第664話 家族って一体何だろう

 僕が入口で固まっていたら、〈サトミ〉の家族が全員泣き出してしまった。

 〈サトミ〉と兵長なんか、全力で泣いているぞ。


 お化粧をしていないから良いものの、〈サトミ〉の瞳からは大粒の涙が流れている。

 花嫁衣裳へも、ポタポタと落ち続けている。


 オレンジ色のレースが、涙の雫(しずく)を受け止め、蜜柑色の玉を作っているようだ。

 黄金色の真珠のネックレスが、蜜柑色の涙と同調して、〈サトミ〉の顔を煌(きら)めかせているんだ。


 王都で作って貰ったんだろう。

 耳では、ひづめの形のイヤリングもキラキラと揺れていた。

 泣いている〈サトミ〉は、金色の光を周りへ放っているんだな。


 その光は、たぶん尊いものなんだろう。

 だけど僕には、遠い世界の出来事だと感じてしまう。


 「うわぁーん、〈タロ〉様」


 えっ、〈サトミ〉が僕を呼んで、縋(すが)るように僕を見ているぞ。

 〈サトミ〉の瞳からは、今もぽろぽろと、涙が零れ続けているじゃないか。


 そうだ、僕にも出来ることがあるんだ。

 僕は〈サトミ〉に近づいて、ハンカチで〈サトミ〉の涙を拭いてあげた。


 「〈サトミ〉が泣くようなことがあったら、これからは僕が拭き取ってあげるよ」


 「〈タロ〉様が、〈サトミ〉の哀しみをぬぐい取ってくれるの」


 「あぁ、〈サトミ〉にずっと寄り添って離れないよ」


 「あはぁ、〈サトミ〉は幸せだよ。だから、お父さんも、おばちゃんも、お姉ちゃんも、お兄ちゃんも、もう泣かないでよ。〈サトミ〉は〈タロ〉様と、新しい家庭を作って幸福になるんだ」


 〈サトミ〉の家族から、「〈サトミ〉をどうぞよろしくお願いします」と頭を下げられて、僕も「分かりました」と頭を深く下げた。

 気の利いた返しは出来ないし、それらしい言葉は嘘くさくなるだけだと思う。

 〈サトミ〉の家族は、飾(かざ)った言葉より、僕の行動で判断を下すだろう。


 〈サトミ〉は、〈僕と新しい家庭〉を作ると言った。

 それは僕と〈サトミ〉が、家族になると言うことだろう。


 それじゃ〈サトミ〉の家族は、〈サトミ〉とはもう家族じゃなくなるのか。

 一般的には〈サトミ〉の実家と言うことなんだろうが、家族って一体何だろう。

 良く考えると分からなくなってきたな。


 結婚式の間、〈サトミ〉の家族はずっと泣きどおしだった。

 〈もう泣かないでよ〉と言っていた〈サトミ〉も、ずっと泣きどおしだ。

 参列者もつられたのだろう、半分以上の人が泣いていたと思う。

 〈アコ〉と〈クルス〉も、涙ぐんでいたな。


 こんな涙涙の結婚式は、聞いたことも見たこともない。

 僕は一体どうすべきか。

 僕は男の子だから、泣いたりはしないぞ。

 僕の家族を幸せにするために、全力を尽くすだけだ。


 〈サトミ〉は泣いてばかりだったけど、何とか結婚式を終えて〈サトミ〉の後宮で疲れた身体を休めている。

 〈サトミ〉が寝室でゴソゴソとしているのは、花嫁衣裳を丁寧に仕舞っている音らしい。


 結婚して夫婦になったら、〈サトミ〉は僕をどう呼ぶのだろう。

 〈ターちゃん〉だったらどうしよう。

 かなり恥ずかしいぞ。

 でも〈サトミ〉がそう呼びたいのなら、ダメとは言えないな。


 「〈ターさま〉、お風呂に入ろうよ」


 〈ターさま〉って、そうきたか。

 お人形より二段階ほど上だから、文句を言うことじゃないな。


 それよりも、〈サトミ〉の格好の方が問題だ。

 真っ白な下着しかつけていないぞ。

 しかも、大部分がレースで透けているし、ショーツのウエスト部分はヒモでしかない。

 王都で大人買いした、セクシーランジェリーの一つに違いない。


 あれだけ結婚式で泣いていたのに、花嫁衣裳の下はこんな際(きわ)どい下着だったのか。

 しかも下着しかつけていないのに、少しも隠さず堂々としているぞ。


 「〈サトミ〉、その恰好は」


 「ふぅん、もう夫婦なんだから良いでしょう。直ぐにお風呂に入るんだから、着替えるはもったいないよ」


 僕が唖然(あぜん)としていると、〈サトミ〉が僕の手を引いてお風呂に連れていってくれる。

 そして、セクシーランジェリーを躊躇(ちゅうちょ)なくポンポンと脱いで、全くのスポポーンになってしまった。


 〈サトミ〉のあまりの変りように、僕は頭がついていかない。

 いきなり全裸を見せても、〈サトミ〉は大丈夫なんだな。

 裸に自信があると言うより、夫には何も隠さないってことなんだろう。

 これが〈サトミ〉の夫婦の在り方なんだな。


 「へへっ、〈ターさま〉、〈サトミ〉がゴシゴシ洗ってあげるね」


 〈サトミ〉はとても嬉しそうに笑っている。

 結婚したら僕の身体を、洗ってあげたいと思ってくれていたのかな。


 「はぁ、よろしく頼むよ」


 〈サトミ〉が僕の全身を洗ってくれて、その中に僕の股間も含まれていたことから、ようやく僕もピキンと覚醒したようだ。


 「ぐへぇ、ぐへぇ、〈サトミ〉も洗ってあげるよ」


 「いゃん、そこは自分で洗うよ。お風呂でエッチなことはしないでね」


 「良いじゃんか、良いだろう。〈サトミ〉、手を退(の)けろよ」


 「んんん、やらしいとこばっかり、触わっちゃダメだよ」


 僕は〈サトミ〉の身体を、手で全て洗ってあげた。

 口の中も丁寧に、舌で浄(きよ)めてあげたんだ。

 僕のスケベ菌H株がべっとりと、逆に経口感染(けいこうかんせん)したかも知れないけどな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る