第4話 兄、久遠天理

 ──お兄様の話をしよう。ダンダンシリーズにおける裏ボス『天理さん』ではない。現実となった今世における私の兄、久遠天理の話をしよう。

 ダンダン世界において、天理さんは圧倒的な力を持ったラスボスだった。ステータスは当然カンスト。全ゲーム技能習得。それに加えて、数多の伝説の龍の頭を激強MOBとして召喚するアビリティ【龍頭荼毘】。

 それがゲームシステム上における、裏ボス天理さん。では現実においてはどうなのか?

 ──当然、最強だ。私の知る限り、お兄様以上のバケモノは存在しない。


「……少なくとも、私はそう確信している」


 実のところ、お兄様が最強だと知っているのは私だけだ。それも前世の記憶と、今世の記憶を照らし合わせて、そうだろうなと当たりをつけているだけ。

 お兄様は我が道を行く自由人ではあるけれど、それと同時に至上の天才でもある。だからこそ、まだ子供でありながらも、お兄様は自らの力を誇示することをしないのだ。

 過剰な力がもたらす面倒と、それを跳ね除ける手間。この二つを天秤にかけているから。

 天理さんの代名詞である最強アビリティ【龍頭荼毘】も、この現実ではドラゴンの頭を召喚する程度の能力だと思われている。……それでも強能力では変わりないけど。

 よって世間一般の評価で言えば、お兄様は名門久遠家の優秀な長男にしか思われていないはず。そのように擬態している。

 しかし、それは外野の視点。私は、私たちは違う。我が家において、お兄様はどうしようないタブーとして扱われている。


「……あの両親ですら、お兄様とは関わろうとしないですし……」


 何度も言うが、両親は揃って屑である。なんなら現時点で犯罪者である。

 だからこそ子供にも厳しい。血の繋がった我が子であっても、自分の思い通りにならないと気が済まない。

 そんな毒親である両親と、マイペースなお兄様。どう考えても相性は最悪。

 普通ならば、なんとしてでもお兄様のことを支配下に置こうとするはずなのに……。

 ──でもそれはしない。家では当たり障りなく接し、代わりとばかりに私の方に矛先が向く。私で支配欲を満たそうとしてくる。


「……多分、怖いのでしょう。本能的に恐れているのですわ」


 腹立たしいが、同時に理由は分かってしまう。ピュア八千流の時から、なんとなく納得してしまっていた。

 本能。そう本能だ。別にお兄様が何かをやらかしたわけではない。家でも外でも大人しい。私の方が問題児レベルで言えば上だ。

 ──それでも無理だ。こうなる前のピュア八千流も、両親も。お兄様の怪物性に『なんとなく』気付いていた。


「私は単純にアビリティで。あの二人は……小物故に危機察知能力が高かったのかもしれませんわね」


 まあ、理由はどうでもいい。重要なのは、お兄様のことを両親が避けていたという一点のみ。

 我が家のトップが避ければ、当然ながら他の者たちも避ける。虎の威を借る狐も、それに虐げられる末端使用人という兎たちも。虎が恐れている『バケモノ』には、決して触れようとしないのだ。


「……ふぅぅぅ」


 自然と息が漏れる。必要なこととはいえ、我が家のアンタッチャブルと交渉しなければならない。それが中々にキツい。

 でもやらなければならない。前世と今世の知識、その両方から断定できる怪物こそがお兄様。

 敵となれば敗北確定ではあるけれど、味方となればこれ以上なく頼もしい。──なにせお兄様は、一人で世界を相手に勝利できる『最強』なのだから。


「ヨシっ……!」


 覚悟を決めて枕元に置かれた機械、ナースコールの親戚である使用人呼び出しボタンを押した。

 しばらくして、メイドが部屋にやってくる。


「八千流お嬢様。何かご用ですか?」

「……お兄様は、帰ってらっしゃる?」

「天理坊っちゃまですか? ええ、はい。今はお部屋でお寛ぎになっております」


 ……ふぅ。まず第一関門はクリア。寄り道してて全然帰ってこない時もあるので、最悪この家にいない可能性があったのだ。

 なら次。どうにかして、お兄様をこの部屋に連れてきてもらわないと。


「申し訳ないのですけど、お兄様をこの部屋に連れてきてくれませんか?」

「……え、っと。それは何故でしょう?」


 メイドがあからさまに動揺した。単純に理由が分からないのと、タブーであるお兄様を呼びに行くのが嫌なのだろう。


「その……お父様もお母様も、仕事が終わるまで帰ってこないと。それで少々心細くなってしまって……」

「なるほど。病み上がりで心が弱くなっているのですね。それでしたら、私が八千流お嬢様のお側に付いていましょう」


 メイドが代案を提示してきた。そんなにお兄様のところに行くのが嫌なのか。……嫌なんだろうなぁ。

 とはいえ、ここで引くわけにはいかない。多少怪しまれてでも、今日中にお兄様と話をつけてしまいたい。じゃないと決心が揺らぐ。


「お気持ちはありがたいのですけれど、やはりお兄様と二人だけで話したいのです。普段はあまり喋れないので、これをキッカケに仲良くなりたいかなと思っておりまして」

「……なる、ほど。かしこまりました。それではお声がけはしてみます。ですが、来ていただけるかどうかまでは確約できません」

「ええ。それで構いません」


 よしっ。これで第二関門もクリア。『兄妹』を強調したことで、流石にメイドも引き下がってくれた。

 代償として妙な疑念を抱かれただろうが、それは大して問題ではない。

 なにせ私はただの子供なのだから。子供が多少悪巧みをしたところで、いちいち気にも止めないだろう。


「あとは……」


 メイドが部屋を出ていったのを確認しながら、これから先の展開について頭をフル回転させる。

 一応、第三関門としてお兄様が来てくれるか問題が残っているが、これはそこまで気にしなくていい。

 お兄様はどうしようもない自由人ではあるけれど、それと同時にとても好奇心旺盛な性格だ。

 ダンダンの設定、そして八千流としての記憶が断言している。お兄様は間違いなく来ると。

 滅多に関わろうとしない妹が、突然二人で会って話をしたい。そう聞けば、内容に対して必ず興味を持つだろう。

 だから問題はその後。どうやってお兄様を味方につけるか、だ。


「何処まで話すべきでしょうか……?」


 実に悩ましい。流石に全てを話すわけにはいかないが、かといって下手に誤魔化すのは逆効果だ。

 あの底が知れないお兄様のことだ。話題の進め方を間違えれば詰みと思った方がいい。そうでなくても、気まぐれな猫みたいな人なのだから、交渉には細心の注意を払わなくてはいけない。


「──決めましたわ」


 とりあえず、両親の不正についてを軸に話を進めよう。私が前世を思い出したとか、その辺は一切触れないようにして。

 ……よし。なんとかカバーストーリーは思いついた。あとは出たとこ勝負だ。


『──妹やーい。話があるって聞いたけど、入るよー?』

「っ……!!」


 ──ノックと同時に扉が開く。そして入ってきたのは、ふわふわの癖毛と猫のようなアーモンドアイが特徴の少年。ダンダン世界最強の存在にして、私のお兄様である久遠天理その人……!!


「……?」

「っ……」


 一瞬の沈黙。私は目の前の『怪物』が放つ妙なプレッシャーに押されて。お兄様はそんな私に対して不思議そうな表情を浮かべて。

 ……駄目だ。気圧されるな。私の未来のためにも、健全な成長のためにも、ここで足踏みをしてはいけない……!!


「っ、あ──」

「んー? キミ違うね。妹、いや『八千流』じゃないね」


 ──だが私が言葉を発する前に、お兄様は衝撃の言葉を口にした。

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