ、お前は不運なんかじゃあない悲劇をまとうのは俺でいい——だからッ!」


 感動のたけをあらわすよう、液晶画面めがけ熱弁する雄魔。部屋の扉をデュアルロックにしておいて正解であっただろう。この一枚絵スチルを両親がみれば、絶句して背筋を凍らせる。


 それにしても紆余曲折を経たさいごのシーン。男はこんなにも涙もろい性別であったのだろうか。澎湃ほうはいとながれゆく大粒を、とめることができない。

 故に、


「ヌゥゥッ? な——なにをっ、なにを邪魔立てするか俺ァ今っ、運姫とのラストシーンに没入ぼつにゅうする俺独自最新鋭のVR感覚を————」


 ピロン、と画面端をせいする新着メール。しかも迷惑メール。であるのだが……たしか、やや目を奪われる文言があったために通知設定をオンにしていた記憶が蘇った。

 致し方なし。すべて自らの落ち度だ。怒りの矛先ほこさきは過去の自分へ。


 そうやってしなびるように熱意を冷まし、雄魔は、マウスカーソルを新着メッセージに這わせた。


「仮想物立体化技術——の、試験者モニター募集?」


 ととのえられた体裁、かしこまった文脈、かざりけのない事務的。そして、結びとして記載された送り主〝国家守衛〟のよんもじ。


 可笑おかしな話だった。国家守衛など、お役人さんが交代で巡回するようなイメージでしかない。軍事は放棄することをどこぞと約束しているのだから、大層な武器開発をしていることも想像できない。なにより、国の名をつかってのメール?


「正真正銘の詐欺メールか……? しかし恐れ知らずだなァ。こんなもの国に見つかれば、どうなるか分かったものじゃあ——ああいや、でも憲法とか刑事罰とか知識からっきしだ。わからんな」


 したり顔で語ってみて、すぐに刑罰まわりの知識が皆無なことを思い返す。衒学的げんがくてきになるにはいささか以上に、雄魔は露知らずだ。


 だからこそ。

 事実確証も知らない。裏方も知らない。後ろ盾の有無も考えやしない。


 ただひとつ、


「だけど、ヴァーチャルの垣根を超えてリアルに跳んでくる……って事か……?」


 面白そうだと。

 それも雄魔に都合よく解釈してみれば、なかば夢見心地でせっしていた感動に立ち会えるやもしれない。


「……応募、だけでも——?」


 ニヒルに笑い、個人情報の入力。ややもせず応募完了のメール……が、またしても迷惑フォルダーにまいこむ。

 不安がドッと募り、だがいいえぬ待望が募り。


「当たれば勲章モノだな……。抽選数、三〇〇のなかに」


 はなはだ無理筋なことに願掛がんかけし、雄魔はひとり、トゥルーエンドのつづきを開いた。




 その一コマだけが、セカイを揺るがす超イノベーションに触れあうひと刹那——。そう疑わなかったばかりに、雄魔の理解は及ばなかった。

 いや、、というのも妙ちくりん話であるが。


 ともかく、選ばれている。三〇〇というごく少数、そのひとりに。


「……バカ、か……ァ?」


 目をみはり、目を疑い、目をこする。

 口から漏れ出た言葉はそしりだ。なにせ半端な気持ちで応募して、するりと関門をくぐりぬけたことが嘆かわしい、我ながら。なにより、その軽はずみで爪弾きされた他の応募者がいるのだ。


 さしもの雄魔とても息をつまらせる。


「————棄権も考えておかねぇと……だとか、先読みしてるんじゃあねぇよメールだろうが! 一手先読むのはスーパーコンピュータの仕事だろうがッ」


 送り主がいよいよ電脳かと疑わしくなった。マウスをドラッグするたび、フラッシュアイディアがことごとく先回りされ、しらみ潰しにされているような感覚なのだ。一周まわり、関心さえ覚える。


 ただし、そこで延々と切り結ぶほどに愚かでもない。ひとまず後の祭りとわりきって、目下、この超テクノロジーに持参する記録媒体を選りすぐらねば。


「なんざ、初めっから決まっているんだが」


 いそいそディスクの取り出しを選択、パソコンは稼働と内臓ファンの音をならし——モノクロに印刷された円盤ディスクを吐き出す。

 自分の気軽さに迷うことはあれど、大切な作品と問われ戸惑うことはない。特装版をおもいきって購入したあの時から、きっと運命めいた糸がつながっていたのだ。


「開催は明日——フ。明日……明日……ゥ?」


 準備万端、とまではいかずとも作品を決めてしまった雄魔。その顔はしかし、吃驚きっきょうの色にしっかり染まる。


 明日。なんの予定もない明日の午前九時。

 いよいよ雄魔は、足を運ぶことさえも疑いにかかった。

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