第668話 お顔が邪悪

 嫁達三人と〈カリナ〉の〈南国果物店〉へ、冷かしに行って大量の蜜柑を買ってあげた。

 〈カリナ〉は嫁達に、始終ニコニコと応対していたが、僕には少し冷たい対応だった。


 僕は領主で、あんたの配偶者の雇い主なのに、その態度はいかがなものかと言ってやりたいな。

 ほんと良く考えて欲しいものだ。


 大量の蜜柑はメイドに持って帰らせて、僕と嫁達は〈リーツア〉さんの〈腹鍋屋〉で昼食を食べることにした。

 〈腹鍋屋〉は大盛況で、僕達のテーブルしか空いていなかった。


 はははっ、このような特別扱いは領主の特権だな。

 これからも、機会がある度に遠慮なく使わせてもらおう。


 〈腹鍋屋〉は大盛況だけど、〈南国果物店〉はそれほどでもない。

 果物はまだまだ、贅沢品(ぜいたくひん)だからとは思うけど、この格差が新たな嫁姑問題の火種になるかも知れないな。


 「〈あなた〉、今、悪い事を考えていましたね。お顔が邪悪でしたわ」


 はぁー、どこの世界に、夫の顔を邪悪なんて言う嫁がいるんだ。

 人を邪悪って言うヤツが、邪悪なんだよ。

 これではまるで、悪の組織内での社内結婚じゃないか。


 「〈アコ〉は、酷いことを言うよ」


 「うふふ、旦那様は直ぐに顔へ出ますね」


 「あははっ、〈ターさま〉は単純なんだよ」


 えぇー、嫁達は僕のことをどう思っているんだ。

 夫の威厳(いげん)が、丸っきりないじゃないか。


 「でも〈あなた〉の考えも、分かる部分がありますわ。私達嫁にとって姑は、本来頭の痛い存在です。だけど、いらっしゃらないと、それはとても心細いものなのですよ」


 「旦那様のお母様の代りは、私には務まりませんが、私達は家族なのですので、常に誠実でありたいと思います」


 「〈サトミ〉は、〈ターさま〉にもっと本音を言って欲しいな。まだ遠慮しているような気がするの」


 また、三人とも違うことを言うな。

 同じく嫁なんだけど、性格も生育環境も異なっているので、当たり前と言えば当たり前か。


 僕と嫁達は、〈腹鍋屋〉で「ふぅふー」「ふぅふー」と冷(さ)ましながら鍋を食べ、夫婦のことを語りあったんだ。

 もちろん、僕のこの渾身(こんしん)の駄洒落(だじゃれ)は、嫁達に完膚無(かんぷな)くこき下(お)ろされて、最大限の侮蔑(ぶべつ)を受けてしまった。


 「〈あなた〉の存在は、頭が痛くなりますわ」


 「誠実とは、真逆のふざけたものです。旦那様、ふざけるのなら、せめて笑いをとってください」


 「〈ターさま〉、下手な駄洒落を言うのは遠慮しようね」


 ちょっとした潤滑剤(じゅんかつざい)に、なったら良いなと思って言ったことで、ここまで人間性を否定されるか。

 おかしいじゃないか。

 そこまで言われたら、暴れてやるぞ。


 「ふふふ、冗談ですよ。〈あなた〉の存在は、私の頭の全てを占めていますわ」


 「うふふ、怒った旦那様も可愛いですね。旦那様が誠実な方なのは、私が良く知っております」


 「あはぁ、〈ターさま〉の駄洒落はアレだけど。〈サトミ〉には遠慮しないで、駄洒落でも泣き言でもドンドン言って欲しいんだ」


 かぁー、僕の心が底まで下げられて、一転空高く持ち上げられたよ。

 まるで、ジェットコースターのような急激な上下運動だ。

 心を弄(もてあそ)ばれて、一度ぐちゃぐちゃになったところへ、愛情を注(そそぎ)ぎ込まれた気分になってしまう。


 こんなことをされたら、また惚(ほ)れてしまうじゃないか。

 嫁達による複数での、恋愛テクニックなのか。

 一人でも太刀打(たちうち)ち出来ないのに、全面的に降参(こうさん)だよ。


 僕がキュンとなって真っ赤に頬を染めていると、嫁達が嬉しそうに笑っている。

 ベッドの上では嫁達に勝った気でいたけど、本当は勝負になっていなかったんだな。

 明日からはもっと頑張って、腰を振ることにしたい。



 ようやく、学校の建物が完成したぞ。

 もう直ぐ、《ラング学園》の開園式を盛大に挙行する予定だ。


 学校の名称は、僕が悩み抜いて命名したんだ。

 飾(かざ)り気のない感じに、そこはかとなく、秘めた情熱があるだろう。


 えっ、そうは思えないって、か。


 ふー、見解(けんかい)の相違は、どこでも何にでも存在するからな。

 気にしてもしょうがない。

 シンプルイズベストと考えて欲しい。


 「あぁ、旦那様、とても心配です。倒れてしまいそうです」


 〈クルス〉がプレッシャーを感じて、僕に助けを求めてきた。


 「〈クルス〉の心配する気持ちは、良く分かるぞ。初めてのことは、何でも怖いものだ。僕との初体験を乗り越えた〈クルス〉なら、きっと大丈夫だ。僕が保証するよ」


 「えっ、旦那様、例えが大きく間違っています。初体験は、そもそも乗り越えるものではないと思いますよ」


 「でも怖くて心配したんだろう」


 「ん、旦那様の言われる通り、とても怖くて色々なことが心配でした」


 「そうだろう。でも今となっては、〈クルス〉もかなり積極的じゃないか」


 「えぇー、積極的なんて言わないでください。旦那様の要求に、合わせてあげているだけです」


 「えっ、そうかな。昨日の下着は穴開きだったけどな」


 「もぉー、あれは旦那様が買ってきた物じゃないですか。もぉー、朝からこのような話はしたくありません」


 〈クルス〉は最初弱弱しいことを言っていたけど、今はプリプリ怒って大股で部屋を出ていった。

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