第586話 私と家族になってください

 〈南国果物店〉の奥で、今後のスケジュールを話し合っていた時に、〈サヤ〉がぶっこんできた。


 今後のスケジュールと言うのは、五日後に控えた〈クルス〉の卒舎式&舞踏会が一つ。

 二つ目は、〈アコ〉との結婚式だ。

 実感が湧かないまま、直ぐ目前に迫っているぞ。

 あわわわ、何か焦ってきてしまう。


 〈アコ〉は母親と一緒に、結婚式の準備のため一足早く《ラング》に帰ることになった。

 〈クルス〉と僕は遅れて帰るが、〈サトミ〉は夏休みだから〈アコ〉と先に帰ってしまう。

 〈アコ〉とは、あれから二人切りになる機会がなくて、二回目はお預(あず)けだ。

 しばらくは、〈クルス〉と二人切りとなるから、頭をそっちに切り替えよう。


 ワイワイと許嫁達と話していたら、急に〈サヤ〉がやって来て、とんでもないことを言い出したんだ。


 「〈タロ〉様、私と家族になってください」


 「はぁー、〈サヤーテ先生〉。何をおっしゃっているのですか」


 〈アコ〉はいきなりお怒りモードだ。

 結婚式が間近になって、突然新な女が名乗り出てきたんだ。

 そりゃ怒るよな。


 「えぇー、〈サヤーテ先生〉、いきなり過ぎませんか」


 〈クルス〉は只々(ただただ)困惑している。


 「ふぅー、お姉ちゃん、言葉が足りてないよ」


 〈サトミ〉は何となく分かっているらしい。

 やっぱり、この辺は姉妹だな。


 「あはぁ、ごめんなさい。今度、近衛隊の〈ガリスィト〉と結婚することになってしまい。家柄を合わせる必要が出来たのですよ」


 何か他人事みたいな言い方をするんだな。

 おまけに相手を、呼び捨てにしているぞ。


 「ふぅ、〈サヤーテ先生〉が家族になりたいとおっしゃったのは、〈タロ〉様の養子になり、家格を男爵家に釣り合うようにしたいってことですの」


 「〈アコ〉君、そのとおりだ。御明察(ごめいさつ)だよ」


 「お姉ちゃん、わざと言ったでしょう」


 〈サトミ〉がジト目で〈サヤ〉を睨んでいる。

 我が姉ながら、どうしようもないヤツだと思ったんだろう。

 僕もそう思う。


 「でも、〈サヤ〉の方が年上だぞ。子供って変じゃないのか」


 僕が〈年上〉って言った途端に、脇腹に〈サヤ〉のエルボが炸裂(そくれつ)した。


 ぎゃー、痛い。

 コイツは何をするんだ。

 暴力では何も解決しないことを知らないのか。


 「僕が間違っていました。何も変じゃありません」


 許嫁達が可哀そうな人を見る目で、脇腹をさすっている僕を見ているのはどうして。


 「〈タロ〉様、このような養子縁組は、貴族の体面を保つためと、その人の保証人となる面が強いのですよ。多少強引でも、家同士の結びつきが強くなれば、良いという考えがあるようです」


 〈クルス〉が背景を解説してくれた。


 「適齢期の親族がいない場合は、貴族の婚姻ではたまにあることですわ」


 〈アコ〉が嬉しそうに肯定(こうてい)しているぞ。

 〈サヤ〉が結婚するのが嬉しいらしい。

 《ラング伯爵家》にとって、近衛隊長と姻戚になることを歓迎しているんだろう。


 「そう言うことなんだ。さあ、〈タロ〉様、王宮に行きましょう」


 「えぇー、王宮」


 「えぇ、養子縁組の手続きに行くのですよ」


 僕は力強い〈サヤ〉に腕を固められて、ロバのように連行される。

 ちょっとだけ、おっぱいも当たっているぞ。

 筋肉じゃない柔らかさがあるんだ。


 許嫁達は哀れな生贄(いけにえ)を見るように、視線を余所(よそ)に逸(そ)らせている。

 〈サヤ〉はそんな許嫁達へ、ニタッて笑いながらこう言い放った。


 「〈アコ〉君と〈クルス〉君、私は君達の小姑(こじゅうと)になるんだから、よろしく頼むよ。楽しみにしているんだ」


 「いゃー」


 「あぁー」


 〈アコ〉と〈クルス〉が、悲鳴を上げてうずくまってしまった。


 「あはぁ、お姉ちゃんにも、良い所はあるんだ。三人なら大丈夫だよ」


 なぜだが、〈サトミ〉がとても良い表情で二人を慰(なぐさ)めている。

 〈サトミ〉と、二人の絆(きずな)が深まった瞬間(しゅんかん)だな。

 泣くほど感動したみたいだ。



 〈アコ〉と〈サトミ〉が帰って行くのを見送ったが、二人はとても悲しそうだった。


 僕との別れが悲しいのかと思ったが、大きく違うようだ。

 一緒に〈サヤ〉が帰ると言い出したので、どよんとしているらしい。


 〈サヤ〉は親である兵長に、結婚と養子縁組の報告をするのだろう。

 結構すごいことだけど、事後報告で良いのだろうか。


 養子縁組は《ラング伯爵》の名前で、スムーズに手続きが進んだけど、実の親の承諾が必要じゃなかった。

 〈サヤ〉が成人だと言うこともあるが、領主の権力が怖くなるな。

 兵長は〈サヤ〉の報告を聞いて、どう思うのかな。

 泣いてしまうのか。

 喜ぶのか。


 子供がいない僕には、想像も出来ない。

 種をまき始めたばかりだからな。



 〈アコ〉と〈サトミ〉を見送った後、〈クルス〉の希望で本屋に行くことにした。

 さすがの《赤鳩》も卒舎前には、授業を完全に終えているようで、〈クルス〉にも今は自由時間が普通にあるようだ。


 「〈クルス〉、何の本を買うんだ」


 「〈タロ〉様に依頼されている、学校に関連する本を買うのですよ」


 「おぉ、そうか。勉強熱心だな」


 〈クルス〉は遠くを見るような目になって、返事をしてくれなかった。

 まあ良いや。

 僕も本を買おう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る