第646話 ブーメランパンツ

 僕が出て行こうとする前に、いち早く〈リク〉が店を飛び出そうとしていた。


 「〈リク〉さん、ちょっと待ってよ。〈カリナ〉さんの下着を選んで欲しいんだ。頼まれた人の数が多過ぎて、〈サトミ〉だけじゃ選びきれないんだよ」」


 〈サトミ〉の言葉で〈リク〉が真っ赤な顔になって、店の入り口で固まっているぞ。

 〈カリナ〉も〈サトミ〉に、セクシーランジェリーを頼んだのか。


 でも〈リク〉に選ばせようと考えたのは、〈サトミ〉の独断だろうな。

 このことを〈カリナ〉が知れば、ものすごく動揺するだろうな。

 はははっ。


 それにしても、どんだけの女性が、セクシーランジェリーを求めているんだ。

 《ラング領》には桃色の霞(かすみ)が、色濃くかかっているんじゃないのか。

 頼んだ女性の夫のスケベ面(つら)を、ぜひ見てみたいものだよ。

 鼻の下がダラーンと伸びた間抜面で、どアホウの子なんだろうな。


 「〈タロ〉様も、〈アコ〉ちゃんと〈クルス〉ちゃんのを選んで欲しいんだ」


 あははっ。


 「〈リク〉さん、この穴が開いたショーツと、ヒモみたいのと、どっちが良いの」


 〈リク〉は、〈サトミ〉の持っているショーツを見たくないのか、回れ右をして店を出て行ってしまった。


 「〈リク〉さん、了解。右手に持っていた、この穴が開いたショーツだね」


 ほぉ、〈リク〉は穴あきが好みなんだ。

 それに〈カリナ〉が履くまで、物(ぶつ)をジロジロ見ないとは、かなりの通(つう)とお見受けしたぞ。


 「〈タロ〉様はどれにするの」


 えぇー、僕にそう言われてもな。

 この店にいるだけで、かなり恥ずかしいぞ。

 早く出て行きたいな。


 「この辺りを全部だ」


 「すごい。大量だね」


 僕も顔を真っ赤にして店を出てきた。

 この機会に、セクシーランジェリーを見たい気持ちはあったんだが、〈サトミ〉に涎(よだれ)が垂(た)れている浅(あさ)ましい姿を、見られたくなかったんだ。

 穴あきも良いけど、ヒモ状が好みだと知られたくはなかったんだ。


 「あははっ、《ラング伯爵》様はヤッパ大物だね。この店であんなに爆買いをするなんて、伝説になるよ」


 「はぁ、恥ずかしいから適用に言っただけだよ。だから黙っていろよ」


 お願いですから、決して伝説にはしないでください。

 それでは、一生涯を超えて傷が残ります。

 デジタルタトゥーより、悪質だと思うのです。


 〈リク〉と店の外で、気まずい思いで長い時間〈サトミ〉を待っていた。

 どのくらい気まずいかと言うと、店の前を人が通るたびに、袖で顔を覆い隠すほどだ。

 これじゃ、変質者と何ら変わらないぞ。


 おまけに店主が店の外まで追いかけてきて、僕と〈リク〉にブーメランパンツみたいな、凝った趣味の物を勧めてくるんだ。


 「わたくしも、愛用しているのですよ。ほら、股間部分がモッコリとして堪らないでしょう」


 なぜに男の股間を見なくてはいけなんだ。

 モッコリを見せながら、クネクネと腰を動かすな。


 僕と〈リク〉は、これ以上道行く人に注目をされたくないので、「うん」「うん」頷いて言われるままに購入してしまった。

 ここのクネクネ店主は、僕達を格好の餌食(かっこうのえじき)だと見定めて、喰らいついてきたんだろう。

 僕の股間も喰われそうで怖かったな。


 あぁー、こんなパンツいつ履くんだよ。

 ムキムキマッチョマンの〈リク〉ならまだ良いけど、極普通の体格の僕では全く似合わないと思うな。

 もう帰りたい。


 「〈タロ〉様、お持たせ。ふぅー、こんなに一杯〈サトミ〉は持てないよ」


 そう言って〈サトミ〉は、大量の紙袋を僕と〈リク〉に押し付けてきた。

 僕と〈リク〉は、まだ羞恥プレイが続くのかと一瞬絶望したけど、紙袋は無地だったから救われた思いだ。

 良く考えれば、〈セクシーランジェリーで御座(ござ)います〉って分かる紙袋を使わないよな。


 「〈サトミ〉ちゃんは、《ラング伯爵》様に選んで貰わなくても良いの」


 〈ミオ〉、もう良いじゃないか。

 早くここから離れようよ。


 「〈タロ〉様に下着を選んで貰うなんて、そんな恥ずかしいことは出来ません」


 〈サトミ〉は顔を真っ赤にして力説しているけど、あんたは、〈アコ〉と〈クルス〉の下着を僕に選ばせたんじゃないのか。


 〈ラング広場〉を突っ切って帰る時に、また小魚を焼いている屋台が見えてきた。

 僕は速足で通り過ぎようとしたけど、〈ミオ〉と〈サトミ〉は屋台に駆け足で行ってしまう。

 途切れ途切れに聞こえてくる話の内容は、「〈マサィレ〉の元奥さんの再婚相手が死んでしまった」と言うことと、「元奥さんが子供を〈マサィレ〉に合わせたがっている」と言うことだ。


 僕は自分勝手な話だと思い、気分が悪くなってしまった。

 〈リク〉も聞こえたのだろう、何とも言えない顔をしている。

 屋台から戻ってきた〈ミオ〉と〈サトミ〉は、僕の顔を見て、言いかけていた言葉を飲み込んでいたようだ。


 〈南国果物店〉に帰ってきた僕は、かなりむしゃくしゃしてたんだろう。

 夕食も食べずに、部屋に閉じこもって一人でお酒を飲んでいたんだ。


 「〈タロ〉様、〈サトミ〉だけど入るよ」


 〈サトミ〉は、僕の了解をとる気もなく、部屋にズカズカと入ってきた。


 「〈サトミ〉、今は一人にしてくれよ」

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