第674話 静かに怒っている

 僕は、〈深遠の面影号〉を《ラング》へ運ぶ南風に、悪戯をされている〈サトミ〉の髪を見ている。

 申し訳ないけど、泣いている〈マサィレ〉の奥さんのことは、それほど気にならない。

 泣いている〈サトミ〉の方が、僕には圧倒的に大切な人だ。


 僕は、南風に悪戯されないよう、〈サトミ〉の頭をそっと胸に抱いて、「好きなだけ泣けば良いよ」と語りかけた。

 〈サトミ〉は貰い泣きをしているだけだから、そんなに気にする必要はないと他人は言うだろう。

 だけど、船室の影から心配そうに見ていた〈マサィレ〉が、奥さんに駆け寄ってくるから、これが唯一の正解なんだと思う。

 僕に夫婦の違うあり方を教えてくれた、〈マサィレ〉夫妻に幸多からんことを願おう。


 「〈ターさま〉、ちょっと怖かったね」


 甲板から船室に戻ってくると、開口一番〈サトミ〉がこう言った。


 「うん、何て言うか。少し狂気を感じたよ。僕も怖かったな」


 「奥さんは、滅茶苦茶に人生を振り回されたから、静かに怒っているんだと思う。そこに、〈サトミ〉と〈ターさま〉がいたから、同じ夫婦なのに許せないって思ったんだよ」


 「えっ、僕達は怨まれてしまったのか」


 「ちょっぴりそうだと思う」


 「うぁー、それは怖いな」


 「でも心配いらないよ。〈ターさま〉には〈サトミ〉が、ついているからね。怖かったら〈サトミ〉の胸を、いつでも揉んだら良いよ。〈ターさま〉はそれで元気になるでしょう」


 〈サトミ〉は服をめくって、おっぱいを僕に揉ませてくれた。

 いつ揉んでもプルプルで、感触が素晴らしいぞ。


 「あはぁ、〈ターさま〉が幸せって顔になったよ」


 僕におっぱいを揉ませて笑顔にしたことで、これほど嬉しそうに笑うんだ。

 〈サトミ〉は本当に良い女だな。

 おっぱいを揉みながら、キスもしなくっちゃ。



 春が《ラング》の町へ、またやって来てくれた。

 本日は、春の訪れを祝う《春祈祭》である。

 領主の務めでもあり、僕と嫁達は、領主館の前に作られた貴賓席で観覧しているんだ。


 町の広場には、巨大な篝火(かがりび)が燃やされ、〈ウオィリ〉教師が一心不乱に祝詞を唱えているのが見える。

 滝のような汗が、ヌラヌラと〈ウオィリ〉教師の顔や腕を覆い、篝火の赤黒い色も照り映えて、鬼気迫(ききせま)る迫力があるぞ。


 位階が上がった〈ウオィリ〉教師は、例年以上に張り切っているな。

 位階に合わせて新調した赤色の祭服が、篝火に同化して目立たないのが、少し笑えてくるぞ。


 篝火には、僕と嫁達の願いを書いたお札(ふだ)も、くべてある。

 住民の人数が爆増したから、願い札も大量になっているんだな。


 篝火は天を焦(こ)がすほど高く燃え上がり、離れた席に座っている僕達までが熱く感じるほどだ。

 〈ウオィリ〉教師の出番が終わったら、奉納踊りが始まる夕方までは、景気づけにお神酒(みき)が振る舞われる。

 当然、振る舞うのは領主である僕の役割だ。

 ケチケチしないで、樽をドーンと十何個も投入したんだ。


 《インラ》国の、ストロベリーブロンドのところから買った酒だ。

 舶来(はくらい)で、アルコール度数が高いトロリと甘いヤツだ。

 飲む前から「ご領主様、万歳(ばんざい)」と叫んでいるヤツもいるぞ。

 これでしばらくは、住民の反乱を防ぐことが出来ただろう。


 「〈あなた〉、お酒が多過ぎではないのですか」


 「旦那様、あれほど多いと住民が、皆酔ってしまいます」


 「〈ターさま〉、若い女の子が心配そうな顔になっているよ」


 「えっ、多過ぎってダメなのか」


 奉納踊りは、十三歳以上の未婚の男女が、輪になって舞うというもので、それほど難しい振り付けではない。

 男女の出会いの場も兼ねて、将来のパートナーを見定める役割も果たしている。


 素朴なリズムの繰り返しが場を引きしめ、小鉦(こしょう)の高く澄んだ音色と、手鈴(てすず)の清らかで優しい調べが、篝火の炎に吹き上げられて、若春の夜空に始まりの華を咲かせているようだ。

 晴やかな衣装を纏(まと)った若い男女が、跳ねるように群舞する様も、人が本来持っている原始の希望を綺羅(きら)やかに表現もしている。


 踊りのクライマックスには、男女が踊りの輪を崩して、ワラワラと走り出す。

 男女一組となって、男が女の脇腹を掴んで上に抱え上げ、その場でゆっくりと回り始めるんだ。

 片手で女性を支えながら、もう片方の手で女性の胸を触るのが、プロポーズ的なものになるはずだった。


 だけど、あれれ。


 多くの組で、男が女の脇腹を掴んで、上に抱え上げられていないぞ。

 男の方が酒を飲み過ぎて、酔っぱらってしまっているんだ。

 女性は酔っぱらった男の横で、怒って地団駄(じたんだ)を踏んでいるぞ。


 他の組では、片手で女性を支えられていないぞ。

 男の方が酒を飲み過ぎて、フニャフニャになってしまっているんだ。

 落とされた女性の方は、男の足をゴンゴンと爪先で蹴(け)っているぞ。


 こんなにフニャフニャだったら、踊りの後も全く役に立たないからだろう。


 また違う組では、女性の胸を触れていないぞ。

 手元が狂って腹を触っているじゃないか。


 僕は思わず〈アコ〉のお腹をチラッと見てしまった。

 〈アコ〉は踊りを見たまま、僕の脇腹を思い切り抓(つね)ってくる。


 ぎゃー、痛い。

 何も言っていないのに、これは酷いんじゃないのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る