第649話 〈ルョサル〉男爵家

 だけど、吃驚仰天(ぶっくりぎょうてん)させられたのは、〈アル〉が騎士爵に任じられたことだ。


 「えっ、どうして」って感情が、顔に出ていたんだろう。

 王太子が「ごほん」とわざとらしい咳をしているぞ。


 どうも〈副旅団長〉の奥さんが、男爵家へ〈アル〉が婿入(むこい)りをすると聞いて、王宮内で暗躍(あんやく)したみたいだ。

 〈海方面旅団〉は兵站のみで評価は知れているし、平民出身の〈リク〉はこれ以上の昇爵はあり得ないから、二つの功績を全て〈アル〉のものとしたらしい。

 どうしたら旅団の功績を、個人のものに出来るのだろう。

 

 とんでもない力技だよ。

 あの奥さんマジで怖えぇわ。

 秘書の職務を、無茶苦茶逸脱しているんじゃねえの。

 〈副旅団長〉も僕も、制御出来ない隠然たる力を、持ち過ぎている気がするぞ。

 改めて嫁が、奥さんへ手土産を渡す意味を、思い知った気がするよ。


 あのデッカイお尻を叩いたら、どんな音が鳴るのか試そうと思っていたけど、もう止めとくわ。

 ボゴゴーンと良い音がしても、その後でドでかい、しっぺ返しをくらいそうだ。


 それにしても、〈アル〉を騎士爵にした意味が良く分からないな。

 次期〈ルョサル〉男爵家当主へ、今から恩を売っておくってことなのか。

 だけど、ただの男爵家に恩を売っても、それほど良いことはないと思う。


 奥さんに何か意図があるのだろうが、探ることは危険だと判断したので、もう気にしないでおこう。

 それが、のほほんと楽しく生きる知恵なんだと思う。


 〈アル〉が怪我で療養中となっているため、僕が代わりに昇爵の伝達を受けておいた。

 おっぱいを揉んでいるのが、療養とは誠に呆れるな。


 「《ラング伯爵》は、本当に気の毒だ。武勲の兵士を、〈ルョサル〉男爵に取られてしまうのだな」


 あっ、〈アル〉が男爵家へ婿入りするのは、もう周知の事実なんだ。

 それに、《ナセ伯爵》は心の底から、僕のことを気の毒と思っているらしい。

 〈西部方面旅団〉所属の領地貴族も、僕へ同情的な視線を投げてくる。


 〈アル〉がとても有能で、凄(すさ)まじい武力を有するとでも、勘違いしてそうだ。

 とても本当のことは言えないぞ。


 「えぇ、残念でなりません。臥(ふ)せっている床(とこ)でも、握力の鍛錬をするような男なのです」



 また〈サトミ〉と一緒に眠り朝が来たので、僕は王都を離れ《アンサ》の町へと向かう。

 《ラング領》へ帰る船に乗るためだ。

 寝る前に〈サトミ〉の身体を触りまくったので、〈サトミ〉の目は気のせいか、まだトロンとなっているように思う。


 「はぁ、〈タロ〉様は結ばれた日から、遠慮なしに〈サトミ〉の身体を触るね」


 「嫌だった」


 「ふぅん、嫌じゃないけど。声を押さえるのが大変なんだ」


 「我慢せずに、出せばいいじゃないか」


 「むっ、〈アラン〉君と〈アー〉ちゃんに聞かれたら、恥ずかし過ぎて〈サトミ〉は死にたくなるよ」


 「そうか。でも後宮は壁が厚いから大丈夫だよ」


 「…… 」


 〈サトミ〉はもう返事をしなくなってしまった。

 なぜなんだろう。

 僕は構わず〈サトミ〉を抱きしめて、しばしお別れの熱いキスをする。

 〈サトミ〉も僕の背中へ手を回し、「卒苑式に出席して欲しいな」と小さな声で伝えてきた。


 僕が卒苑式に出席するのも、小声で言うような恥ずかしいことなの。

 さすがにそれはないわ。

 たぶん、こうだろう。

 熱いキスに感じてしまったのが、〈サトミ〉は恥ずかしかったんだろう。

 ぐへへへぇ。


 「もちろん、出席するよ」


 と僕は笑顔で答え階段を降りていく。


 〈サトミ〉は階段の上に留まって、降りてくることしなかった。

 もう一か月と半分くらいなので、〈サトミ〉には耐えて欲しい。

 完成した〈サトミ〉の後宮で、思い切り声を出せる日も、直ぐそこなんだからな。


 どんな声を出してくれるのか、今からとても楽しみである。

 ぐへへへぇ。




 《ラング領》へ帰ってきたら、〈スアノニ女子修道院〉改め〈ラング女子修道院〉長達が、気の早いことにもう移住してきていた。

 まだ、修道院は外観しか出来ていないのに、この人達どうするつもりなんだ。


 「おほほっ、《ラング伯爵》様、ご機嫌麗しゅう御座います」


 「院長様も、お元気そうでなりよりです。もう来られたのですね」


 「えぇ、待ちきれなかったのですわ。内装は私達もお手伝いをさせて頂きますね。修道院は自給自足が信条で御座いますので、自分達の住むところぐらい、パパパッと造れますのよ。おほほっ」


 院長は大きなおっぱいを揺らすように笑って、修道女達を連れ建設現場へ向かっていった。

 僕は二十人もの、修道服に包まれたお尻を、唖然(あぜん)と見送るだけだ。


 修道女達は大小様々なお尻の上に、大きな荷物を背負っている。

 建設中の修道院で寝泊まりする気なのか、修道女達の生き方は考えていた以上にハードモードなんだな。


 後で修道院建設業者の親方から、「邪魔でしょうがない」「勝手に板を張りやがる」「何とかしてください」と必死の訴えが寄せられたけど、「院長に言ってくれよ」「僕に言われてもな」「もう諦めろよ」と親身に答えておいてあげたよ。


 親方は感極(かんきわ)まったのだろう、涙を流して帰っていったな。

 たぶん、素晴らしい修道院が完成するに違いないと思う。

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