第581話 超越者恐(おそ)るべし

 〈健武術場〉の入口の前に、一人異質な者が紛(まぎ)れ込んでいた。

 それは〈フラン〉という超越者である。


 彼(か)の者は、面(つら)とあそこの二物で、我々を大きく凌駕(りょうが)しておる。

 その驕(おご)り故(ゆえ)、「良いと思った子を誘ったら一発じゃん」と放言いたしおったんじゃ。


 くっ、殺してやろうか。

 許せないぞ。

 その物言い看破(かんぱ)することを能(あた)わず。

 怒髪天(どはつてん)を衝(つ)き、チリチリパーマになる思いだ。


 気軽に女の子に声をかけて、一発と言わず何発もやったんだろう。

 きぃー、悔しい。


 「いい気になるな」

 「自慢かよ」

 「性充(せいじゅう)爆(は)ぜろ」


 と憤怒(ふんぬ)の声が鳴り止まない。


 「えぇー、皆怒ったの。仲良くしてよ」


 と超越者が媚(こ)びを濃厚に忍ばせた声色(こわいろ)を放(はな)てば、たちどころに空気を一変させることが可能だ。


 「いや、怒ってないよ」

 「仲良しだよ」

 「ほんと可愛いわ」


 と魅了(みりょう)された哀れな雑魚(ざこ)になり果てぬ。


 「〈タロ〉、これからも仲良くしょうね」


 「おぉ、当たり前だよ」


 僕は踊りのパートナーを、一瞬〈フラン〉に変えようかと思っちまったぜ。

 超越者恐(おそ)るべし。




 〈健武術場〉の入口が開いて、眩(まぶ)しい灯りが見えた。

 いざ、舞踏会へ進撃だ。


 「健武術場」には、六箇所テーブルがセットしてあり、そこにワインと簡単なおつまみが置いてある。

 おぉ、水差しからワインに昇格したぞ。


 僕達が入って直ぐに、《白鶴》の卒舎生が入場してきた。

 目一杯のお洒落をしているんだろう。

 宝石を放り投げたように、赤、黄、青、白、黒など色鮮やかなドレスを纏(まと)っている。

 髪飾りと装飾品も、ドレスと合わせてキラキラだ。


 香水の香りを漂わせた、年若い淑女達がしずしずと歩いてくるぞ。

 「健武術場」が一気に華やいだ空気になり、レインボーカラーが会場を埋め尽くしていく。


 ただ肌の色も目立つ。

 絹のような真っ白、健康的な小麦色、ポッと薄桃色。

 新入生歓迎の時と比べると、明らかにセクシーなドレスだ。

 肩を大胆に出して胸元を見せているぞ。


 僕達に見せるためか。

 たぶん、女性同士の意地や張り合いの方が強いんだろう。

 最後の最後に、「ふん」と思われたくないのだろう。

 三年の月日が、彼女達をこんな風に変えてしまったんだな。


 でも胸の谷間が見えそうなことは、大変良いことだと思う。

 僕の周りのヤツも、皆、胸元に釘付けになっているぞ。

 僕達の視線を感じて、若い淑女達が「きゃー」「きゃー」言っているが、かなり喜んでいるのだろう。


 今日はあなた達の晴れ舞台だからな。

 思い切り僕達を、振り回して楽しんで欲しいと思う。

 もう僕達は目で楽しませて貰っているから、あなた達の正当な権利だと思うな。


 口をポカーンと開けて、茫然としているヤツもいるぞ。

 踊りを申し込む予定の女性の、あまりの変りように頭がついていかないんだろう。

 でも君のために、目一杯のお洒落をしたかも知れないんだ。

 光栄に思って素直に喜べば良いと思う。


 お洒落軍団の中には、当たり前だが〈アコ〉がいる。


 よそ行きの顔をして、お行儀良く歩いているのが確認出来た。

 《紅王鳥》の羽の髪飾りが、一際目立っている。

 今日の主役は、〈アコ〉で決まりだ。


 ただ胸元がとても気になるな。

 あの感じでは、谷間が少し見えてしまうんじゃないのか。

 僕のおっぱいなのに、ちょっと許せないぞ。


 係の先生が、僕達を誘導してくれている。

 こんなエロガキ達に、付き合って頂き申し訳ありません。

 最後まで僕達のためにお疲れ様です。


 〈ヨヨ〉先生と楽器を抱えた元学舎生の楽団も、準備を終えているようだ。

 〈ヨヨ〉先生を見ると、胸の奥が少し「チクっ」と痛くなる。

 着用されているドレスは、先生のちくびの色だ。

 少し黒ずんだピンクだと思う。

 なぜかは分からないが、もう僕の手に届かないおっぱいなんだ。


 《黒鷲》と《白鶴》の卒舎生が、所定の位置に並んだら、楽団の演奏が始まった。

 もうさすがに、学舎長の挨拶はないらしい。

 《黒鷲》と《白鶴》の学舎長が、始まりの号令をかけるだけのようだ。


 「〈卒業記念舞踏会〉をただ今から開始する」


 運動会の始まりのような、号令だな。

 楽団も奏でる音がアップテンポに変わり、我先にと意中の人に急ぎ足で向かって行くから、運動会でも良いのかも知れないな。


 僕も〈アコ〉の所へ急ごう。


 こういう時に、出来る限り早く行くのが機嫌を保つコツなんだよ。

 〈アコ〉と〈ヨー〉と〈ロロ〉と〈メイ〉と〈ラミ〉が、固まって待っている。

 待っているのは、それは男だろう。


 この集団に接触したのは、僕が二番目だ。

 〈先頭ガタイ〉が、もう〈ヨー〉に踊りを申し込んでいるぞ。

 コイツはおっぱいを目掛けて、走って来たんじゃないか。

 どんだけ巨乳好きなんだ。

 引くわ。


 「〈アコ〉、今日は一段と綺麗だよ」


 「ふふふ、ありがとうございます。〈タロ〉様は、男らしくて素敵ですわ」


 「でも、これはちょっと」


 僕は〈アコ〉のドレスの胸元を見ながら言ってみた。


 「えっ、胸がどうかしましたの」


 「その、谷間が見えそうだよ」


 「ふうん、皆も同じくらい見えていますわ。〈タロ〉様は、気にいらないのですか」


 確かに、〈ロロ〉と〈メイ〉と〈ラミ〉の胸元も、大きく開いているな。

 〈ヨー〉だけは、見せているのではなくて、胸が大き過ぎて見えてしまう感じだ。

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