第647話 僕の一本

 夕食も食べずに、部屋に閉じこもって、一人でお酒を飲んでいたんだ。


 「〈タロ〉様、〈サトミ〉だけど入るよ」


 〈サトミ〉は、僕の了解をとる気もなく、部屋にズカズカと入ってきた。


 「〈サトミ〉、今は一人にしてくれよ」


 「い・や・だ。〈タロ〉様は、もう直ぐ《ラング》に帰ってしまうのに、〈サトミ〉に怒ったままなの」


 「あー、〈サトミ〉に怒っているんじゃないよ」


 「だったら、〈サトミ〉と一緒に食べてよ。お話をしてよ。キスしてよ」


 〈サトミ〉は扉の前で拳を握りしめながら、ワンワンと泣き出してしまった。


 僕は情けないことに、〈サトミ〉を泣かせてしまったんだ。

 〈サトミ〉は何も悪くないのに、〈サトミ〉を避けるような態度をとったんだ。

 〈サトミ〉はまた一人ボッチになるのに、嫌な気持ちを持たせてしまったんだ。


 「ごめんよ、〈サトミ〉。気持ちの整理が出来なかったんだ」


 僕は〈サトミ〉を引き寄せて、ぎゅっと抱きしめた。

 〈サトミ〉の身体はやっぱり暖かくて、僕のイラついた心を鎮めてくれる。


 「ううん、〈サトミ〉の方こそ、泣いたりしてゴメンなさい。でも辛いことを、〈サトミ〉にぶつけて欲しかったんだ」


 「そうだよな。〈サトミ〉を抱きしめたら、気持ちが落ち着いたよ」


 「へへっ、〈サトミ〉は〈タロ〉様の役に立ったんだね」


 「ホントだね。〈サトミ〉は僕を癒してくれる、妖精かもしれないね」


 「むぅ、〈サトミ〉は妖精じゃないよ。ちゃんと肉体があるもん。〈タロ〉様、今直ぐ触ってみてよ」


 僕は〈サトミ〉の、おっぱいとお尻を触らせて貰った。

 そうすると、少し残っていたモヤモヤがなくなって、モンモンが残こるだけになった。

 だけど夕食を抜いたから、今は蛋白質(たんぱく)を出すより、蛋白質を摂取したい気分だ。


 「〈サトミ〉、今頃お腹が空いてきたんだ」


 「ふふっ、〈タロ〉様がそう言うと思って、ちゃんと残してあります。今日は分厚いお肉なんだよ。暖めてくるから、少し待っててね」


 食堂でも良いんだけど、〈サトミ〉が持ってくるって言っているのだから、待つ一択だな。

 〈サトミ〉はクスクスと笑いながら、口についたソースをナプキンで拭いてくれたり、むせた僕の背中を叩いたりしてくれた。

 〈サトミ〉が僕の食べるところを見ているもんだから、ガツガツと豪快に食べようとした結果がこうなんだ。

 自意識過剰だな。


 「僕は〈サトミ〉の子供みたいだな」


 「ふふっ、自分でも分かっているんだ。〈タロ〉様は、放って置くと危(あや)ういね」


 はぁー、〈サトミ〉に言われてしまったぞ。

 こっちが心配してたのに、逆になってしまった。

 まあ、〈サトミ〉がそう言いたいのなら、それが正解なんだろう。


 「危ういか」


 「そうだよ。だから今晩は、〈サトミ〉が一緒に寝てあげるね」


 〈サトミ〉が、最高に良い案のような顔をしているので、これも正解なんだろう。

 僕も望む所だ。


 ベッド中で〈サトミ〉の色んな所を触ると、泣きそうな声で「もう触らないで」と〈サトミ〉が白旗を上げてきた。


 「ははっ、僕は子供じゃないだろう」


 「ふん、〈タロ〉様はエッチ過ぎるんだ。もう遅いから寝ようよ」


 〈サトミ〉が、とても可愛い感じで言ってくるから、スケベな心が少し引っ込んで僕も寝ることにした。

 眠る直前に〈サトミ〉が、優しく「良く眠るのよ」と、声をかけてくれた気もしたな。



 〈リク〉が〈アル〉の見舞いに行こうと言い出した。


 〈アル〉は友達でもあるから、そうすべきだと言う理屈(りくつ)だ。

 友情は理屈ではないけど、〈サトミ〉もお見舞いに行きたいと言うので、二対一で僕の負けだ。


 〈サトミ〉が〈南国果物店〉の果物を、見繕(みつくろ)ってくれて、病院へお見舞いに向かった。

 〈サトミ〉が言うには、この病院へ僕が入院してたことがあったらしい。

 《黒帝蜘蛛》に襲われた時なんだけど、殆ど覚えてないや。


 「へぇー、僕が入院していたの」


 「えっ、〈タロ〉様、覚えてないの。〈サトミ〉には、心配ですごく辛かった思い出なんだよ」


 「ふーん、それじゃ、あまり来たくなかったんじゃないの」


 「へへっ、辛いのは、〈タロ〉様が元気になってくれたから、もう幸せに変ったんだよ」


 おぉ、あれか。

 〈辛〉と言う字に、元気になった僕の一本を足して、〈幸〉と言う字に変わったってことか。


 げへへぇ、待ってろよ、〈サトミ〉。

 もう直ぐ元気になった僕の一本で、〈サトミ〉を幸せの極致に連れていってあげるよ。

 〈サトミ〉は、きっと「いく」「いく」と大きな声を出すんじゃないかな。

 うははっ。


 「はぁ、〈タロ〉様は朝から何を考えているの。お顔がすごくだらしないよ」


 〈サトミ〉がジト目で僕を非難してくるけど、僕の幸せな妄想では〈ジト目〉じゃなくて〈トロけた目〉をしているんだぞ。

 参(まい)ったか。


 だけど現実の〈サトミ〉は全く参っておらずに、僕の手をブンブンと振ってスキップするように歩いている。

 〈ジト目〉でもなく、〈トロけた目〉でもなく、〈キラキラとした目〉だ。


 〈サトミ〉は、元気になった僕の一本より、僕の手一本の方に幸せを感じるのだろうか。

 僕には女性の気持ちが、良く分からないな。

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