第582話 卒業記念舞踏会

 「うっ、そうなんだけど。見せたくないんだ」


 「ふふふ、自分だけが見たいってことですか。でも今日だけは、このままでお願いしますわ。そうじゃないと〈タロ〉様は、私ではなくて他の人を見るのではないですか。そんなの我慢出来ませんわ」


 胸の谷間をまだ見ている僕の腕に、〈アコ〉は腕を絡ませて身体を引っ付けてくる。

 もちろん、フアフアなおっぱいは僕の身体に当たり、グニュって変形しているぞ。

 僕の視線の先には、より深く見えることになった胸の谷間が出現しているぞ。

 黒部峡谷を超えてそうだよ。


 「おほん、《ラング伯爵》のところは、火傷(やけど)しそうなほど熱々なんだ。〈ロロ〉よ、私達も見習わないといけないな」


 げぇー、〈サシィトルハ〉王子じゃんか。

 婚約者の〈ロロ〉と踊るため、現れやがったな。


 「おほほっ、おっしゃる通りですが、ちょっと熱すぎて常識人には真似が出来ないですね」


 「ちょっと、〈ロロ〉どういうこと。私達に常識がないみたいじゃないの」


 〈アコ〉が怒っているけど、王子もいるんだ止めておこうね。


 「王子は、〈ロローナテ〉さんのためにいらしたのですね」


 「そうなんだ。でも一曲踊ったら直ぐに帰るよ。後輩達に気を遣(つか)わせてはいけないからな。僕はお邪魔虫だからね」


 分かっているなら、初めから来るなよと言いたいが、今はグッと堪えておこう。

 〈ロロ〉が可哀そうだし、《ラング領》にも悪い影響が出かねない。

 ここは「はははっ」と、笑顔で取り繕(つくろ)っておくのが吉(きち)だと思う。

 王子も「はははっ」と笑って、何とも言えない空気が流れていくな。


 〈アル〉と〈メイ〉は、もっとギクシャクしていると思っていたけど、割と親しげに話しているな。

 〈アル〉がチラチラと胸元を見ているのに、怒っている感じじゃない。

 見せても良いって感じだ。


 〈ソラ〉と〈ロラ〉は、違うグループの方へ行ってしまって、どうなっているのかは分からない。 

 完全に好奇心だけだけど、どんな女性か見てみたかったな。


 〈フラン〉は玉砕(ぎょくさい)した〈ラト〉を気にもしないで、〈ラミ〉から食い気味のOKを貰っているぞ。

 そりゃ、〈ラト〉と〈フラン〉が並んでいれば、〈フラン〉を選ぶのは必然だな。

 泣きそうな顔の〈ラト〉が、いと哀れだ。

 〈ラミ〉に「他の人が申し込んでくれるのを待っています」と言われていたぞ。


 でも〈ラミ〉が、花が咲いたよう笑顔になっているから、喜んであげろよ。

 なになに、逆に喜べないってか。

 そりゃそうだよな。

 わははっは。


 それぞれのパートナーが、概ね決まったんだろう。

 〈輪舞旋楽〉の前奏が演奏され出した。


 「〈アコーセン〉嬢、私(わたくし)めに、一時(ひととき)の夢を与えて頂けませんか」


 僕は手を胸に当てて軽くお辞儀をして、キザなセリフを吐いてみた。


 「ふふ、〈タロスィト〉様、〈アコーセン〉をめくるめく夢路(ゆめじ)へ同行させて頂けるのですね」


 〈アコ〉は軽くドレスの裾を摘まんで、膝を少し沈めてくれた。

 そして僕の差し出した手を取って、自分から身体を引っ付けてくる。

 香水と甘い〈アコ〉の匂いも、フワリと僕に纏わりついてきた。


 僕と〈アコ〉は、演奏に合わせてステップを踏んで回って踊ってる。

 〈新入生歓迎舞踏会〉の時と比べて、身体の密着度は劇的に増し、二人を接着剤で張り合わせたみたいだ。 

 石鹸で洗わなければ、とれないほどの粘着性を保っているぞ。

 〈アコ〉の顔は、興奮のためか赤く上気して、色っぽさが半端なくなっている。


 「〈タロ〉様、私の顔に何かついていますの」


 「ううん、すごく色っぽいと思って見ていたんだ」


 「ふふふ、色っぽいですか。とても嬉しいですわ。〈タロ〉様も色気がすごくありますわ。ゾクリとしましたよ」


 僕はもっと強く〈アコ〉を引き寄せてしまったらしい。


 「はぁん、〈タロ〉様。私の胸が潰れてしまいますわ。それにこれでは踊りと言うより、抱き合っているって感じになっていますわ」


 「ごめん。今日は踊りをもっと楽しむべきだよな」


 そうだ。

 ちょっと〈アコ〉の柔らかいおっぱいに、溺れそうになったけど、〈卒業記念舞踏会〉は今日だけなんだから、それを忘れちゃいけない。

 おっぱいに溺れられる日は、また別の日があるんだからな。


 それから僕は、〈アコ〉をいかに優雅に踊らすかを意識して、ステップを踏み続けた。

 不思議なことに、他の女性の胸元に目がいくことはなかった。


 あれ、僕はどうしたんだろう。

 身体に変調が生じているのか、少し心配だな。


 〈輪舞旋楽〉は良い感じに踊れて、休憩時間になった。

 僕と〈アコ〉は、テーブルにあるワインを飲んでいる。

 踊ったことと興奮していることで、喉がカラカラなんだ。


 「ふぅー、〈タロ〉様、楽しかったですね。でも喉が渇いてしょうがないんですの。こんなに葡萄酒を飲んだら、酔ってしまいそうですわ」


 〈アコ〉がほんのり酔っている感じが、また色っぽいな。

 酔った〈アコ〉は、ちょっとエッチになるからな。

 僕の腕に絡みついて、おっぱいを当ててきているぞ。


 「おほん。〈ロロ〉の言う通り、《ラング伯爵》と〈アコーセン〉嬢の熱々ぶりは、とても真似することが出来ないな。僕はもう帰るから、気にしないでイチャついてくれたまえ」

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