第3話 決心
今世最大の懸念について頭を抱えていると、部屋の扉がノックされた。
「失礼いたします。お嬢様、お身体の調子はいかがですか?」
入ってきたのは、久遠家の執事である【犬飼】。クソな両親と同じで、色々と黒いことをやっているクズ男だ。
表面上は柔和な成人男性だが、ダンダンのストーリーを知っている立場からすると……うん。浮かべている笑顔が胡散臭くて仕方がない。
「もう大丈夫です。ご心配をお掛けしました」
「それはようございました」
……とは言え、現状では嫌悪感を表に出すのは悪手。当たり障りのない笑顔で誤魔化すのが吉。
「ですがお嬢様。まだ完治したと医者から診断されたわけではありませんので、ベッドで横になっていてください。私は戻りますので、何かあれば使用人に」
「……分かりました。あ、犬飼。お父様とお母様は?」
「お二人はまだお仕事です。ですが回復のご連絡は入れておきますので、お仕事が終われば直ぐにお帰りになられるかと」
「……そう」
「ええ。では失礼いたします」
軽く会話を交わして犬飼が部屋を出ていった。……やっぱりアイツは駄目だなと同時に実感もした。
一応、私って原因不明の高熱で三日三晩うなされてたんだけど? そりゃ朝から一気に体調も回復したし、昼には医者から『回復に向かっている』と診断されたりもしたけれど、それでももう少し心配するでしょ普通。
大丈夫そうだと分かった途端、あっさりと退散してくれちゃってさ。本当にこの家の奴らは……。
「そんなんだからピュアな私が闇堕ちするんですわ……」
何度も言うが、この家はクソだ。マシなのは私と天理さん、いやお兄様ぐらい。……訂正。末端の使用人たちも何も知らないか。違うベクトルでアウトな者も多いけど。
で、一体何がクソなのかというとだ。端的に言ってしまえば、久遠家は駄目なタイプの名家なのだ。
両親は権力に酔っていて、散財も激しい典型的な選民思想型の毒親。育児も半分ネグレクト気味。
上位の使用人は、両親におもねりながら色々と悪どいことをやっている『虎の威を借る狐』。
下位の使用人たちは、両親や上司のパワハラに苛まれて心が荒み気味。一部の者たちは、逆恨み気味にその感情をお兄様や私に向けていたりする。
「思い返すだけで腹立ちますわね……」
人間関係は最悪。それも逃げ場のない実家でコレだ。厄介なんて言葉じゃ言い表せない。
それにプラスして、名家特有の厳しい習い事の数々。ぶっ倒れる前の『ピュア八千流』は不器用な方だったために、この辺のストレスが凄かった。
それでヘトヘトになって帰宅しても、実家は実家で人間関係の蠱毒みたいな場所。
そりゃ心も壊れるさ。ピュア八千流、マジで悲しいことになってたからな。
「あー……。この後の日常が辛いですわ。以前までの私、典型的な『家では良い子な問題児』でしたし……」
家では両親という、性格最悪などうしようもない上位者がいた。使用人たちからもあまりよく思われてない。
それでいて、ピュア八千流はあまりデキ、口さがなく言ってしまえば性能がよろしくない子供でもあった。……今にして思えば、あの裏ボス枠の超天才お兄様のせいで、周囲の基準がバグってただけの気もするけど。
まあともかく。そんなアレコレが背景にあり、ピュア八千流は実家では大人たちの言うことに唯唯諾諾と従う人形少女となっていたのだ。
だが同時に人間でもあったので、当然ながらそういった振る舞いでストレスが溜まる。それはもうドンドン溜まって、エグい勢いで捻くれていく。
結果、両親の目が届かない外ではワガママ放題。特に久遠家よりも家格の低い家の子供は徹底的に見下し、どうしようもないお嬢様が誕生した。
「でも仕方ないじゃないですの……。子供は環境に合わせて成長するのですから。それに私の場合は【アビリティ】の問題もありましたし」
アビリティ。それはダンダン世界において、一部の人間が持つ特殊な力。ゲーム的に言ってしまえば、キャラごとの固有能力である。
このアビリティだが、ゲームでのシステム面はともかくとして、設定上は本当に千差万別。性能もカスからぶっ倒れまで幅広い。……いやマジでピンキリがすぎる。
そもそもダンダン世界が、ゲーム的なダンジョンが存在するファンタジー世界。それは現実となった今世もほぼ共通していた。
流石にステータス画面的な要素はないが、ダンジョンでモンスターを一定量倒すと身体能力などが上昇するし、不思議なアイテムもドロップする。
魔法要素もあるし、オーラとかいう物理寄りの超パワーもある。
そんなファンタジックな世界において、アビリティは頭一つ抜けてぶっ飛んでいる。そういう性能の場合が多々ある。
……で、私のアビリティは、一応はぶっ壊れに属する類の強能力。ただその代わり、使いこなせるまでデメリット効果が目立つタイプの力だった。
「【
精神感応と能力の劣化コピー。それが私に宿ったアビリティ。
コピーした能力などは、私自身のスペックに依存するなどの制限はある。だが極めて強力だ。……なにせこのアビリティをラスボスに目をつけられて、私はラスボス一歩手前のエリアの中ボスをやらされることになるのだから。
「ラストダンジョンの中ボスなんだから、そりゃ弱いわけがないんですわよねぇ……」
ラスボスの目的は国家の乗っ取り。その計画最終段階における、門番的な役割を任されていたのがストーリー上の久遠八千流。
言ってしまえば、対国家戦力の一角としてカウントされていたのだ。
実際、作中において英雄クラスとなった主人公パーティを、余裕で苦戦させてくるわけで。
現実とゲームは違うとしても、それぐらいのポテンシャルが私にはある。
──問題は、精神感応が子供にとっては毒でしかないこと。特にこの環境だと猛毒に等しいということ。
「上手く扱わないと、他人の感情だけがダイレクトに伝わってくる。……そりゃ壊れますわよ」
この家は悪意が充満している。外は外で、ピュア八千流のワガママによって悪意が向けられていた、
意味も分からず、ただ不愉快という感覚だけがダイレクトに心に流れ込んでくるこの感覚。こんなの精神衛生上よろしいわけがない。
今はもうマシになった。精神系の能力であるからこそ、成人男性であった前世と意識が統合されたことで、ある程度のコントロールは可能になっている。
だが幼いピュア八千流は振り回されたことだろう。上手く扱えず、苦手意識だけが積み重なる。それで余計にコントロールができなくなる。その悪循環。
ぶっ壊れに属するアビリティを、才能を持っていながらも、落ちこぼれと家内で評価されていたのはコレが理由。
「……やっぱりアレですわよね。ストーリー回避以前に、まずこの環境をどうにかしないと話にならねぇですわ」
何度も言うが、久遠家はクソだ。ストーリー云々の問題ではない。いや、ある意味でストーリー回避ではあるけれども、そもそもの目的が違う。
今の久遠家では、私が健全に育つことができない。この切実な問題をなんとかしなければならない。
「……となると、やはりお兄様が鍵ですか……」
憂鬱ではあるし、不安は尽きないが仕方ない。私のような小娘の力では、どうこうできる問題ではない。
──だから決めた。正攻法で無理ならば、裏技を使おうと。ダンダン世界の
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