第5話 スカウト(交渉)
待て。待て待て待て待て!! 何でバレた!? あの一瞬でバレる要素なんて皆無のはずじゃ!?
「──うん。やっぱり妹ではあるけど『八千流』じゃないね。何かが混ざってる感じ。かといって悪い気配もないから、誰かのアビリティで乗っ取られたとかでもないのかな? 八千流と『ナニカ』が綺麗に一つになってる。さしずめ八千流マークII?」
「っ……!!」
止まらない。私が何かを言うよりも早く、お兄様は私の精神をどんどん看破していく。
最強だとは知っていた。天才だとも知っていた。勘が鋭いことも知っていた。──でも、ここまでとは思ってない!!
言葉も交わさず、顔を合わせただけで何でここまで見抜いてくる!? こんなの異能、アビリティの域だ!! でもお兄様にはそんな力はない! 八千流としての知識でも、ダンダン世界の設定でも。お兄様に読心系の能力などないと私は知っている!!
それ即ち、お兄様は……この怪物は天性の感覚だけでそんな離れ業をやってのけたということ!!
──これは駄目だ。見誤っていた。隠し事は無駄だとは思っていたけれど、これほどまでとは想定していなかった。
「何故分かったのか、お訊ねしてもよろしいですか……?」
「あれ? 誤魔化さないんだね」
「この状況で足掻いたところで、ただただ無様なだけではないですか……」
ここで下手に抵抗した方が、これからの交渉に支障が出かねない。
想定してた方針は全て破棄。どうやっても追及される未来しか思い浮かばないので、訊かれたことは素直に全て答えることにする。
「……で、何故お兄様は分かったのですか?」
「んー? パッと見で分かるよ。身体の重心とか、そういう無意識の癖は『八千流』のまま。でも僕と相対した時の緊張具合、瞳孔の動き、筋肉の強ばりとかは違ってた」
……列挙されていく点に頬が引き攣る。つまりお兄様は、CGモデルの数値を比べるかのように、『前』と『今』の差異から私の異常性に勘づいたということ。
「なにより一番の決めては目だね。前までの八千流は目が死んでた。それが今は違う。気力、いや焦りや怒りとかの感情で満ちてる」
「……そうでしょうか?」
「少なくとも前よりはマシ。……とはいえ、精神は突然回復するものじゃない。そもそも雰囲気からして前の八千流に似つかわしくない。何処か男の気配がする。その癖、無意識の部分はそのままときてる。ここまで来たら後は勘かな?」
「なるほど……」
その結果がさっきの分析。私の根本的な部分はそのままで、悪影響を及ぼさないナニカが『八千流』の精神に混ざったと、お兄様は考えたと。
──全くもって意味がわからない……!!
「つまり私は、お兄様の理解できない観察力と直感の前に敗北したと……」
頭が痛い。人格の統合は済んでいるはずなのに、また原因不明の高熱が出そうだ。それほどまでに理不尽がすぎる。
「それで八千流マークII。キミはどうしてバージョンアップしちゃったのかな?」
「マークIIは止めてくださいまし……。今まで通り八千流でお願いいたしますわ」
「じゃあヤッちゃんだね」
「……それで結構ですわ」
……唐突に愛称が生えたが、もはや何も言うまい。お兄様はこういう人だと、私は嫌というほど知っている。
「で、何で? 八千流からヤッちゃんになった理由は?」
「……信じていただけるか分かりませんが、前世の記憶を思い出しましたの。それでこうなりました」
「へー。そんなこともあるんだね」
……反応が薄いなぁ。私、今かなり衝撃的な内容というか、輪廻転生とかいう世界の根幹について語ったと思うのだけど。
「……驚かないのですわね。そしてあっさりと信じるんですわね」
「そりゃあね。僕は別に世界の全てを知っているわけじゃないし。あと嘘ついてるかどうかも簡単に分かるから。全部真実なんだろうなぁって」
「左様でございますか……」
規格外に常識を求めたところで無駄ですか。そうですか。……まあ、信じてもらう手間が省けたと考えておこう。
「つまり僕を呼んだのは、ヤッちゃんの状態を説明するため?」
「いえ、違いますわ。……全く違うというわけではないのですけど、私の精神状態まで話すつもりはありませんでしたわ」
「えー。お兄ちゃんなんだから、困ったことがあったらちゃんと相談してほしかったなぁー」
そんな距離感ではなかったろうに……。タブー扱いされてたってことは、つまりそういうことなんだが。
「もうこの際だから全部話してしまいますが、この世界は私の前世と拘りがありましたの。この世界で起きるこれからのことが、前世の人気ゲームとして描かれていたんですわ」
「わお。つまりヤッちゃんは預言者だ」
「白々しいリアクションですわね……」
本当に調子が狂う。ある意味で一世一代の告白のはずなのに、こうも簡単に肯定されると気味が悪くて仕方がない。
いや、分かってる。嘘発見器を自前で搭載しているからこそ、私の台詞が全て真実だとお兄様は理解しているだけだ。
ただ非常識すぎて、私の方の理解が追いついていないだけで……。
「ちなみに訊くけど、何でそのゲームのシナリオと、この世界がリンクしているって確信できたのかな? 土台となっている世界観が同じなだけで、それ以外は別物の可能性もあるよね?」
「その可能性もゼロではありません。ですがそのゲーム、ダンジョン・ダンス・クライシスにおいて、私もお兄様もネームドキャラクターとして登場しますの。能力なども設定のそれと、現実の私たちと同じものです。これだけでも、未来を『仮定』するには十分ではありませんこと?」
「なるほど。そうした類似性があるのなら、そのゲームのストーリーをひとまずの指針とするのもアリかもね」
十一歳の子供にあるまじき理解力。まるで大人と話しているようだ。私のように、前世の精神で下駄を履いているわけでもない。そのはずなのに。
「ゲーム通りの展開になると仮定すれば、当然ながら山場ってものがあるんだろうね。しかもタイトルからしてバトル系。で、キャラクターとして登場する僕たち。……こういうことかな? ストーリーで起きる山場は、キャラクターとして登場する僕たちにも影響があるナニカ。それも極めて都合の悪いことだ。ヤッちゃんはそれをどうにかしたい」
「っ、その通りですわ」
やはり恐ろしい。薄ら寒いナニカで背筋が震える。──だが同時に、頼るべき相手としてはこの上なく頼もしい。
「端的に言いますと、お父様とお母様がラスボスに加担します。私はその巻き添えで主人公たちと敵対し、最終的には殺されます。両親は投獄され、久遠家も没落しますが……お兄様だけは問題なく生き残り、ストーリーとは関係ないエンドコンテンツとして人生を謳歌します」
「エンドコンテンツ? 僕が?」
「ええ。なんだったら、続編のタイトル全てで裏ボス枠として参戦しておりますわ。最難関のやり込みコンテンツとして、一部の廃人たちが血反吐を吐きながらお兄様を攻略しておりました」
「……そっかー。それでヤッちゃん、僕のことを怖がってるんだね。いやー、こういう形で実力バレするとは思わなかったなぁ」
ユラユラとお兄様の身体が揺れる。実に楽しそうな反応だけど、それも当然。
この人は世界に飽きているのだ。最強無敵にして、至上の天才であるお兄様。大抵のことはその身に宿る才覚のみで実現可能であり、ほとんどの苦難が苦難足りえない。
だからこそお兄様は、予想外の出来事を愛する。飢えに喘ぐ孤児のように、この世の未知を常に求めている。
──私はそれを知っている。お兄様が常軌を逸した観察力で私の精神を暴いたように。
「ですのでお兄様。私と取引をしましょう」
「取引?」
「ええ。ぶっちゃけると、ゲーム通りに物事が進んだ場合、破滅するのは私だけです。お兄様は全くもって問題ありません。──ですので、私の味方になると得られるメリットを提示します」
──ダンダン世界での設定が頭に入っている私もまた、お兄様の心の奥底に燻る渇望を知っているのだ。
「私の頭の中にある、ゲームの主人公たちの知識。条件付きとはいえ、裏ボスとして君臨したお兄様の喉元に迫り、時には打倒する。そんな領域に至る可能性のある英傑の卵たちを、お兄様にお教えいたしますわ」
「……へぇ?」
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