第619話 〈クルス〉の寺子屋
「うぅ、〈あなた〉、ごめんなさい。誰が報告するかで、行き違いがあったみたいですわ」
「はぁー」
「ううん、怒らないでくださいよ。お詫びに胸を揉んでもいいですから、ねぇ」
そう言いながら、〈アコ〉は赤いキャミソールをたくしあげて、おっぱいをポロンと僕の目の前に出してきた。
僕は突然のポロンに反応して、おっぱいを両手で揉んでしまう。
「あん、機嫌が直って良かったですわ。ふふふ」
あれ、僕は怒っていたはずなのに、今はニタニタしながらおっぱいを揉んでいるぞ。
〈アコ〉は僕におっぱいを与えさえすれば、僕が何でも言うことを聞くとでも思っているのか。
おっぱいを与えさえすれば、機嫌がたちどころに直るとでも考えているのか。
そんなはずがないだろう。
怒りとおっぱいは別物だ。
それに最近は、いつでも揉めているんだぞ。
でも〈ドリー〉は他人の奥さんなんだから、妊娠したからと言って、どうだって良い気もしてくるな。
今はおっぱいに集中しよう。
舐めることもしなくてはならないんだ。
おっぱいに忙しいのだよ。
「〈カリタ〉、僕は怒っているんだぞ。黙っていやがったな」
〈カリタ〉の煉瓦工場に出向き、〈カリタ〉を吊(つ)るし上げることにしたんだ。
「あれ、ご領主様は怒っているのですか」
〈カリタ〉は煤(すす)に汚れた顔でキョトンとしている。
「おぉ、〈ドリー〉が妊娠した報告がなかったぞ」
「あれれ、奥方様から聞いていませんか。おかしいな」
〈カリタ〉は心底分かないって顔付で、何も悪びれていないぞ。
ますます腹が立ってくるな。
「聞いてないな」
「へぇ、そうですか。それでは、今報告しますね。へへぇ、私達に子供が授(さず)かったのですよ。すごいことだと思いませんか」
〈カリタ〉は満面の笑みを浮かべて、だらしなく目尻を下げてやがる。
それほど喜ぶことか。
結婚する前から一杯いたしていたんだ、そりゃいつかは命中するわ。
「〈カリタ〉、嬉しいのか」
「へへっ、信じられないくらい嬉しいです。御恩あるご領主様に、直接伝えられたのもすごく嬉しいです」
無茶苦茶喜んでいるな。
〈カリタ〉は、僕が怒っていることに全く気付いていないぞ。
今は頭がお花畑なんだろう。
はぁー、怒っただけ負けた気になるな。
もうどうでも良いわ。
「今はどこの煉瓦を焼いているんだ」
「おぉ、よくぞ聞いてくれました。これは〈サトミ〉奥方の後宮の分です。精魂込めて焼いておりますので、きっと良い後宮になりますよ。他にも、学校や修道院や住宅やお店やらで、休む暇もないのです」
「ふーん、職人もかなり雇っているようだけど、それでも忙しいのか」
「えぇ、学校と修道院は大きな建物ですからね」
「ふーん、そうなんだ。まあ身体に気をつけて頑張ってくれよ」
「ありがとうございます。頑張って焼きますよ」
〈カリタ〉はそう言って、直ぐに作業に戻っていった。
本当に忙しいようだな。
新町を埋めるためにも、煉瓦を早く焼いて欲しいものだな。
学校の前哨戦(ぜんしょうせん)みたいな、が始まったらしい。
だから〈クルス〉は、もう執務を手伝ってはくれなくなった。
学校を造るのは失敗だったかな。
〈クルス〉は本当に忙しいのか。
〈クルス〉が詳しいことを話したがらないので、壁のアパートまで覗きにいってみよう。
どんなものでも覗(のぞ)きは、ドキドキしてキューとなって癖(くせ)になるな。
「皆さん、この紙に書かれている果物の名前はなんでしょう」
〈クルス〉が、紙に書かれた絵を連続して子供達に見せている。
幼児教育に良くあるヤツだな。
映像記憶の力を伸ばして、右脳を鍛(きた)えるってヤツか。
「知らない」
「…… 」
「へへっ、おいしそう」
「バーカ、絵は食べられないよー」
〈クルス〉はかなり苦戦しているな。
今日来ている子は、十人くらいだ。
移住してきた子と、臣下や兵士の子供らしい。
歳は十歳前後だと思う。
生意気な子や、しゃべらない子や、おバカそうな子もいるな。
学校を〈クルス〉に丸投げしてしまっているが、ストレスが溜まらないと良いな。
「皆さん、先生が持っているお野菜の名前はなんでしょう」
「イモ」
「…… 」
「へへっ、おいしそう」
「バーカ、生じゃ食べられないよー」
絵より現物の方が、まだましだな。
でもあまり変わらないから、前途多難のようだ。
移住してきた子の中に、ボッチで泥団子の男の子もいるぞ。
知らない子がいると、やっぱり馴染めないらしくて、〈クルス〉のお尻にずっと抱き着いてやがる。
あぁ、それは僕のお尻だぞ。
今直ぐ飛び出して、お尻を触っているボッチ顔に、僕のあそこをこすりつけてやりたい。
男のあそこを、グリグリとこすりつけられる恐怖を味わらせてやろう。
耐えがたい気持ち悪さを確実に覚えるはずだ。
ツンときて、うっとなって、うわぁーってなるぞ。
だけど僕は立派な大人で領主だから、裁判で〈強制わいせつ罪〉に断罪することにして、今はグッと堪えてやることにした。
はははっ、名領主と呼んでくれたまえ。
でも誰が〈強制わいせつ罪〉を訴え出るんだろう。
僕が訴えて、僕が裁(さば)くのではちょっとアレ過ぎるぞ。
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