第587話 実録

 〈アコ〉と大人の関係になったけど、エッチな本も欲しいんだよ。

 創作物は、人生をとても豊かなものにしてくれる。

 王都にいる間に、ゴッソリと仕入れておく必要がターンとあるんだ。


 本番はとても気持ち良いけど、手は別股間なんですよ。

 いくらでも、コスコスと出来る手軽な娯楽だと思う。


 視線を遮(さえぎ)る暖簾(のれん)を、ドキドキしながら潜って、少し生臭い匂いがする本棚にやってきた。

 生臭い匂いは、もう妄想が開始されているからだ。


 「《白鶴》の制服に白色をかけてみよう」


 「《赤鳩》は切(せつ)なそうに泣いたよ」


 「《緑農学苑》のむっちりとした足」


 おぉ、良さそうな題名が並んでいるな。

 どれもいやらしそうだけど、もう騙(だま)されないぞ。


 「《白鶴》生と英雄の爛(ただ)れた関係」


 「《赤鳩》生は英雄に剥(は)がされた」


 「《緑農学苑》生を収穫した英雄」


 うーん、この題名はちょっとどうかな。

 内容が不穏(ふおん)そうだよ。

 こっちは実録(じつろく)ものか。


 「実録:フアフアはち切れ女子は、伯爵に絡みついていますのぉ」


 「実録:黒髪の優等生は、伯爵の匂いに満たされてガクブルしたっちゃ」


 「実録:《緑農学苑》の売り子の観察記録」


 ぎぇー、前の二つは発表会の詩に触発されて、書かれたものじゃないだろうな。

 止めてくれよ。

 僕のプライベートを犯しているぞ。

 恥ずかし過ぎて表を歩けなくなる。

 内容によっては訴えてやる。


 三つめは、もうこれは犯罪じゃないのか。

 誰が教えたのか知らないけど、すごいものを観察したんだ。

 捕まってしまいますよ。


 これらの本は、公序良俗(こうじょりょうぞく)に大きく反しているぞ。

 発禁処分になる前に、今直ぐ買っておこう。


 「〈クルス〉、もう本は買えたかい」


 「えぇ、こんなところだと思います」


 〈クルス〉は、重そうな紙袋を両手で下げている。

 すごく重そうだ。

 どんだけ買ったんだよ。


 「〈タロ〉様、一杯買われましたね。紙袋が破れそうですよ」


 えっ、破れそうなのか。

 これは見られちゃいけないヤツらなんだよ。

 用心しながら、運搬しなくてはならないな。


 本屋で本を選ぶのに時間がかかり過ぎて、店を出たらもう辺りは真っ暗だ。


 〈クルス〉と僕は、同じく本に集中していたんだな。

 重たい紙袋の中は、使命と妄想と共に充実感が詰まっているぞ。


 「〈タロ〉様、どうしましょう。こんなに遅くなってしまいました」


 〈クルス〉が不安そうに僕に相談してきた。

 ここは大通りでも飲食店がない場所だから、もう辻馬車が一台も走っていない。

 本屋は僕達が出て行った途端に、直ぐに店を閉めてしまった。

 僕達を待っていてくれていたんだ。


 もう開いている店は全くなく、灯りが消えた暗い通りでは心細くなるだけだ。


 「〈クルス〉、心配するなよ。僕が絶対守るからな」


 「はい。〈タロ〉様、信頼しております」


 ここで〈クルス〉をガバッと抱きしめたいところだが、紙袋が邪魔で出来ない。

 本なんか買わなければ良かった。

 やっぱり実体に勝(まさる)ものはないと思う。


 「仕方がない。あの角に見えている宿に泊まろうか。重い紙袋を下げて歩くのも嫌だろう」


 僕は出来るだけ何でもないような口調で、〈クルス〉に提案してみた。

 心の中は、期待と恐れが入り混じっていたと思う。

 少し調子に乗っていたかも知れない。


 「うぅ、分かりました。覚悟は出来ています」


 薄暗くて良く見えないけど、〈クルス〉は紙袋を持っている手をギュッと白くなるまで握りしめているようだ。


 覚悟って、そう言うことだよな。

 僕の心臓が一瞬、ビクンと跳ねあがった。


 覚悟がいるほど、紙袋が重いってことじゃないよな。


 「明日の朝になったら、辻馬車も走っているだろう。だから心配いらないよ」


 〈クルス〉は、何とも言えない顔つきで立ち尽くしている。


 沢山の本が、〈クルス〉を動けなくしているのだろうか。

 早く宿で、紙袋を手から降ろさせてあげなくちゃならない。


 ただ自問すると、本当に〈クルス〉は心配はいらないのか。

 信頼している言った僕に、エッチなことをされそうだよ。


 僕達は、かなり良いグレードの二人部屋をとってホッと一息ついた。

 バラバラの部屋も少し考えたが、一人では心配だし〈クルス〉も覚悟が出来ていると言ったんだ。

 ちなみに宿の名前は《明星の詩》である。


 「〈クルス〉、夕食を食べに行こうか」


 僕達は宿の最上階のレストランで、豪勢な食事をとることにした。

 僕は伯爵様で領主だから、ケチケチはしないんだ。

 食欲を満たして、次の欲に移行させたい思いもあるんだ。


 メインディッシュはお肉だから、赤ワインも頼んで二人で乾杯した。

 乾杯の内容は、卒舎したことと無事僕が帰ってきたことだ。


 「〈タロ〉様とこうして二人で飲むなんて、大人になった気分です」


 「そうだな。〈クルス〉はもう素敵な女性だよ」


 「うふふ、素敵なんてお上手ですね。〈タロ〉様こそ、立派な男性ですよ」


 「おっ、ありがとう。素敵な女性なんだから、もっとお酒を飲めよ」


 少し酔わせ方が、酔った方が、大胆になれるはずだ。


 「うふ、少しだけですよ。〈タロ〉様にも注(つ)いであげます」


 僕達はほろ酔いで楽しく夕食を食べて、宿の部屋に戻ってきた。

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