いつか誰ぞのスワッピング

フー

第1話



 あくる日、俺は死んだ。


 それも卦体けたいなことに、ヴァーチャル空間あるいは現実世界かも判断しがたいところ。ボーダーラインはなんだろう、線引きはどこであろう。


 死に方も奇怪。——。パラレルルート八五もあるうち、七九ものバッドエンド……そのひとつを、弾き当てた。確率としては妥当。

 タイトルは「ヤンデレ・デッド・トゥルー混濁こんだく」というもの。ヤンデレヒロインが猖獗しょうけつする舞台にて、真実と嘘を噛み分けるアドベンチャーゲームだ。


 そのメインヒロインが、俺の心臓を、掻っさばく。丁寧なカットは左心室を刈り取り、そのまま間欠泉のようにき出した鮮血はシンプルな壁紙を染め上げ、

 バタリ、とリアルかヴァーチャルか分からず死を遂げた。


「……ここまでは、まァだ理解できるよな。なにせ持ち込んだ記録媒体ばいたいがダメだったんだ。電脳空間をつぶさに再現するってんだから、そのまま痛覚を刺激されて脳が焼き切れて——俺、死んだワケだ」


 。その内、アシンメトリーに髪型をいじった男がありのままを語る。ほんの数秒前の記録だ。鮮度ばっちりで事細かに怪演かいえんできよう。


 さて、そこに異をとなえるひとり。


「あのね? 普通、なんでも持ってきていいって……そう言われて、ヤンデレヒロインがめためたに主人公を斬り殺すゲームは持ち込まないのよね? 何、被害者になりたいの?」

「——ならお前もよっぽどだ。たしかに、電子メールにゃ〝記録媒体であるならなんでも再現してみせましょう〟って売り文句があったがな……。

 ふつう、和装わそうロリにしこたま世話されるアニメブルーレイなんざ持ち込まねぇ!」

「ほっ、ほぉーん? アナタもまた理解できませんのクチ? 元気活発かっぱつなことね、私のような残業つづきの社畜、最強格負けなしのじゃ口調ロリのお世話を求めているのよ」


 女性、サイドアップにした黒髪と、主張のすくない羽織はおりでかざられた姿。一見すればうら若き学生に見えるものの、今年で二四を迎えるとしごろ……

 年齢につきましては、さっきポケットから落とした身分証明書が物語っていた。


「…………ハァ。どのみち、どう建設的にことを運ばせようと考えても無駄ってことだな。なにせ——それにつられた、まぬけな死なんだから俺たちは」

「そうよね……。どれだけえても、結局、当選数三○○人にえらばれたことで舞い上がっていたことも事実だもの。そして、」


 男はしょうことなし、と目を伏せる。


 女は長くほそい息を吐き出して、チラリとかたわらを見やる。


「本当にゲーム・アニメのセカイから飛び出してきているんだもの。


 男のとなりには、濡羽色ぬればいろの着流しをダボダボに着崩した銀髪幼女。純銀をそのまま填め込んだような瞳と、クリアな白磁はくじの肌は汚れをしらない年端のそれだ。


 女のとなりには、黒を基調にした改造制服のヤンデレ。ややハイライトに欠けた胡乱うろんな眼差しと、インナーにべっとり付着した血糊はえらくおぞましい。


 そう。彼女らふたりは、


「お前をしたうヤンデレはつまり、俺がプレイしたヤンデレゲームの」

「アナタに付きっきりのロリっ子は、私が愛したアニメの」


 すり替えマジックにしてはタチが悪い。いやそもそも、死後のセカイの筈、どうしたって好きなキャラクターが見ず知らずの誰かのとなりにいる。

 そして、さっきから互いに感ぜる隣からの熱……


「俺たちは死んでいるようで死んでいない」

「私たちは自分の推しキャラを相手にもっていかれている」


 いまだリアルワールド。おもわず目を奪われし﨟長ろうたける双方のパートナー。

 そこで、ふたりはやや息を吸い、


「「俺私の推しッ、返せバカヤロぉぉぉおぉおおぉおッッッ‼︎」」


 ここばかりは譲れない、と吠え猛る両者。

 たまらず身を震わせたお隣の幼女、あるいはヤンデレになど目も暮れず。


 ——人類進歩たりえる至上実験にまぎれた変質者ふたりぐみは、いがみあった。




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