第604話 〈あなた〉って誰だ

  〈アコ〉は庇(かば)ったので大丈夫だけど、僕の前髪を払ってくれた時に付いた燃えカスが、純白の花嫁衣裳を汚してしまっている。


 舌をペロッと出したのは、演出をやり過ぎたと思ったのだろう。

 だけど参列者からは、「おぉ」とどよめきが起こっている。

 大きな炎が、赤色から黄金色に変わったからだ。

 ナトリウムで炎色反応を起こしたんだろうけど、かなり危険だと思う。

 誰も火傷をしなくて良かったよ。


 かなり吃驚したけど、炎は直ぐに収まった。

 焦げてしまった特設祭壇は、この式が終われば解体するだけだから、あまり問題はないんだろう。


 式の最後は花冠のトスだ。


 〈アコ〉がアンダースローで遠く方へ投げこむと、移住してきた子供達の一人が掴んだようだ。

 少し幼な過ぎる気もするけど、あっという間におっぱいも大きくなると思う。


 〈アコ〉は泣くかと思ったけど、少し汚れた花嫁衣裳が気になって、それどころじゃないらしい。

 まあ、何回か使ったら色々と汚れるんだから、あまり気にするなよ。


 結婚式は何とか無事に終わって、披露宴に突入していく。


 領主の結婚というのは、領地の公的行事でもあるから、ケチケチせずにドーンとお祭り騒ぎにしなくてはならない。

 領民の領主への不満のガス抜きが必要なんだ。

 一揆とか、反乱とか暴動は、ご容赦(ようしゃ)してください。


 特設会場は、急ピッチで披露宴へ模様替えされている。

 大勢の人達に飲み食いさせる会場設営も、百五十人の兵士にかかったらあっという間に出来てしまう。

 〈ハヅ〉が偉そうに指揮をしているのが、かなり腹が立つな。

 笑いのために、バニーガールでやれよ。


 「〈アコ〉、立派な結婚式だったな」


 立派かどうかは微妙だけど、〈アコ〉のプロデュースなので、何でも良いから褒めておこう。


 「ふふ、〈あなた〉もそう思ってくれるのですね。私は領民の方々が、祝って下さったのがとても嬉しいですわ」


 えっ、〈タロ〉様じゃない。

 〈あなた〉って誰だ。

 他人に言う〈あなた〉もあるぞ。


 「あははっ、〈あ、な、た〉聞こえています。固まってしまってますわ」


 「はっ、〈アコ〉、呼び方を変えたのか」


 「ふふ、そうですわ。もう正式な妻なんですもの。前の呼び方の方が良いでしょうか」


 「つっ、悪いわけじゃないよ。慣れていないだけだ」


 「ふふ、〈あ、な、たー〉一杯言って慣れて貰いますわ。でもその前に、衣装を着替えてきますので、待っててくださいね」


 〈アコ〉がお色直しをしているが、披露宴はもう始めなくてはならない。

 ご馳走とお酒を前にして、領民にお預けを食らわすことは避ける必要がある。

 せっかく大金をかけて用意したのに、不満を募(つの)られせては意味がなくなってしまう。


 「私達の結婚式に参列してくださった、領民の皆様にお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。未熟者の二人ですが、末永(すえなが)くどうぞよろしくお願いいたします。ささやかながら、料理とお酒をご用意しておりますので、お時間の許す限りご歓談ください」


 僕は立ち上がって挨拶を行い、深々と頭を下げた。

 披露宴会場の参加者からは、「いいぞ、ご領主様」「良い結婚式だった」「《ラング領》は安泰(あんたい)だ」「ただ酒は大好物だ」と口々に叫んでいるぞ。

 もう酔っているんじゃないのか、少し心配になるな。


 〈ウオィリ〉教師の乾杯の音頭で、披露宴は混沌の渦に呑み込まれていく。

 間髪入れずに〈ウオィリ〉教師が、笑いながら僕にお酒を注いでくる。


 「はっはっ、女子修道院が《ラング領》に出来ますと、私の位階が自動的に上がるのですよ」


 教会の仕組みは分からないけど、ちょっと生臭い話だな。


 「女子修道院の建設場所を見てきましたわ。すごく大きくて驚きました。〈ラング女子修道院〉と言う名前にさせて頂きたいのですが、いかがでしょう。おほほっ」


 「えっ、前の名前は良いのですか」


 「それは過去のものです。本日の結婚式のように、新たな未来が始まるのですよ」


 院長はグッと拳を握って空を睨んでいる。

 空に何が見えたのかは分からいないが、未来を見据(みす)えているんだろう。


 会場から「おぉ」「美人だ」「大きいな」と声が沸き起こって、〈アコ〉が赤いドレスに着替えて披露宴会場に現れた。


 お辞儀をしながらゆっくりと歩いてくるぞ。

 この余裕は正妻に相応(ふさわ)しいけど、僕より貫禄(かんろく)があるのはちょっと困るよ。


 赤のドレスはロングドレスで、胸元も覗いていないし肩も出ていない。

 目につくのは《赤王鳥》の羽飾りだけの、大人しい装(よそお)いだ。

 たぶん領民の女性達に、好印象を持って貰うためを優先したんだろう。


 子供や女性達は、お菓子の袋を受け取ってから、披露宴会場からもう出て行っている。

 花嫁のお色直しのドレスを見た後は、もう興味を引くものがないのだろう。


 後はダラダラとお酒を飲むだけだから、当然と言えば当然だな。

 女性達からの〈アコ〉の赤いドレスの感想は、どうだったんだろう。


 アコ〉がゆっくりと歩いている間にも、僕の前にはお祝いを言ってくる人達が大勢詰めかけている。

 兵長や農長や御用商人の〈クサィン〉達だ。

 あんたらは身内に近いんだから、もっと遠慮をして後からにしろよ。

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