第598話 汗臭い野郎の仲間入り
朝食を食べた後、〈ハパ先生〉が兵士の訓練を見てれくれと言ってこられた。
〈ハパ先生〉の頼みでもあるし、領主の仕事しても必要なことだと思う。
邪魔くさいと言って、済まされるものじゃない。
楽しくはないけれど、しょうがないことだ。
訓練所では、汗臭い野郎が大勢「ハァ」「ハァ」と荒い息を吐いている。
〈リク〉も当たり前のように、一緒になって荒い息を吐いているぞ。
ただ男の喘(あえ)ぎ声は、なぜこうも鬱陶(うっとう)しいんだろう。
ただ鍛えられた筋肉の集団は、かなり頼もしく感じる。
もし仮に、領主がスケベ過ぎると《ラング領》で住民の反乱が起きた場合は、身体を張って僕を守って欲しいな。
「〈タロ〉様、どうです。かなり様になってきたでしょう」
「おぉ、さすがは〈ハパ先生〉だ。良く鍛えられていますね」
「ははっ、さすがなのは、私じゃないですよ。兵士一人一人の頑張りです」
「その頑張りを引き出せるのが、すごいんじゃないですか」
「そうですか。それなら、もっと引き出すために、〈タロ〉様自らが手本を見せてくださいよ」
「えっ、手本ですか」
「〈タロ〉様、ちゃーんと防具と剣を用意してありますよ」
〈ハヅ〉の〈俺って出来る子だよ〉と言う顔つきが、心底腹立つな。
「〈タロ〉様、私も英雄様の手本が見たいです」
〈サヤ〉も、すごく嫌な言い方だよ。
結婚が決まったのに、どうして機嫌が悪いんだ。
これが世に言うマリッジブルーってヤツか。
〈アコ〉が、全くそうじゃないのは良いことだな。
モリモリと朝食を食べていたぞ。
「はぁー、ちょっとだけですよ」
「ははっ、ありがとうございます。皆注目してくれ。英雄と呼ばれているご領主様の、手本を見せて頂けるぞ」
訓練中の兵士から、歓声が上がった。
「おぉ、英雄様だぞ」
「魔獣を二頭も討伐されたお方だ」
「若くてボンヤリされているけど、強いんだぞ」
はぁー、野郎に褒められても何にも嬉しくないな。
おまけに古参の兵士からは、ボンヤリしていると言われたな。
ガックリと落ち込んで、猫背になってしまいそうだ。
にゃーんだよ。
にゃさけにゃいよ。
僕はその後、〈ハヅ〉と〈サヤ〉を相手にタップリと鍛錬をさせられた。
〈サヤ〉はまだ良いけど、〈ハヅ〉の馬鹿力をいなすのは大変だ。
僕も朝から、汗臭い野郎の仲間入りになってしまった。
防具が、かなりくちゃいぞ。
「もう《ラング領》に帰って来られたので、これからは毎日訓練を覗いてくださいよ」
「おぉ、やった」
「俺も相手をして貰おう」
僕が〈ハパ先生〉の申し出を否定する前に、兵士達が大声を出しやがった。
タイミングを失って、断れないじゃないか。
住民の反乱が起きても、コイツらはたぶん、僕の盾にならないと思うな。
それどころか、最初に生卵でもぶつけてきそうだ。
「〈タロ〉様にも、適度な運動が必要ですから、悪い話じゃないです」
〈ハパ先生〉、あなたね。
あなたの適度がおかしいから、すごく悪い話なんですよ。
「はぁ、分かりました」
「良く分かって頂いて、私も嬉しいですよ。ははっ」
「〈タロ〉様、軍の訓練は、鍛錬だけじゃないです。《ラング川》北方への探索は、冒険みたいでワクワクしますよ。今度一緒に行きましょう」
〈ハヅ〉も、極偶(ごくたま)に極(きわ)めて稀(まれ)に珍しいことに、良いことを言ったな。
未踏破(みとうは)の危険な大地に、最初の足跡を印(しる)すのか。
それはもう、男の見果(みは)てぬ浪漫じゃないのか。
処女地へクッキリと、自分の残滓(ざんし)を残すのだろう。
分け進み突き進んで、最奥に到達するんだ。
そうすれば、込み上げてくる熱いものを、大地は受け止めてくれると思う。
おしっこも、大きい方も、両方ともだ。
もう一つ出るものは、〈アコ〉と〈クルス〉の最奥で受け止めて貰っている。
「〈タロ〉様、ちょっとスッキリした顔が気持ち悪いです」
〈サヤ〉が、言いがかりのようなことを言ってきたぞ。
あぁ、可哀そうに、男の浪漫をまるで理解出来ていないな。
「〈タロ〉様、今朝は学校の建設現場と教会へ行く約束ですよ。はぁー、でもその前に汗を流す必要がありますね」
僕が館にいないので、〈クルス〉が様子を見に来てくれたみたいだ。
「はい。分かりました」
「ははっ、もう尻に敷かれているぞ」
「俺と一緒だ」
「領主様と言っても、嫁さんが怖いんだ」
兵士達がコソコソと話をしてやがる。
でもその眼差(まなざ)しには、生温(なまあたた)かいものがある。
ならなくても良かったのだけど、一気に僕と兵士達の距離が縮まっちまったよ。
兵士になるヤツなんて、ガサツなヤツが多いから、皆奥さんか恋人か母親に怒られているんだろう。
強く生きような。
僕が〈クルス〉と訓練所を出て行く時には、兵士達が一斉に敬礼をしてくれた。
これは一体感が生まれたせいじゃなくて、僕が領主だから当然なんだろう。
一応、〈サヤ〉もしているからな。
僕も敬礼を返しておいたが、はぁ、これから毎日するんだな。
もう疲れるよ。
僕と〈クルス〉は、一度館に帰って汗を流すことにした。
「〈クルス〉、一緒に汗を流すか」
「はぁ、私は汗をかいていません」
そりゃそうだな。
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