第612話 お父さん、私と腕を組んでください
扉を開けると、外でまだかと待っていた、〈クルス〉の母親と妹と〈クサィン〉の三人が入ってきた。
「ご領主様、本日はおめでとうございます。ですが、娘を泣かせるようなことをされれば、僭越(せんえつ)ながらこの〈クサィン〉許しませんぞ」
〈クサィン〉は脂汗をかきながら、僕へ一気に言ってきた。
だけど、御用商人の〈クサィン〉が、僕をどう許さないのだろう。
権力を持っている領主に逆らえば、御用商人でもイチコロだぞ。
それが分かっている、〈クルス〉の母親と妹と〈クルス〉本人も、唖然(あぜん)と〈クサィン〉をただ見詰めている。
無茶を言っている夫や父親に、どう声をかけたら良いのか分からなくて固まっているのだろう。
直ぐ横に僕もいるから、変なことを言えば藪蛇になってしまう。
義理だけど娘のためにか、単に父親の威厳(いげん)を見せつけたかったのか、どっちにしてもテンパり過ぎたのは確かだな。
〈許さない〉ではなくて、〈苦言(くげん)を呈(てい)します〉くらいだと思うな。
「お父さん、私と腕を組んでください」
そう言って〈クルス〉は、青い顔をしている〈クサィン〉を促(うなが)して腕を組もうとしている。
結婚式場への入場は、僕とじゃなくて義理の父親と歩むことにしたようだ。
〈クルス〉と〈クサィン〉の関係は距離を置いたもので、父娘(おやこ)としての繋がりはないと思っていたけど、さっきの言葉で思うことがあったのか。
だけど〈クルス〉がそうすると、ボッチの僕とは著しくバランスが悪くなるぞ。
ちょっと変だけど、しょうがないな。
「お母様、一緒に入場して頂いても良いでしょうか」
「あら、もちろん良いですわ。胸がときめいてしまいますね」
〈クルス〉の母親と腕を組んだら、なぜか〈クルス〉が睨(にら)んできて、妹が呆れたような顔になっている。
〈クルス〉の行動でこうなったのに、僕が睨まれるのは理不尽だと思う。
妹の方は、義理だけど親戚になるんだから、仲良くしようよ。
〈クサィン〉だけは、義理義理なんだろうか。
僕達が式場に入ると、参列者は少し戸惑った後、盛大な拍手を送ってくれた。
〈アコ〉と〈サトミ〉は、どうしてだが泣いているぞ。
元変なおばさんもオイオイと泣いているな。
〈リク〉、〈ドリー夫婦〉、兵長、農長、〈コラィウ〉はニコニコと笑っている。
この前は人が多くて分からなかったけど、〈ソラィウ〉も農長の奥さんも良く見えるぞ。
〈ハヅ〉と〈フィイコ〉と船長と〈マサィレ〉は、大笑いしてやがる。
〈マサィレ〉まで笑うなんて、かなりショックを受けるな。
完璧な装いの僕のどこに、笑える要素が微塵でもあるんだ、失礼千万で無神経な奴らだ。
〈ウオィリ〉教師と未来の〈ラング女子修道院長〉がお祈りをしている時には、僕と〈クルス〉はしっかりと腕を組んでいた。
〈クルス〉がペタッと引っ付いてくるので、《赤王鳥》の羽飾りが頬に当たるのは我慢しなくちゃいけない。
〈ウオィリ〉教師の先導で、誓いの契約書にサインを行い、ロウソクの火でそれを燃やした。
燃えカスが二つ、教会の天井へ舞い上がり、番(つがい)の黒い揚羽蝶(あげはちょう)みたいに舞っている。
僕と〈クルス〉も燃え上がり、昇天して子孫を残すのだろう。
今晩の初夜が楽しみで仕方がないぞ。
〈クルス〉が花冠を投げ入れると、知らない娘さんが「やった」と言いながら奪取(だっしゅ)していた。
どこか遠くの領地から移住してきた人らしい。
隣にいる友人が憮然(ぶぜん)とした表情をしているけど、〈クルス〉の花冠で仲たがいはしないで欲しいな。
〈クルス〉は側室であるため、〈アコ〉との結婚式とは違って披露宴は行わない。
だから、教会から直ぐに〈クルス〉の後宮へ帰ってきた。
この後宮で僕は、まず三日間生活することになるんだ。
〈サトミ〉は、この後直ぐ〈深遠の面影号〉で王都へ向かうことになっている。
〈サトミ〉の強い希望で、見送りはしないことになった。
一人寂しく僕達に見送られるのに、耐えられないのかも知れない。
船はゆっくりと離れていくから、ことさら悲しくなると言うからな。
ただ、女子修道院長と〈アコ〉の母親が一緒に帰るから、大きくてフニュフニュのおっぱいで癒(いや)してくれるだろう。
でも〈サトミ〉は女だから、おっぱいで癒されたりはしないのか。
〈クルス〉の後宮は、黒を効果的に使用した、かなりカッコいいものだ。
意見を聞かれたけど、当然僕は丸投げにしておいた。
〈クルス〉の後宮なんだし、僕の美的センスは自分でも丸っきり信用していないんだ。
天井と壁は白い漆喰(しっくい)だが、ソファーや家具は漆黒(しっこく)だ。
壁も一部黒に塗られており、空間を引き締めているようだけど、僕の感覚は怪しいもんだよ。
「〈クルス〉、良い後宮だな」
「ふふ、ありがとうございます。そこの長椅子に座っていてください。今、簡単ですが昼食を作ります」
〈クルス〉は花嫁衣裳から、白いブラウスと水色のスカートに着替えている。
白いブラウスは、襟(えり)がリボンで袖も膨(ふく)らんでいる可愛らしいデザインだ。
薄い生地の所々に、赤い小さな花が散らしてあるのは、上品だけどお値段もそれなりにするんだろう。
水色のスカートは、かなり短いプリーツスカートでフワリフワリと揺れて見えている。
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