第622話 お腹のポッコリ

 〈ソラィウ〉に泣きつかれて、僕は急遽(きゅうきょ)結婚式に出席することになった。

 〈ウオィリ教師〉も急すぎて、かなり困惑していたんだろう、履いている靴下に大きな穴が開いているが見える。


 僕の祝辞が終わって、改めて〈ベート〉の花嫁衣裳を見ると、しなやかな布地を使った身体に張り付くような純白のウエディングドレスだ。

 裾(すそ)が引きずるように長く、袖(そで)がラッパのように開いているので、とてもゴージャスに見えるけど、果たして〈ベート〉に似合っているのかは疑問が残る。

 頭にはベールを被り、その上に花冠を乗せているぞ。


 これもすごく可愛いけど、〈ベート〉にはキュート過ぎないか、もっとアダルトな美しさを演出した方が良いのでは。

 〈ベート〉は、思っていた以上におっぱいが大きいけど、お尻は想像を超えて《ラング川》の河口のように雄大である。

 身体に張り付くようなドレスが禍(わざわい)をして、お腹がポッコリと出ているぞ。


 これは年齢からくるものなのか、それとも妊娠のせいなのか、以前から裸を見ていなくては分からないものだと思う。

 後で〈ソラィウ〉に吐いて貰おう。


 「うーん、ベールは花冠の上が良いって言ったのに」


 「〈アコ〉ちゃん、〈ベート〉さんは私達が作った花冠を、下にはしたくなかったのでしょう」


 〈アコ〉と〈クルス〉は、頭の装飾が気になるようだけど、お腹のポッコリは気にならないのだろうか。

 僕は少し賢くなったので、特に〈アコ〉へは聞いたりはしないぞ。


 式は順調に進んだけど、最後の花冠を投げる場面で、しばし休憩となった。

 何とまあ、〈ベート〉がお色直しするんだと。

 〈クルス〉も、してないのに。


 「えっ、平民なのにお色直しをするのか」


 「えぇ、〈ベート〉さんはご自分の結婚式で、商品の宣伝をされているのですわ」


 「長い裾と大きな袖とベールは、出来るだけ布地を売りたいためだそうです」


 「はぁー、似合う似合わないを、度返(どがえ)ししているのか」


 「〈あなた〉、似合わないって言うのは禁句ですわ」


 「旦那様、〈ベート〉さんは、お客さんで一杯のお店を夢見ておられるのです」


 〈アコ〉と〈クルス〉も、結構厳しいな、似合っているとは言わないんだ。


 お色直しの服は、最初のヤツとは一転、ガーリーなドレスだ。

 フアフアした布地に、色とりどりの小さな水玉模様が飛んで、フリルがこれでもかと付けられている。

 極めつけは丈がミニで、ウエストを深紅の太いベルトで締めて、でっかい蝶々結びで飾っているぞ。


 ひと言で言うと、必要以上に頑張ったな、だ。

 決して細くない足を、そこまで見せる必要があったのか。


 参列者からも、「もう少し若ければ、もっと素敵だったのに」と惜しむ声が聞こえてくる。

 ちょっと悲しいけど、この声が〈ベート〉の求めているものだと思う。


 〈私ならあの花嫁衣裳を完璧に着こなしてあげるわ〉と、思わせたかったのだろう。


 〈ベート〉はやっぱり商売人なんだ、身を犠牲(ぎせい)にした目論見(もくろみ)は、見事に達成出来んだからな。


 〈ベート〉は慎重に狙いをつけて、ちょっと適齢期を過ぎた感じの女性へ、見事花冠を渡すことに成功していた。

 この女性が結婚式を挙げる時には、必ず〈ベート〉の店で花嫁衣裳を作るのだろう。


 「へへっ、ご領主様は、疑いのない私の救世主様です。私に夫と赤ちゃんと希望を授(さず)けてくれました。お礼にこの官能的な足を、自由にさせてあげたいのですが、夫が嫌だと言うんのですよ。おほほっ、悪(あ)しからずです」


 〈アコ〉と〈クルス〉が、僕の隣で「はっ」「ふん」と呆れたように声を吐き出しているぞ。


 「僕は二人の妻で十分以上満足しているから、足のお礼は全く必要ないぞ。それより〈ベート〉は、お店の方で頑張ってくれよ」


 「あっ、これは申し訳ありません。奥方様の前で、する話ではなかったですね」


 奥方様が前にいなくても、そのような話は結構です。


 「ご領主様、すみません。妻は結婚式で舞い上がっているのです。奥方様も許してやってください」


 〈ソラィウ〉がヘコヘコと頭を下げて、〈ベート〉に引っ張られて去っていく。

 後ろに続く両親と弟と妹も、ペコペコと僕達に謝っているぞ。


 親族とはいえ、とても気の毒だと思うな。



 〈クルス〉の後宮に帰って、お風呂に入りソファーでまったりしている。

 〈クルス〉のお風呂は、髪が長いので結構長風呂だ。

 髪をタオルでくるんで、脇の空いた部屋着で〈クルス〉もソファーに座ってきた。


 「旦那様、〈ベート〉さんの官能的な足はいかがでした」


 おっ、〈クルス〉はどういう意図で聞いているんだろう。

 でも僕は、〈ベート〉にはまるで興味がないので、正直に答えれば良いだろう。


 「頑張り過ぎだと思ったよ」


 「あらあら、可哀そうなことをおっしゃいますね。うふふ」


 〈クルス〉は〈可哀そう〉と言いながら笑ってるぞ。

 少し〈ベート〉に、思う所があるのかな。


 「真(しん)に官能的なのは、〈クルス〉のこの足だよ」


 僕は部屋着の裾をまくりあげて、〈クルス〉の白くほっそりとした太ももに、五本の指を滑らせてみた。

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