第583話 クソみたいなキザでスケベなまね

 「はぁ、僕達はイチャイチャしてませんよ」


 「そうですよ。ただ手を繋いでいるだけですわ」


 「〈アコ〉、いいこと。男性に胸を押し付けているのは、イチャイチャ以外の何ものでもありませんよ」


 〈ロロ〉は呆れたように、〈アコ〉へ言い聞かせようとしている。

 王子は苦笑いをしながら、会場から出て行った。


 「〈ロロ〉は、王子に胸を押し付けないの」


 「うーん、〈アコ〉達は例外だと思うわ。貴族の婚姻って言うのは、家どおしの結びつきを強化するのが主眼なのよ。恋愛じゃないわよ」


 「そうか。そうだよね。ごめんなさい」


 〈アコ〉は、少し極(き)まりが悪そうに〈ロロ〉を見ている。

 分かっているはずのことを、〈ロロ〉に言ったのを反省しているんだろう。


 「ふぅん、良いのよ。少しだけ、〈アコ〉の真似をしてみるわ。王子も言ってたしね。ふふふ」


 「ふふふ、私の真似は難しいわよ」


 「あははっ、胸を鍛(きた)えることから始めるわ」


 えー、どうやって胸を鍛えるんだろう。

 〈アコ〉が大笑いしているから、〈ロロ〉の冗談だと思うけど、笑いのツボはどこにあったんだろう。

 たぶん、少し下ネタで楽屋落ち的なもんなんだろうな。


 「〈タロスィト〉様へお願いなのですが、〈ラトィキロ〉さんに私を踊りへ誘うように言って頂けませんか」


 〈ロロ〉は、悲しい顔をして立ち尽くしている〈ラト〉に同情したんだろう。

 心が本当に優しい女性だよ。


 「良いのですか。ありがとう。喜ぶと思うよ」


 時間がないので、僕は〈ラト〉へ〈ロロ〉を踊りに誘うように早速言いにいった。


 「えっ、〈ロローナテ〉さんに申し込むの。王子の婚約者ですごい美人だよ。また、断られるに決まっているよ」


 「それが、大丈夫なんだ。もう話がついているんだよ」


 〈ロロ〉から頼まれたとは、〈ラト〉のプライドため言えないから、そこは誤魔化して話すしかないよな。


 「えっ、ほんと。〈タロ〉、ありがとう」


 〈ラト〉は喜んで〈ロロ〉の元へ飛んで行った。

 〈卒業記念舞踏会〉で全く踊れないのは、とても辛かったんだろうな。


 〈跳舞旋楽〉の前奏が始まり出した。


 〈ラト〉は〈ロロ〉の腰をぎこちなく抱いているな。

 〈先頭ガタイ〉は、〈ヨー〉の話を聞いているのかな。

 視線が下に向き過ぎだと思う。


 〈ロラ〉はすっと背筋が伸びた女性と、剣の試合みたいに向き合っているぞ。

 双方に共通した齟齬(そご)があって、結果噛み合っている感じだ。


 〈アル〉と〈メイ〉は、ケラケラ笑いながらずっと話をしている。

 あまりに陽性過ぎて、二人の仲が次の段階へいけないんだろうな。

 ケラケラ笑いながら、キスをするのは難しいと思う。


 〈ソラ〉は捜したけどみつからなかった。

 この会場にいるんだよな。


 〈フラン〉はやっぱり、とんでもないヤツだ。

 天使の皮を被った、悪魔だと思う。

 〈ラミ〉の顎(あご)に人差し指を当ててやがったぞ。


 どんなシチュエーションか分からないが、〈ラミ〉の顔が真っ赤になっているぞ。

 大勢の人が見ているのに、クソみたいなキザでスケベなまねをするなよ。


 僕は〈アコ〉の手を引っ張って、会場のかなり隅の方へ向かった。

 そして、〈アコ〉の顎に指を当てて、顔を僕の方へ向くように上げてみた。

 〈アコ〉は真っ赤な顔をして僕を見詰めている。


 「あぁ、〈タロ〉様。残酷なことをしないで。私に目を瞑れとおっしゃるのですか」


 「うーん、そうは言ってないよ。〈アコ〉の顔をもっと見たかったんだ」


 「ううん、私の反応を楽しんでいるのでしょう。ドキドキさせたいのでしょう。お望みどおり、私はキスして欲しいと思っていますわ」


 〈アコ〉は、ここでキスをしたいなら、僕が能動的にするべきだと言いたいのだろう。

 私に決めろと言うのは、狡いと言いたいのかも知れないな。


 でも、ここでキスをするのは、どう考えてもやり過ぎだ。

 したいのなら、終わってからいくらでもすれば良い話だと思う。

 他の人の気分を不快にしてはいけない。


 「ごめん、後の楽しみにとっておくよ」


 〈アコ〉の腰に手を回して、踊る体勢を固めることにした。


 「ふふふ、皆の前でキスをされると観念しましたが、されないとなると淋しい気もしてきましたわ」


 僕達は楽団が刻むリズムに合わせ、駆けて回って跳(は)ねて踊る。

 〈アコ〉を大きく振り回して、〈アコ〉を高く持ち上げた。

 〈アコ〉は僕から目を離さないで、僕の手をしっかりと握っていた。

 僕は〈アコ〉の胸元を見つつも、お尻に当てた手で〈アコ〉をガッツリと掴まえていた。

 柔らかいので、手の形に沈んでいたと思う。


 「〈アコ〉、楽しいかい」


 「えぇ、〈タロ〉様。とても楽しいですわ」


 「〈アコ〉、疲れていないか」


 「ううん、〈タロ〉様と踊っているのに、疲れている場合じゃありませんわ。〈タロ〉様の手と腰から、熱いものが流れ込んでくるんですもの」


 〈跳舞旋楽〉の曲が終わって、しばしの休憩だ。


 後もう一度、〈輪舞旋楽〉を踊って〈卒業記念舞踏会〉は終わってしまう。

 僕達は隅の方へ来たので、今休憩しているテーブルには親しい人がいない。

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