第575話 女の敵
「えぇー、こんな女の敵と」
「はぁー、俺は女の敵になったことは一度もねぇぞ」
「兄貴(あにき)は、モテ過ぎなんだ。もう〈ミオ〉だけにしてくれよ」
スキンヘッドでギョロ目の〈アン〉兄ちゃんが、心の底よりの願望を訴えている感じだ。
たぶん、容姿の関係で〈アン〉兄ちゃんまで、チャンスが回ってこないんだろうな。
「ほんと、ほんと。〈アン〉兄ちゃんの言う通りだよ」
「適当なことを良く言うよ、〈ミオ〉。おまえ、俺をおちょくっているだけだろう」
「そんなの酷いよ。あんたには、私の純潔を捧げたでしょう」
「あっ、待てよ。こんな所で言うことじゃねぇだろうが」
「えーん、えーん」
かぁー、嘘泣きがわざとらし過ぎて悪意を感じるほどだな。
それにしても、何を見せられているんだ。
痴話喧嘩(ちわげんか)というか、イチャイチャするなよ。
他人のイチャイチャは、ものすごく不快で気持ち悪いものなんだな。
「〈ラィオア〉さん、それなら結婚すべきですわ」
「捧げられたなら、責任をとるべきです」
「〈サトミ〉でも、泣いちゃうよ」
許嫁達はど真剣に〈ラオ〉に対して怒っているようだ。
許嫁達からしたら、とても許しがたいことなんだろう。
嘘泣きの〈ミオ〉を、慰めることまでし始めたぞ。
嘘と分かっているのに、〈ラオ〉にプレッシャーを与えるためだけにやっているんだろう。
慰められている〈ミオ〉と、酢を飲んだような顔の〈ラオ〉との間に、一瞬視線が交錯(こうさく)したけど碌(ろく)なことじゃないと思う。
「おーい。遅いよ。皆が待っているよ」
パシリ扱いの〈アィラン〉君が呼びに来たので、おちゃらけは終わって《新ムタン商会》の二階に昇っていく。
店内にはソファーがロの字型に設置されて、中央の低いテーブルには料理がテンコ盛り置かれている。
売り物の塩漬け魚とジャンクフードが多いな。
低いテーブルは、店用の物を何個か引っ付けて代用しているようだ。
《新ムタン商会》は、まだまだ新参者で今も奮闘中らしい。
僕の両隣りには当然許嫁達が座り、僕の正面には〈ラオ〉と〈ミオ〉が座っている。
他の席には、〈アン〉兄ちゃんを始め用心棒的なガタイの良い兄ちゃんがいるし、普段着の女性達も十数人座っている。
今はその辺にいるお姉ちゃんっていう感じだけど、化粧をすれば皆夜の蝶に生まれ変わるのだろう。
〈アーラン〉ちゃんは、間に座らせて貰い、普段着のお姉ちゃん達とおしゃべりを楽しんでいる。
天使のような愛らしさだから、ここでも大人気だ。
〈アィラン〉君は隅の方にいるな。
パシリの用事で直ぐに動ける位置なんだろう。
〈アーラン〉ちゃんはもう数年したら、このお姉ちゃん達みたいに夜の蝶になりたいと言い出すのかな。
〈アーラン〉ちゃんなら、トップを取れると思うけど、反対したい気持ちを持っている。
驚いたことに、ちゃっかりと船長も座ってやがる。
それも普段着のお姉ちゃん達の直ぐ横にいるぞ。
僕を見つけてウィンクをしやがった。
あまりの気持ち悪さに、悪寒が止まらないよ。
《新ムタン商会》の主宰である〈ラオ〉の挨拶に始まり、僕の乾杯の発声を終え、決起会は大変な盛り上がりを見せている。
明日から大勢のお客が来るので、テンションが上がっているんだろう。
「《ラング伯爵》様、色々と助けて頂いて大変ありがとうございます」
〈ラオ〉が酒を注(つ)いでくれる時に、真面目な顔で言ってきた。
「僕は何もしていないよ」
「ふっ、お戯(たわむ)を。《インラ国》の酒で窮地(きゅうち)を脱(だっ)しましたし、塩漬け魚の立ち飲み屋も、信じられないほど上手くいっています。今度、王都周辺の町にも、店舗を持とうと考えているんですよ」
その〈ふっ〉は何だよ。
カッコつけ過ぎだ。
だから女の敵だと言われるんだぞ。
僕に、その〈ふっ〉のやり方を教えてくれよ。
「私もお礼を言わせてよ。これだけ儲かったら、新参者の私達は酷い妨害をされたと思う。でもされないのは、《ラング伯爵》様が後ろについているって思われているからなの。とても感謝しております」
しおらしいことを言っているけど、〈ミオ〉は酒を注ぎながら、とても怖いことを白状(はくじょう)しているぞ。
バックだと思われている僕に、牛耳っている人達は酷いことをしてこないよな。
命名式に出たのは、良かったのかも知れないな。
牛耳っている人達のメンツを、潰さなくて良かったよ。
おまけに〈ミオ〉は、行動でも怖いことをしてくる。
僕の鼠径部(そけいぶ)と太ももの境に、手を置きながら話すのはよして欲しい。
左右から怖い目で睨まれているじゃないか。
それでなくても、着替える時間がなかったので、あんたは今もセクシーなドレスをヒラヒラとさせているんだからな。
見えそうになっている胸元やお尻に、目がいってしまうよ。
それからも僕は、〈アン〉兄ちゃん達に酒を注がれて結構酔ってしまった。
〈マサィレ〉の元奥さんのことで、むしゃくしゃしていたのかも知れない。
船長があげる「ヒヒィヒ」というヤモリが発情しているような声が、気持ち悪くて吐きそうになってきた。
許嫁達は、蜜柑果汁を入れたカクテルみたいなものを、美味しいと言って飲んでいる。
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