第663話 家族水入らず

 「うへへっ、ご領主様と〈サトミ〉奥方様は、私の救世主様でございます。腕によりをかけて足をねじ切る思いで、衣装を完成させましたです」


 《ラング》でも、〈華咲服店〉って名前にしているんだ。

 お頭(つむ)に花が咲いている、〈ベート〉らしい良い名前ではあるな。

 でも花は散ったのか、今は実がかなり太ってきている最中だ。


 「あはぁ、〈ベート〉さんは大げさですね。お店の評判は良いらしいですよ」


 「いやぁ、そうなんですけどね。競合店が出来れば、一気にダメになるですよ。その折(おり)は何とど、お願い申し上げまする」


 〈ベート〉は変だけど、服を作る腕は変じゃないので、何とかなるんじゃないの。

 もし店がダメになっても、〈ソラィウ〉と結婚したんだから、飢(う)える心配はないしな。


 「へへっ、〈タロ〉様、この花嫁衣装はどうかな」


 衣装の調整を店の奥でしてた〈サトミ〉が、服を着たままヒョコヒョコと出て来たぞ。


 えぇー、良いのか、〈サトミ〉。

 結婚式前のこの段階で、花嫁衣装を着ているところを、僕に見せて良いのか。

 でも、見せているのなら良いんだろう。

 結婚式で花嫁衣装を見せたいのは、夫以外の人だと言うことなんだろうな。


 僕の気持ちは少し落こったけど、〈サトミ〉の花嫁姿はやっぱり可愛いぞ。


 「〈サトミ〉、すごく綺麗だよ。普段の〈サトミ〉も良いけど、花嫁衣裳の〈サトミ〉は格別に良いよ」


 「あはぁ、〈タロ〉様に褒められて、〈サトミ〉は嬉しいな」


 〈サトミ〉はポッと頬を染めて、その場でクルクルっと回る。

 花嫁衣裳でピョンピョン跳ぶのは、はしたないと思い、回ることで嬉しさを表現しているんだろう。


 〈ベート〉作による〈サトミ〉の衣装は、ミニ丈(たけ)で真珠色のドレスだ。

 スカート部分は、膝上でふんわりと裾(すそ)が大きく広がっている。

 上半身は肩をレースで覆(おお)い、胸元は深めのカットだ。


 透けた肌と、上乳がちょっぴり見えているのが、可憐さとセクシーさを同時に表現しているぞ。

 ウェスト部分には草緑色の太い帯をして、後ろの腰の上で薔薇の形に結んでいるようだ。


 衣装自体は艶(つや)がある白だけど、裾と肩を覆っているレースは淡いオレンジ色で、〈サトミ〉の可愛らしさを遺憾(いかん)なく発揮(はっき)しているな。

 そう きゅーと。


 思わず〈サトミ〉を抱きしめようとしたら、〈ベート〉が「げへぇ」「げへぇ」とこっちを見てたので断念せざる得なかった。


 妊娠中なので欲求不満が溜まっているんだろう。

 目がかなり怖かったんだ。


 花嫁衣装の最終調整が終わり、〈サトミ〉をデートに誘ったら、結婚までの日は家族水入らずで過ごすと断られてしまった。


 「〈タロ〉様、誘ってくれたのに、ゴメンなさい。結婚したら、この埋め合わせはするからね」


 僕は度量(どりょう)が大きい男だから、からからと陽気に笑い〈サトミ〉とさよならをした。

 ぐすん、ぐすん、〈サトミ〉は僕を家族とは思ってくれていなんだ。


 〈サトミ〉と別れた帰り道、むしゃくしゃして小石を思い切り蹴ったら、土の中の部分が巨大だったようで、足の親指の爪が半分剥がれてしまった。

 この〈氷山石め〉と僕は叫んで、足先がズキズキと痛む。

 僕は男の子だから、泣いたりしないぞ。



 〈サトミ〉との結婚式の当日は、冬の始まりの晴れの日であった。

 実りの秋を終えた《ラング領》は、陽気な空気に包まれているが、僕の心の中には一足早く北風が吹いているようだ。


 ふぅー、結婚式がもう直ぐ始まるな。

 花嫁の控え室へ行くと、〈サトミ〉が家族に囲まれていた。


 〈サヤ〉が透き通ったベールを、花冠と《赤王鳥》の髪飾りの後ろにつけてあげている。

 〈ハヅ〉と兵長は、〈サトミ〉の花嫁姿が可愛いのだろう。

 〈サトミ〉の方を向いてニコニコととても嬉しそうだ。

 〈サトミ〉のおばちゃんは、顔をクシャクシャしてもう泣きそうになっているぞ。


 この中へ僕が入るのは、かなりためらわれるな。

 幸せな雰囲気をぶち壊してしまいそうだ。


 キスやエッチなことをするどころか、僕は部屋の入口で立ち止まってしまい、そこから動けない。


 「〈サトミ〉の花嫁姿は、とっても素敵だよ。お姉ちゃんが思っている以上に、〈サトミ〉は大人なんだね。部屋の隅で膝を抱えていた頃とは、大違いだよ」


 「へへっ、お姉ちゃん、ありがとう。そうだよ。〈サトミ〉はもう大人なんだよ」


 「うぅ、〈サトミ〉。大きくなったな。すごく綺麗だよ。お父さんは、〈サトミ〉が誇らしくて、胸が一杯なんだ。お母さんがいないのに、良くここまで育ってくれた」


 「ありがとうだけど、泣かないでよ、お父さん。〈サトミ〉も堪らなくなっちゃう」


 「〈サトミ〉、嫌なことがあったら、いつでも言って来いよ。お兄ちゃんが必ず何とかしてやるからな。子供の時みたいに、黙ってたら承知しないぞ」


 「ぐすん、お兄ちゃん、ありがとう。でもね、〈サトミ〉は大丈夫だから。もう心配しないでね」


 「うぅ、〈サトミ〉ちゃんの花嫁姿を見るのが、おばあちゃんの夢だったの。この老いぼれに、もう思い残すことはありません。〈サトミ〉ちゃんは、おばあちゃんの自慢の孫で本当に綺麗だから、堂々と胸を張って生きるのよ」


 「うわぁーん、おばちゃんは、まだ死んだらいけないんだ。〈サトミ〉と〈タロ〉様の赤ちゃんを、抱かないといけないんだよ」

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