第601話 泉の清らかな水に溶けて霧散
僕達は昼下がりの《ラング》の町を、ゆっくりと館へ向かって歩き出す。
すれ違う町の人達は、笑顔で僕達に会釈をしてくれるし、町には活気が溢れている。
でも何だか、言い知れぬ不安を感じてしまう。
昔ボッチだった男の子の言った言葉が、〈人生に行き詰ってしまう〉というフレーズが頭から離れないんだ。
僕もいっちょ前に、マリッジブルーなんだろうか。
〈アコ〉と結婚するのが嫌なわけがないんだが、二人で暮らすことを想像出来なくて、戸惑っているのかも知れないな。
僕の悩みをよそに、許嫁達から結婚後の生活を聞かされた。
順番に三日ずつ暮らして、一日だけ僕の自由な日があるらしい。
そうなることは、僕も分かるんだけど、事前に相談くらいして欲しいよ。
三人は友達なんだから、僕をとり合ってガチのケンカをしないで欲しいな。
僕は三人にシェアされる、アイドルみたいなものなんだな。
何て僕は、罪作りな男なんだろう。
《ラング領》の女性が、全員僕のファンになったら困ってしまうぞ。
近いうちに踊りの振り付けを、ちょっと考える必要もあるな。
結婚式で、一節(ひとふし)歌ってみようかな。
〈サトミ〉と一緒に、馬に乗って〈夢の泉〉にやってきた。
速度を上げて風を切る感覚が、僕の不安を吹き飛ばしてくれたようで、自然と笑いが込み上げてくる。
〈サトミ〉も僕に並走して馬を走らせて、ニコニコと笑っていた。
〈サトミ〉がスカートの裾を摘まみ上げて、泉に素足を浸(ひた)しているのが眩しいぞ。
白い太ももが、太陽に照らされて輝いているようだ。
日に焼けた部分と、隠されていた部分の強烈な対比が、僕に眩暈(めまい)をもたらせていく。
「〈タロ〉様も入ったら。すごく気持ちが良いよ」
確かに、入れるのは大変気持ちが良いと思う。
僕は隠されていた部分の上を、見詰めてしまうぞ。
「うん。分かった」
泉に入ると、僕の衝動はいくぶん収まったようだ。
熱くなっていた煩悩(ぼんのう)と、股間が冷却されたのだろう。
ただ、冷静になると今の現状に、若干の違和感を覚えてしまう。
僕はズボンを脱いで泉の中へ入ったが、パンツ一枚になったのはかなりカッコ悪いんじゃないかな。
とても間抜けみたいな感じが、拭(ぬぐ)えないぞ。
ズボンの裾をまくるだけで、留(とど)めておくべきだった。
「あははっ、〈タロ〉様、可愛いカッコだね」
「むぅ、〈サトミ〉。笑うなよ」
僕は少しムッとしたから、〈サトミ〉のおっぱいを両手で揉んでやった。
まだ煩悩は、冷却しきれていなかったんだ。
「いゃん、ちょっと、〈タロ〉様。いきなり過ぎるよ」
〈サトミ〉はスカートの裾を摘まんでいるから、手で防ぐことが出来ないようだ。
僕におっぱいを揉まれ放題になっている。
「へへっ、太ももも撫(な)でまわしてやろう」
「えー、そんなとこ止めて。こんなに清らかな泉で、エッチなことしないでよ」
僕は〈サトミ〉の太ももを撫でまわし、ちょっと上のショーツ部分も触ってやった。
木綿の感触とスベスベの肌が、混じって指先に感じるぞ。
「あっ、そんなとこダメだよ。んんん、もう止めてよ」
〈サトミ〉の顔を見ると真っ赤になって、何かに耐えているようだ。
普通なら興奮してもっと撫でまわすところだけど、泉があまりに美し過ぎて、エッチな心が増幅しないな。
美しい景色は、人の攻撃本能を抑制して、発情状態を減衰させるんだな。
僕の助平な心も、泉の清らかな水に溶けて霧散したらしい。
僕は〈サトミ〉を抱きしめてキスをすることにした。
キスなら〈サトミ〉は、嫌とは言わないだろう。
「んん、〈タロ〉様、初めからキスをしてくれたら良いのに」
僕はまるで絵のような美しい泉の中で、〈サトミ〉にキスをしている。
だけど誰かに見られたら、パンツ姿でカッコつけている、ただの変態に見えるだろう。
ちょっと恥ずかしいけど、今〈サトミ〉は喜んでくれているらしい。
おパンツ変態でも受け入れてくれる〈サトミ〉は、何て良い子なんだろう。
僕は教会の控室で、新品のパンツに履き替えているところだ。
結婚式だから、ビロビロになったパンツは止めてくださいと言われた。
ビロビロは身体にフィットして、緊張感を軽減してくれるんだけどな。
戦争中も愛用した、僕の鼠色の勝負パンツはお気に召さないらしい。
上着とズボンを見て、「はぁー」と思った。
全身真っ白で、銀色の縁取りが施してある。
シャツも純白で、ビラビラのレースが、袖や首周りに纏わりついている始末だ。
僕が「結婚式は白」だと適当に答えた、仕返しなんだろか。
おまけに左右の袖を見たら、バーーンと金色で《黒帝蜘蛛》&《赤王鳥》の刺繍がほどこされてある。
これはもう、特攻服か沖縄の成人式だよ。
〈血痕死魔酢夜露死苦〉と書いた旗を馬の〈ベンバ〉に括り付けて、《ラング》の町を猛スピードで箱乗りしてやろうか。
でもこれはダメだな。
《黒帝蜘蛛》と《赤王鳥》の刺繍が、なぜか可愛いんだ。
〈アコ〉とお針子さんの、可愛いは正義と言う気持ちが、反映された結果なんだろう。
フォルムに丸みがあり、かなり緩い表情だ。
これじゃ、三流芸人の一張羅(いっちょうら)にしか見えないぞ。
今からでも、いくつかギャグを考える必要があるのかな。
〈クモッ、クモ、中身がどろーりん〉
〈ぴーちく、びーちく、押すの子」
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