第617話 孫娘を呼んでこいよ

 「おぉー」と野太い声を上げて、兵士が〈ハヅ〉と兵長を先頭に二列で行進を始めた。


 うーん、訓示はどうだったかな。

 今思うと、〈結婚した〉はいらなかったな。


 「はっはっ、〈タロ〉様。前向きな良い訓示でしたよ。私達も未来に向かって歩きましょう」


 僕は〈ハパ先生〉に慰(なぐさ)められて、トボトボと軍の後ろを歩くのであった。

 今回は、探索を進める上での拠点を整備するのが目的だ。


 拠点は小高い丘の上に、簡易的な小屋とテントを張れる場所を、整地するというものである。

 小屋は組み立て式で造営するため、三日もかからないで出来るらしい。

 整地した場所には、柱も立ててターフを張りやすいようするようだ。

 後日周囲に頑丈な柵を作れば、とりあえずの拠点が完成となる。


 ここみたいな橋頭堡(きょうとうほう)をいくつか築いたら、探索は飛躍的に進むと思う。

 今後この拠点を中心に、探索を進めれば有用な資源などが見つかるかも知れない。

 何もなくても軍隊の訓練にはなるらしいので、決して無駄にはならない。

 人が常駐するようになれば、牧場くらいは出来る可能性もある。


 遠くに見える〈ラノオイラキ山〉は、まだ頂(いただ)きに雪を湛(たた)え眩しく輝いている。

 真夏になっても輝きが消えない、侵されることがない万年雪だ。

 あの山の麓(ふもと)に行くには、馬で駆けても十日以上かかる。


 〈ラノオイラキ山地〉の更に北方に、宗教都市の《シエララ》の町があるらしいが、そこへ行くには一月以上かかるだろう。

 日数と峠の険しさを考慮すれば、とても貿易は出来そうにないな。


 あの輝く万年雪から解け出したのだろうか、拠点の近くにある泉の水を掬(すく)ってみれば、我慢出来ないほど手が痛くなる。

 山に囲まれた《シエララ》の町も、安易に俗世から手が出せない立地となっているんだろう。

 政治から隔離して、宗教の自立性を担保しているんだろうな。


 太陽が西側にかなり傾いたのを見て、《ラング領》軍は帰りの準備を始めた。

 明日からの作業は僕抜きでやって貰い、完成したらまた来ることになっているんだ。

 ははっ、領主なんだから、良いとこどりで良いんだよ。



 僕は館の前の広場で、また訓示をペチャクチャとしゃべっている。

 《ラング衛兵隊》の発足式(ほっそくしき)を挙行しているんだ。


 《ラング領》も飛躍的に人口が増えたので、軍隊が担っていた警察業務を別組織にして、専門性と即応性を持たせようと考えたんだ。


 隊員は、年老いたり持病を持っている兵士を充てることになった。

 軍隊時代のように重い荷物を持って走ったりはしないで、基本の町の中を歩いて巡回するため、《衛兵隊員》からは好意的に受け止められているらしい。


 だけど職務上、町の住民に嫌われる役目でもあるから、それほど楽なわけでもないと思う。


 「我々はここに誓いを立てます。《ラング衛兵隊》総勢二十名は、《ラング領》の治安維持に力の限り取り組み、《ラング領》の安寧(あんねい)に全力を尽くします」


 「うむ、諸君らの尊い意思を良く聞かせてくれた。善良なる住民達の安全は、君達の活動にかかっていることを忘れないで欲しい。《ラング衛兵隊》の活躍を大いに期待してるぞ」


 「ガハハハッ、〈タロ〉様は、吃驚するほど立派におなりになられましたな。この〈ネィスシ〉、隊長を命じられましたので、粉骨砕身(ふんこつさいしん)務めさせて頂きますぞ」


 〈ネィスシ〉隊長は、若い時から《ラング》軍で働いてくれている、年老いた忠臣だと思う。

 そのため僕とも、旧知の間柄だ。

 学舎に入る前の鍛錬時には、散々打ち込みをしてくれた憎い相手でもある。


 だけど夏休み中に、バババーンと打ち込み地面に転がしてやったから、もう仇(かたき)はとれているんだ。

 隊長の方も確証はないけど、僕に遺恨(いこん)はないと思う。


 〈ガハハハッ〉と笑うのは、豪快で度量が大きくて豪放磊落(ごうほうらいらく)であると思わしたいのだろう。

 でも実際は、わざと大声を出して誤魔化そうとしている、かなり臆病な性格なんだと疑(うたが)っている。


 ただ臆病なのが、《衛兵隊長》の資質(ししつ)にそぐわないとは言えない。

 臆病とは、最悪の事態を常にシュミレーションしているとも言えるからだ。

 治安維持のためだから、軍隊と違って《衛兵隊》は、蛮勇より臆病な方が十倍良いと思う。


 「〈タロ〉様、今日はお目出度い日だ。景気づけに一杯付き合ってくださいよ。ガハハハッ」


 「えぇー、発足した途端にもう宴会なのか」


 「ガハハハッ、今日は発足式だけで、巡回は明日からであります」


 僕は〈ネィスシ〉、隊長となった〈ネス〉に押し切られて、新町の飲食店へ連れて行かれてしまった。

 せっかく誘ってくれているのに、断ってはちょっと大人気ないし、発足したばかりだから隊長の顔を立てるのも領主の仕事だと思ったんだ。


 〈ネス〉が連れて行ってくれたのは、急増した若者を当て込んだ都会風のお店だ。

 初老の〈ネス〉が良く知っていたなと思うとともに、僕のために選んでくれたんだと思う。


 隊員は二十名もいるから、店内はギチギチで加齢臭が充満しているし、「おっ、小洒落(こじゃれ)た店だ」「ここは若向(わかむ)きだ」と死語が飛びかっているぞ。


 僕が乾杯の挨拶をした後に、隊員が趣味とか特技とかを告白してくれるけど、初老のおっさんとどうして合コンみたいな会話をしなくちゃならないんだ。

 孫娘を呼んでこいよ。


 持病で深酒を止められているとか、もう眠くなったとの声で、早々に宴会が終了したのが救いだったな。


 「皆、ご領主様と飲めて喜んでおりました。自分達はご領主様に、マジで期待されているだと驚いておりましたわ。ガハハハッ」


 「マジ」は〈ネス〉隊長の精一杯なんだろうな。

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