第573話 〈福まき〉
スピーチをする時にステージの前へ立ったら、広場にはみっしりと観客が詰めかけていた。
数えられないほどの人が、見に来ているんだな。
当然、僕や長老を見に来ているわけがない。
スピーチの後のイベントを待っているんだ。
〈王都代務局長〉や〈王都旅団長代理〉のスピーチが、終了していよいよ皆が待っているイベントの開幕だ。
〈王都旅団長〉は、所要のため欠席らしい。
観客席から「うぉー」という、大きい獣のようなどよめきが起こっている。
その響きに呼応して、背後からカラフルドレスの女性達が、しずしずとステージの前に進み出した。
大きく胸元が開いたパーティードレス、深いスリットのチャイナ服や、身体の線を晒しているボディ・コンシャスなドレスと、様々なドレスを着ている。
服装で共通していることは、大げさに言えば肌の露出が半分を超えているってことだ。
半裸状態のセクシーなレディの群れだよ。
観客席にいる男達の目が、血走って怖いことになっているぞ。
髪形も様々だ。
ゆるいウェーブをかけた髪や、編み込んだり、まとめたり、はねたり、巻いたり、それらを組み合わせたりと工夫を凝らしている。
髪型で共通してるのは、とにかく豪華ということだ。
許嫁達も、「おぉ」って感じで髪形を見ている。
僕は振り向いてはいけないが、許嫁達に制約はないんだよ。
許嫁達はまだ学舎生ってことで、髪型は全くのストレートだけど、卒舎すれば髪をいじりたいのかも知れないな。
女性達が手を振ったり投げキスをする度に、観客の男達が悲鳴のような歓声を上げている。
いよいよ本日のメインイベントの開始だ。
持っている大きな袋に女性達が手を突っ込んで、まん丸のお餅(もち)を観客に目掛けて投げ出したぞ。
これは節分行事のような、餅まきなのか。
「〈ラオ〉、これって餅まきをしているのか」
「えっ、もちって何ですか。《ラング伯爵様》、これは〈福まき〉ですよ。今回は、あの白いパンの中に、店の割引券が入っていますね。最高はドーンと十割引ですよ」
十割引ってタダってことだな。
観客の興奮のボルテージが、クライマックスに達したのか、あちこちで丸いパンの奪(うば)い合いも始まっているぞ。
これじゃ〈福まき〉じゃなくて、〈争いまき〉だよ。
牛耳っている人達と〈ラオ〉は、「これだけ盛況だとは。命名式は大成功だ」とニコニコと怖い顔をほころばせている。
この人達にとって、眼前に繰り広げられている小競(こぜり)り合いは、単にじゃれている感覚なんだろう。
意識が違い過ぎて、かなり怖えぇわ。
カラフルなドレスの女性達も、妖艶な笑顔を振りまきながら、〈福まき〉の争奪戦に新たな火種を投げ込んでいる。
私達が欲しければ、争って勝ち残りなさいと油を注いでいるぞ。
許嫁達はドン引きして、少し怖いのか僕に引っ付いてくる。
僕は両手を大きく広げて、三人とも優しく包んであげた。
丸いパンの〈福まき〉より、この三人の〈福娘〉の方を僕は絶対選ぶぞ。
カラフルなドレスの女性達は、脂を多く含んでやっかいな火種をその身に宿(やど)していると思うな。
下手に触れれば、酷い火傷を負いそうだよ。
本当に宿している人もいるかも知れない。
〈福まき〉が終わったようで、〈ミオ〉が帰ってきた。
「ふふふっ、〈ラオ〉。〈福まき〉は盛り上がったわよ。明日から忙しくなりそうだわ」
「〈ミオ〉、お疲れ様。とりあえず、エールを飲むか」
〈ミオ〉は頑張って〈福まき〉を投げたのだろう、赤いミニのパーティードレスが汗で身体にぴっちりと張り付いていて、高く巻上げた金髪も解けそうになっている。
ひゃー、退廃的な感じがとりあえずエロいな。
ぎゃー、脇腹がすごく痛いぞ。
何が起こったんだと脇腹を見れば、許嫁達が三人とも僕の脇腹を抓(つね)っている。
「す、すません。もう見ませんから、許してください」
許嫁達に向き直ったら、脇腹の痛みはなくなった。
絶対に身が赤くなっているぞ。
ひょっとしたら、内出血を起こして青く腫れているかも知れない。
何て凶悪な技を覚えたんだろう。
「へへっ、お姉ちゃんに聞いたんだ。すごく痛いツボなんだって」
〈サヤ〉、僕に恨みがあるのか。
〈サトミ〉、何てことを聞くんだ。
おまけに三人で共有しないでくれよ。
僕は泣いちゃうよ。
僕が改めて三人のおっぱいを凝視していると。
「《ラング伯爵》様、これから《新ムタン商会》で決起会(けっきかい)を開くんで参加してくださいよ」
と〈ラオ〉が言ってきた。
「決起するの」
「えぇ、明日から割引券を握りしめた野郎が大勢くるんで、その前に気合を入れ直すんです」
「気合いねぇ」
「《ラング伯爵》様は英雄だから、ビシッと締(し)めて欲しいんですよ。もちろん、料理と酒は、ふんだんに用意させています」
「うーん」
許嫁達を見ると、良い顔はしていないな。
〈ミオ〉とか、《新ムタン商会》所属のカラフルなドレスの女性達も参加するはずだからな。
「許嫁様方は心配されているようだけど、決起会だから私達はドレスじゃないし、〈アィラン〉君と〈アーラン〉ちゃんも参加してくれるのよ」
許嫁達を再度見ると、〈二人が参加するなら、まあ良いか〉って顔に変わっている。
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