第593話 絶対忘れません

 「あっ、〈組主導〉が女の子ともう中央にいるぞ」


 「うっ、ノッポとチョビも女の子を確保しているぞ」


 「皆聞けよ。組長からの指示だ。点在している対象を各個攻略しろ」


 ひやぁー、このご時世、女性を対象とか攻略するなんて、言ってはいけなんだぞ。

 思ってはいたけど、僕は一言も口に出していないよ。


 皆、このままじゃいけないと思っていたんだろう。

 〈健武術場〉に、大きな地響(じひび)きが起こった。

 最初に決めていた女の子を諦めて、所々(ところどころ)に固まって白(しら)けている女の子達へ一斉に向かっていっている。

 近づいて来る男を見て、女の子達はもう白けてはいない。

 期待と興奮に、胸を膨らませていると思う。


 揉めないおっぱいより、揉める可能性のあるおっぱいが、良いおっぱいに決まっている。


 一直線に目指せおっぱいを。

 そして勇気を持って揉むんだ。

 あっ、それはまだ早い。

 今は踊りを申し込むんだったな。


 「〈タロ〉様、今日はまだ、私は攻略されていませんよ」


 へっ、〈クルス〉は何を言っているんだ。

 〈クルス〉は僕の正面にドーンと立っている。


 「とても美しい奥方様、わたくしと踊って頂けませんか」


 「ふふ、お世辞(せじ)でも嬉しいです。でも、夫に聞かなくてはお返事が出来ないのですよ」


 「《ラング伯爵》は小っちゃい男ですが、今日だけは怒ったりしないと思いますよ」


 「言っておきますが、我が夫は小っちゃくないです。大きいのですよ」


 おー、大きいってか。

 どんなお世辞より嬉しいな。

 でも何か変な感じになってしまったな。


 「〈クルス〉、大きいと言ってくれて、ありがとう。そして、周りくどくてごめん。直線的に言うよ。この世で一番素敵な女性である〈クルス〉と、僕は踊りたいんだ。僕以外には誰とも踊らせたくないんだ」


 「うふふ、良く言えましたね。私も〈タロ〉様だけと踊りたいのです。決して、この手を離さないでくださいね」


 この一連のやり取りを、聞かれたら恥ずかしいが、会場は踊りを申し込む緊張した声と、それに答える華やいだ声が充満していて、誰にも聞こえてはいないようだ。


 僕が〈クルス〉の腰を抱えて、手を握った時には、既に〈輪舞旋楽〉の前奏が始まっていた。


 〈健武術場〉は沢山のペアで溢れ、ギチギチになっている。

 今思えば、〈新入生歓迎舞踏会〉の時には、これほどペアが成立していなかったんだろう。

 三曲の内一回踊れれば良いと、係の先生がペアを作っていたのかも知れないな。


 これじゃ危なくてまともに踊れないよ。

 この中央部で小さく回って踊るしかないな。

 だけど〈クルス〉は、クスクスと笑っている。


 「〈タロ〉様、これではここで、抱き合って回ることしか出来ませんね」


 「そうだよな。それなのにどうして、〈クルス〉は笑っているの」


 「うふふ、友達が腰に手を添えられて、赤い顔をしているのが可愛らしいのですよ」


 「そう言えば、〈クルス〉は赤い顔をしていないな」


 「ふぅー、私はもうこのぐらいでは、顔が赤くならないのです。少し寂しく思いますね」


 「へっ、それは慣れたって言うことなの」


 「うふふ、もう実質的に妻ですから。それは慣れますよ」


 そうか妻なのか。

 それじゃお尻に手を添えてやれ。

 僕は〈クルス〉のお尻を、持ち上げるように密着して踊ってやった。


 ラテンみたいな情熱的過ぎる踊り方なのに、〈クルス〉は平気で微笑んでいる。

 股の間に足を差し込んでも、僕の膝に腰を降ろすようにしてくるぞ。

 腰をグッと引き寄せたら、背を反らして喉を見せてくるぞ。


 赤くならないと言っていた顔を、〈クルス〉は薄っすら赤くして、艶やかに笑っている。

 僕の顔も赤くなっていたと思う。


 中央部の狭い範囲で熱く踊っていたら、もう〈輪舞旋楽〉の曲が終わってしまった。

 カップルの成立に手間取ったから、一曲一曲を短くしたのかも知れない。

 水を飲みたいところだけど、人が多過ぎて休憩スペースに戻ることが出来そうにないな。


 「喉が渇いたけど、人が多過ぎて端の方へ行くのが大変だな」


 「そうですね。少しずつ近づくしかないですね」


 僕達が人を避けて、ちょっとずつ移動をしていると、〈跳舞旋楽〉が始まってしまった。

 ただ狭すぎて、跳ねたり駆けたりはとても出来ない。

 これじゃ〈輪舞旋楽〉と何も変わらないな。


 皆が踊り出したので、僕達もその場で踊るしかない。

 水が飲めるまで、もう少し距離がある。


 僕達のラテン系の熱い踊りを見て、「えっ、すごいね」「おぉ、やるー」と驚く声がしているが、〈クルス〉はもう卒舎するんだから良いだろう。

 〈クルス〉もテンションが上がって、ノリノリで密着してきている。


 曲が終わって、また端の方へ向かう。

 密着しているからか、身体が熱を持って、とてもカラカラなんだ。


 「ふぅー、水は美味しいね」


 「本当に。身体の中に染み渡ります」


 僕と〈クルス〉は休憩スペースで、ほっと一息ついている。


 「〈クルス〉、次も踊るの」


 「いいえ、私は休憩で良いですよ」


 「最後の一曲だけど良いのか」


 「もう充分踊りましたし、今日初めて踊る人に場所を譲(ゆず)ってあげたいのです。うふふ、〈タロ〉様と抱き合うのは、これからも出来ますからね」


 「そうだよな。もう直ぐ結婚するんだからな」


 僕と〈クルス〉は、〈健武術場〉の壁にもたれて、踊る若人見ていた。

 ちょっと年寄り臭いけど、顔を上気させて目をキラキラとしている、《青燕》と《赤鳩》の卒舎生達は文句なく輝いていたからだ。


 一部股間を膨らませ、ギラギラとした充血している濁(にご)っている目もあったが、概ね爽(さわ)やかな青春なんだよ。


 楽団の演奏が一際大きくなり、そして、寂し気な旋律に変わった。

 舞踏会の終わりと学舎生活の終わりを、若人に告げているのだろう。


 演奏の最後の一音が消えて無くなり、会場が静寂に包まれた。


 この静寂を破って、係の先生が元気よく中央部に走り出てきた。

 歌か、体操のお兄さんのようにだ。

 この先生は、この演出が大好きなんだろう。

 生き甲斐かも知れないな。


 先生が、「今日は楽しめたか」と皆に聞くと、


 「楽しめました。ドキドキしました」


 と男子も女子も、大声で叫び返して、会場は笑いに包まれた。


 先生が、「今日は青春したか」と皆に聞くと、


 「かなり青春しました。少し大人になりました」


 と男子も女子も、大声で叫び返して、また笑いに包まれた。


 先生が、「もう卒舎したんだ。今日のことは忘れてしまえ」と皆に言うと、


 「絶対忘れません」


 と男子も女子も、両手を天井に突き上げて、怒鳴るような大声で叫び返した。

 なぜだが、泣いている女子もいるようだ。


 横にいる〈クルス〉も「絶対忘れません」と、両手を挙げて大きな声で叫んでいた。

 〈クルス〉の青春は終わったのか、瞳が濡れているように見えている。


 ただ三人組が、最後に女子会をしたいと泣きついてきたので、〈クルス〉は《赤鳩》へ帰って行った。

 経験者の〈クルス〉は、臨時的に任用される恋愛の先生になるのだろう。


 だけど〈クルス〉の実習相手が僕だから、自分のおっぱいを、いかに上手く活用するかという授業になるはずだ。

 お尻と太ももの、二段活用も忘れてはいけないと思う。





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 いつも読んで頂き、ありがとうございます。


 遅くからですが、「フォロー」をして頂いた方、「応援」「コメント」をして頂いた方、大変ありがとうございます。

 また、「星」や「レビュー」を入れて頂いた方、誠にありがとうございます。


 本当に嬉しいです。心が躍ります。


 お手数とは思いますが、「星」や「レビュー」を頂ければ、大変有難いです。


 明日への希望となりますので、よろしくお願いします。


 さて、第十章が終わり、次話から、第十一章「前払いなんて、あんまりだ」編になります。

 

 これからも、どうぞよろしくお願いします。

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