第595話 許嫁は皆油断出来ない女だ

 「〈タロ〉様、怒らないであげて悪気はないのよ」


 〈アコ〉はあくまでも、《入り江の姉御》の母親のせいにするんだな。


 「《入り江の姉御》のお母さんが、良いものがあるって言ってたの」


 〈サトミ〉の言うように、良いものではあったな。

 まあ、良いさ。

 この真珠は許嫁達のプレゼントするんだから、その分身体で奉仕して返して貰おう。


 「分かった。怒ったりしないけど、ただ期待しているよ」


 〈アコ〉は顔を赤らめて、〈サトミ〉はキョトンとしているだけだ。

 〈アコ〉は僕の意図を理解したようだが、〈サトミ〉はしていないらしい。

 

 〈サトミ〉とはまだだから、しょうがないと思う。

 キョトンしている様子が、いと可愛い。


 僕達は近況を話しながら、ゆっくりと《ラング》の町へ歩き出す。

 〈クルス〉は事情を知らないから、〈アコ〉に説明をして欲しいようだ。

 〈アコ〉の袖を引いて、二人でゴニョニョと話しているぞ。


 町の門を潜ると、新町の空白がバーンって現れると恐れていたが、そうでもない。

 向かって左側には、修道院と学校の基礎が造られようとしている。

 かなり大きな建物にしたから、よしよし、結構な面積を占めているな。


 それ以外にも、完成した建物や造りかけの建物があり、凡(おおよ)そ七割が埋まっているように思える。

 少し過大に見積もっているのは、僕の心の平穏のために勘弁して欲しい。 

 おぉ、これだけ埋まればもう怖くないぞ。

 今後のために三割程度はあった方が良いくらいだ。

 あはははっ。


 「〈タロ〉様は、《ラング》に帰って来られて、それほど嬉しいのですか」


 〈アコ〉が僕の高笑いを聞いて質問をしてきた。


 「新町が埋まってきたのが嬉しいんだよ」


 「あっ、〈タロ〉様は、新町を広く作り過ぎたと思っていらしたのですか」


 〈クルス〉が正解を言い当てたな。

 賢いヤツは油断出来ない。

 もし仮にひょっとして万が一偶然に、他の女性と変なことになったら、上手く隠さないといけないな。


 「〈タロ〉様、それで学校なんかを、言い出したんじゃないよね」


 おぉ、〈サトミ〉は勘が鋭いな。

 〈サトミ〉も要注意人物だよ。


 それじゃ、抜けているのは〈アコ〉だけだな。

 でも真珠では嵌(は)められたし、僕の許嫁は皆油断出来ない女だと思う。


 僕はこのような女性達に囲まれて、この先、少しばかりでも自由を得ることが出来るのだろうか。

 少しでもマズいことをすれば、三人から徹底的に糾弾されて地獄を見せられそうで怖いな。


 「〈サトミ〉でもな。長い目で見て、学校は領地の発展に欠かせないものなんだよ」


 僕は間違ったことは言っていない。

 学舎で学んだ許嫁達は、それが分かっているので、もう僕を責めたりしなかった。

 図らずも教育の有用性が、実証出来た感じだ。


 僕達は、新町の真新しい建物を眺めながら歩いている。

 旧町は二階建てしかなかったけど、新町は三階建てが多いぞ。

 一階を店にしている建物が、目立っている感じだ。


 「あっ、食器を販売しているお店が出来たのですね」


 料理が得意だからか、〈クルス〉が目敏(めざと)く見つけたようだ。


 「おっ、出来たのか。《ラング領》でも、一応焼き物を焼いているんだよ」


 「〈タロ〉様、ほら。革製品のお店も出来たんだよ」


 〈サトミ〉は〈馬主任〉だけに、革に興味があるんだな。


 「向こう側に、お菓子の店もありますわ」


 〈アコ〉はブレないな。


 「おぉ、新しい店が沢山開店したんだな」


 「へへっ、それはそうだよ。町の人口が倍以上になったんだよ」


 〈サトミ〉は《ラング》の町が、発展してすごく嬉しいようだ。

 僕も空白が埋まり肩の荷が降りた感じで、軽やかでとてもハッピーな気分になっている。


 少し歩くと、子供達の元気な声が、遠くで聞こえてきた。

 集合住宅が完成して、誘拐された子供達が移ってきたんだな。

 子供達の笑い声は、新町の青い空にどこまでも高く駆け上がって行くだろう。


 「〈アコ〉の後宮は、もう大丈夫なの」


 「ふふ、何も問題ありません。後で案内しますわ」


 〈アコ〉の表情は柔らかくて、何も心配いらなさそうだ。

 もう卒舎して王都へは帰らないんだ。

 ずっと《ラング》にいるのだから、全く焦る必要はない。

 ゆったり行こうと思う。



 館に着いたら、重臣達が玄関で出迎えてくれた。


 皆笑顔ではあるが、内心はどうだろう。

 ガキのくせに領主面したヤツが、これから居座(いすわ)るのか、うぜぇと思っていたりしてな。


 今日は急ぎの執務を少しだけ処理して、僕の卒舎祝いをしてくれることになった。

 〈アコ〉と〈クルス〉のお祝いは、ついでって感じだ。


 僕が領主だから、常に立てないといけないんだろう。

 僕は自慢じゃないが、良く立っているぞ。


 領内のヒエラルキーを維持しないと、秩序の崩壊を招(まね)く危険性が増大する。

 重臣達にとって、疎(おろそ)かには出来ないことだ。

 自分達のポジションも失ってしまう。

 これはちょっと、冷め過ぎた考えか。


 僕は重臣達にお酒を代わる代わる注がれて、鍛錬の疲れもあり早々に寝てしまった。

 〈アコ〉からのご奉仕は明日以降だな。


 一晩たって、朝早くから重臣達のレクチャーを、入れ替わり立ち代わり受けている。

 昼食を食べた後も続いていて、もうかなり疲れてきた。

 ただ書類だけで知っていた事柄(ことがら)を、丁寧に説明して貰うと良く分かってくるな。

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