第603話 並んで歩みなさい
「私の自慢の娘の〈アコ〉。あなたが幸せになるのを信じていますよ」
〈アコ〉の母親は、〈アコ〉の肩を抱いて優しく語りかけている。
さっきのからかうような雰囲気から一転して、子供を愛(いつく)しむ母親へ早変わりだ。
「うぅ、お母様、私は必ず幸せになってみせます」
〈アコ〉は母親の急激な変化に、戸惑うこともなく平気で追随出来ているぞ。
この親にして、この子ありだな。
〈アコ〉親子は互いに見詰め合って、目尻に涙まで光らせているぞ。
感動的な光景ではあるが、僕は一体どうしたら良いのだろう。
ぼっーと立っているしかないな。
「〈アコ〉、〈タロ〉様と並んで歩みなさい」
「はい、お母様」
再び〈アコ〉は、僕の腕に手を絡めてきた。
その顔は真直ぐに前を向いて、人生の第二幕が開かれるのを待っている、主演女優のように凛々しいと思う。
さっき僕にお尻へキスされて、アダルト女優のような声を漏らしていたのは、たぶん下積み時代だったんだろう。
結婚式を挙げるのは、広場に設営された特設式場だ。
〈アコ〉に丸投げしていたら、えらいことになっていたんだ。
今日は晴れているけど、雨が降ったらどうするつもりだったんだろう。
「ふんっ、気合で私が晴れにしますわ」
〈アコ〉は不可思議な自信で言い切っていたが、本当に良い天気になったな。
特設式場の特設祭壇では、〈ウオィリ教師〉がもう汗だくになっている。
ちょっとどころか、過大に張り切り過ぎなんじゃないのか。
修道院はまだ完成していないのに、〈スアノニ女子修道院〉の院長が、僕達の結婚式のためだけに来てくれたことも、影響しているんだろう。
聖職者と言えども、おっぱいが大きい女性が隣にいるとあちらこちらが、つい元気になってしまうのだろう。
納得出来る理由だな。
修道院長が来たのは、《ラング領民》への顔見せと言う意味合いが、高いと思うけど有難いことではある。
僕と〈アコ〉が会場に姿を現すと、大勢の人達が一斉に拍手で出迎えてくれた。
「待ってましたよ、ご両人」と声もかけてくれている。
親しい人も良く知らない人も、笑顔で僕達を祝福してくれているんだな。
〈クルス〉と〈サトミ〉が、〈アコ〉に手を振っているぞ。
僕に振ってくれないのは、どんな理由があるんだろう。
えっ、楽団もあるぞ。
商店のおっさんやおばさん達が、特設式場の後ろの方で、どこで調達したのか中古の楽器を演奏してくれている。
音を外してばかりだし、テンポも不揃(ふぞ)いだけど目一杯結婚を祝ってくれているんだ。
特設祭壇へ歩いて行くと、移住してきた子供達が、左右から紙吹雪を僕達に振りかけてくれる。
〈マサィレ〉と元変なおばさんの〈サーレサ〉さんが、子供達へ紙吹雪が入った籠(かご)を次々に手渡しているのが見える。
〈リク〉も珍しくニコニコと笑いながら、小さな籠(かご)を手渡しているぞ。
ははっ、船長は屈(かが)んで腰が痛くなったのか、トントンと腰を叩いているな。
殆ど自分にかけてしまっている子や、丸めて僕に投げつけてくるボッチもいるけど、こんな風にされると堪らないな。
何かジーンとして、心が熱くなってしょうがない。
僕が何気なく言った、〈単純でいて豪華なもの〉の〈アコ〉なりの答えなんだろう。
素朴だけど、とても素敵な気持ちにしてくれるよ。
「〈タロ〉様、手を強く握ってください、私泣いちゃいそうですわ」
〈アコ〉も感動しているようだけど、〈アコ〉が作った僕の衣装を笑っているヤツもいるぞ。
〈ハヅ〉と鍛冶屋の〈フィイコ〉だ。
腹を抱えて笑ってやがる。
コイツらは後で、恥ずかしい衣装を着せて、市中引き回しの刑に処してやるぞ。
網タイツで、バニーガールスタイルが良いかも知れないな。
横で〈ハヅ〉達を睨みつけている〈ハパ先生〉に、地獄の千本打込みをやって貰うのもありだ。
式は進み、〈ウオィリ〉教師の先導で誓いの契約書に、サインをさせられる場面になった。
院長も契約書を押さえて、早くサインをしなさいって顔をしているぞ。
もう僕は〈アコ〉から逃げられないと思うと、何だか足に鎖をはめられた気がしてくるな。
僕ははめた方でもあるから、文句を言う立場ではないんだけど、そう思ってしまうのは止められない。
〈アコ〉はニコッと笑いサインをスラスラと書いている。
独身が終わることに、何の感慨もないのかな。
僕と〈アコ〉の自署が終われば、本日のクライマックスだ。
僕と〈アコ〉は互いに見詰め合った後に、相手の誓いの契約書をロウソクの炎で燃やす儀式が始まる。
相手の契約書を燃やすことで、「私は契約書がなくても、あなたを信頼します」という意味と、逆さまに契約書を燃やして神様へ契約書を奉納するという意味もあるらしい。
いずれにしても、裏切りは許されないってことだろう。
僕と〈アコ〉が同時に、ロウソクで火をつけると契約書は紅蓮の炎に包まれて、驚くほど大きく燃え上がった。
えっ、ちょっと。
何だこれ。
炎が大き過ぎるぞ。
ウオィリ〉教師と院長が、慌てて祭壇から逃げている。
僕も慌てて〈アコ〉を庇(かば)って後ろに跳んだ。
特設祭壇は、大きな炎に包まれて黒く焼け焦げている。
僕の前髪も少し焦げてチリチリだよ。
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