第592話 哀れな夏の虫
僕達は喉を潤(うるお)した後、会場の様子を見ている。
特定の女性に、踊りの申し込みが集中しているようだ。
男達に囲まれ華やかに笑っているのは、三年間でそういうスキルを磨いたのだろう。
確かに顔も身体付きも、男が好きそうな女性だと思う。
男達の方は、眩(まぶ)しい電灯に吸い寄せられた、哀れな夏の虫にしか見えない。
最初から相手にされていないので、力尽きて地に落ちるだけだろう。
〈枯れ木の魔獣〉を相手にしているんじゃないぞ。
手付かずのフレッシュな女体が、今日はあちらこちらに転がっているんだ。
競合が激しい対象を諦めて、早く組みやすい対象を攻略しろよ。
どうもコイツらは、同じ行動を取り勝ちだな。
何でも競争したがる。
一番を目指す本能が強過ぎるんだろうか。
アイドルばかり追いかけないで、もっと周りの女の子に関心を持てよ。
「〈タロ〉様、お久しぶりです。私達を覚えていますか」
僕が名前まで覚えているはずがない。
買い被(かぶ)って貰ったら困る。
《赤鳩》生にしては、軽い子達だったと思う。
決して美人じゃないけど、可愛げがある三人だったはずだ。
「おっ、仲良し三人組だな」
「はぁー、名前は覚えていないのですね」
三人とも肩を落としてガッカリとしているな。
「ごめんね。僕は、かなり記憶力が良い方じゃないんだよ」
僕が謝る必要はないと思うけど、〈クルス〉の友達だから良い印象を与えておこう。
「皆、〈タロ〉様は大勢の人と会われるのですから、無理を言ってはいけませんよ」
〈クルス〉が、子供に言い聞かせるように諭(さと)しているぞ。
「ふん、〈タロ〉様がいて、〈クルス〉は良いよね。私達は誰も誘ってはくれないんだ。〈タロ〉様、私達と踊ってくれません」
「はぁー、何を言っているのですか。真剣に怒りますよ」
〈クルス〉の目がすーっと細くなり、顔がどす青くなってきた。
これは、本格的に怒っているぞ。
「〈クルス〉のケチ。今日くらい良いでしょう」
わぁー、言い過ぎだぞ。
〈クルス〉が爆発する前に何とかしよう。
今日は楽しい舞踏会なんだからな。
「君達、ちょっと待ってくれ。組長権限で招集をかけるよ」
綺麗な子の外周部を闇雲(やみくも)に回っている、哀れな夏の虫に機会をくれてやろう。
「おい。軍事的演習の二組で、手が空いている者は集合しろ」
「あっ、組長が招集をかけたぞ」
「おぉ、何だ。何だ。何かあったのか」
「呼ばれているから、とりあえず行こう」
会場が騒がしいので、あまり聞こえなかったのだろう。
上手い具合(ぐあい)に、ちょうど三人が僕の方へやってきた。
背の低いヤツと背のひょろ長いヤツと副班長だ。
全く副班長のくせに、勝算がない競争に加わっているなよ。
もちろん、コイツらの名前も完全に覚えていない。
覚えているのは、あそこの大きさが、僕と同じくらいだったことだけだ。
大きくはなかったはずだよな。
「僕は君達の行動に、深い哀しみを覚えているんだ。今の感じでは、踊る相手が見つからないまま舞踏会は終了してしまうだろう。だから、君達のために一肌脱ごうと思う。〈クルス〉は三肌以上脱いでいるぞ」
「うわぁ、〈クルス〉。それじゃ裸じゃないの」
「きゃー、〈タロ〉様、何を言っているのですか」
〈クルス〉は熟れたトマトのように真っ赤になって、三人組は「きゃー」「きゃー」と頬を染めている。
二組の三人は、「はぁ」って口を大きく開けてバカのような顔になっているぞ。
僕は冗談で言ったのに、〈クルス〉。
そんな態度をとったら、認めてしまうことになっているぞ。
まあ裸に剥(む)いて、それ以上のことをしているから良いか。
「そう言うことで、ここに可愛いお嬢さんに来て貰ったんだ。カッコ良く誘えよ」
「えぇ、可愛いだなんて、照れちゃうよ」
三人組は頬を染めたまま、二組の三人をチラチラと見えている。
副班長が少しギクシャクしながらも、背の高さが真ん中の子の目の前に立った。
続いて、背の低いヤツと背のひょろ長いヤツも、それぞれ女の子の前に向かうようだ。
不思議なことに、背の低いヤツは高い女の子の方へ、背の高いヤツは低い女の子の前に行ったぞ。
まあ、僕がとやかく言うことじゃない。
それにしても、何だかな。
コイツら、指示したことは、直ぐに出来るんだな。
素直で従順なんだろうが、もっと真剣におっぱいを揉みたいと思えよ。
でも頭はやっぱり良いらしい。
一斉に踊りを申し込んだみたいで、個々の言葉は良く聞き取れなかった。
恥ずかしいからか、僕にからかわれるのが嫌だったのか、聞こえないように工夫をしやがったな。
とても残念だ。
三人組が首まで真っ赤になって、差し出された手を握り返しているな。
何を言って誘ったのかは分からないけど、成功したようだ。
「ようし。中央部分に進出するぞ。僕達が一番乗りだ」
「わぁー」と二組の三人が雄叫びを上げて、「いくよー」と三人組が黄色い歓声をあげながら、ポッカリと空いている中央部分へ走り込んでいく。
走らなくても良いのにと思いながら、僕も〈クルス〉の手を引いて走り出した。
〈クルス〉は嬉しそうに笑い、ドレスの裾から真っ白な足を覗かせながら僕についてくる。
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